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第138話 処罰は避けられない


 2人の泣き腫らした眼差しを向けられて、アリステアは悩みに悩んだ。

 全世界を震撼させた移民狩りの首謀者があまりにも美しく儚い妖精で、更には最高位と言われた秘密の多い花雪の妖精なのだ。


 本当だったら国に伝えて全世界へ知らせる必要があるのだが、既に正気を取り戻した儚い妖精を前に言葉をつぐむのも、花雪の特性なのだろう。


 それになにより、最高位に位置する人外者の不在は生態系を変える可能性がある。

 フェンネルが狂った事で変わってしまった雪で出来た花、氷花は様々な薬効成分や、魔術基盤等使い道があったのだが今ではとんと見かけなくなっていた。

 さらに、あっても効能が違い呪いを受ける美しい花に変わってしまっていて、はるか昔に手に入れ保存している氷花は今や幻の花とされている。


 フェンネルが元に戻った事で少しづつ氷花を含むフェンネルに付随した能力も戻ってくるだろう。

 様々な点を留意してアリステアはフェンネルの処罰を迷っていた。

 国に伝えると、フェンネルは確実に鎖に繋がれる生活を余儀なくされるだろう。

 フェンネルの存在や外見を鑑みて奴隷落ちさせ手に入れる可能性の方が高い。


 それではきっと、フェンネルの心はまた死に押さえ込んでいる狂気が再発しそうだ。


「…………ん?奴隷…………?」


「アリステア?どうしました?」


 ブランシェットは呟いたアリステアに眉を上げて見る。


「………………フェンネル様、1つお聞きします」


「…………なにかな」


「私が国に告発しましたら、あなたは最高位ですから殺す事は出来ないでしょう。しかし、犯罪奴隷としてその身を落とす可能性が限りなく高いです」


「………………犯罪……奴隷?」


 芽依はギュッ……と庇うようにフェンネルを抱きしめる。


「……うん、そうだろうね。僕のした事は簡単に許されるものでは無いから……」


「フェンネルさん!!」


「…………仕方ないのだ、メイ」


 アリステアは首を横に振って、無罪放免とはいかないと呟いた。

 そんなアリステアに芽依は絶望するが、アリステアの視線はハストゥーレに向かっている。


「…………フェンネル様を国に属する犯罪奴隷にしますと、その対応ゆえに生きているのが辛いと……そう思うでしょう。私は今上手く押さえ込んでいる貴方の狂気を再発させかねないと思っています」


「………………まあ、そうかもしれないね」


 白いまつ毛をフルフルとさせるフェンネルを芽依は見上げると、その視界の端に映った人物にゾクリとする。

 たまたまここに居るいつ帰るんだ、のパーシヴァルの浮ついた眼差しはフェンネルに向かっていて、またゾクリ……と体を震わせた。

 まさか……この美しく優しいフェンネルを犯罪奴隷としてこき使い、言うのも悍ましい目に合わせるつもりなのだろうか。

 芽依は立ち上がり箱庭を握り締めた。

 最悪、フェンネルを箱庭に閉じ込めようと考えているのを、備蓄場所を一緒に作ったシャルドネがいち早く気付く。


「メイさん!…………いけませんよ、国に反する行動になります」


「…………このままフェンネルさんを変態に差し出すことは出来ません」


「変態…………?まあ、間違いではないが……」


 アリステアはモゴモゴと言葉を濁し、咳払いをしてからニアを見た。


「粛清対象から観察対象に変わると言っていたが、何か注意事項はあるのか?」


「狂った妖精に変わりさえしなければ問題ないけど、観察……というか監視に近いから定期的に訪問して様子を見るかな……僕が現れても大丈夫な環境でないと……殺してしまうと思う」


「…………そうか……メイ、提案なのだが奴隷をもう一体持たないか?」


「………………え」


「犯罪奴隷となるが素行不良ではない存在だと太鼓判を押そう。主人となる者に手を上げたりしないだろうし、身をもって守ってくれる。庭の整備にも困ることはない人物だ。真っ白な奴隷を…………メイ、預かっては貰えないだろうか」


「……………………アリステア様……いいのですか?」


「様々な事を留意した結果、これが一番良いと判断した。ただし、メイに預けられる事を含めて国に報告をする。それは譲れないからな」


「…………あ……ありがとうございます!!良かった……良かったよ……」


 ペタリと座り込んだ芽依を背中から抱き締めたフェンネルは震える声で言った。


「………………いいの?犯罪奴隷なんてそんなの背負ってしまって……周りからも良く……思われないんだよ。ハス君みたいな存在じゃないんだから」


「…………いやだなぁ、フェンネルさんを見捨てたりしないよ。辛かった分、いっぱい笑うの。皆で手を繋いで生きていくんだよ」


「………………ありがとう……ありがとう…………ごめんね」


 振り絞るように言ったフェンネルの謝罪と感謝に芽依は泣き笑いをして首に回された腕をギュッと握り締めた。





 美しい花雪の涙を見たその場に残る売り子や客たちは、移民狩りの首謀者がフェンネルだと知り驚きと共に端々から聞くフェンネルの不憫な過去に同情していた。

 狂い、それでも他に変体する程の思いを抱えていたその姿に皆の表情が陰る。


 なにより、穏やかで優しいフェンネルの存在を知っている人ばかり。

 だからこそだし、この世界の人外者はふとした時に人間や人外者と争い殺す事は不思議な事でもなんでもない。

 たとえ身内がなくなってもそういうものだと理解するからこそ、フェンネルのやるせない思いからくる存在を狂わせた感情や、その果ての殺戮だと知り全員が顔を見合せたくらいだ。

こうして、移民狩り首謀者フェンネルが大人しくアリステアに捕まると全ては終わったかのように思えた。

しかし、まだここには罪人がいるのだ。

腕を切られ座り込む移民の民、チエミは話を聞きギリ……と歯を食いしばると、アリステアは芽依たちから視線をずらした。


「……………………500年前、宝石の妖精が死んだ事により起きた戦争の容疑者として、当時の伴侶とその手引きなどをしたとされる……移民の民チエミ……君はフェンネル様同様に指名手配となっている為護送する」


「…………は?まってよ……私はフェンネルさんと一緒にいるのよ!なんなの!?ポッと出のあんたがフェンネルさんの主人になる!?冗談じゃないわよ!彼は私のものよ!……や、やめて!離して!!触らないでよ!!フェンネルさん!フェンネルさん!!」


 しゃがみこみ壁に寄りかかって腕を抑えていたチエミが引き摺られるように連れていかれるのだが、叫び喚き続けたチエミをフェンネルは最後まで見る事はなかった。



「………………それじゃあ、僕を知った人は殺さないとだけど大量殺人になっちゃうから」


「ニア君…………」


「仕方ないから記憶改ざんで……本音を言えばお姉さんを殺したくないしね」


 フェンネルに抱き着かれている芽依の頬に片手を当て、クイッと動かすと頬にキスを落とした。

 目をパチクリとした芽依は、ニアを見上げると布を少しだけずらしたニアが蕩けるような笑みを浮かべている。


「………………これ、対価にしてあげるね」


 ニアが両手を広げて羽を広げると、羽根がぶわりと飛び散り客や売り子に触れる。

 バタバタと倒れる人達を慌てて確認するアリステア達と数人の騎士たち。

 それ以外は全員倒れていた。


「…………僕の記憶を消す弊害で一時的に意識が無くなるだけだから……大丈夫だよ。僕の存在を知らせる為に君たちはそのままにしておくけど他言無用で……」


「…………ああ、わかっている」


 頷いたアリステアにニアも頷き返してからフェンネルを見た。


「…………君は僕が担当だから、変な行動をしないようにね……お姉さんに感謝して、君が死ななかったのはお姉さんのおかげだよ……狂気が納まったのも、単純に観察対象に切り替えたのも」


「…………わかってるよ」


「…………良かったね、お姉さんが来た過去が君が滅ぼしたリンデリントの半日後で。少し早かったら君はお姉さんを殺してた」


「ニア君!」


 ギュッと芽依を抱き締める力が強くなった事に芽依は声を荒らげると、ニアは眉を寄せた。


「………………人の事、言えないけど……今の僕はあの瞬間お姉さんが死ななくて良かったって、半日遅くて良かったって思ったんだから……」


 プクっと頬をふくらませたニアはプイッと顔を背ける。

 フェンネルは俯き手を強く握ってから顔を上げてアリステアの前に行く。


「………………フェンネル様?」


「ごめん……謝ってすむ問題ではないんだけど……リンデリントを襲ったのは僕だよ……村長宅を潰したのも……君の妹を殺したのも」


「………………え」


 芽依は頭を下げるフェンネルを見た。

 すぐ隣に来たセルジオが静かに話し出す。


「……リンデリントの村長の息子、そこにアリステアの妹が嫁に行ったんだ。お前が持って来た村長の家は妹の家でもある。アリステアも何度も会いに行った……家だ」


 セルジオの話に目を見開き、芽依はアリステアを見ると眉を下げ困ったように笑った。


「…………もう500年前の事だ」


「それでも、けじめだから」


「…………人外者とは、そういう事もある。分かっているが……少し堪えた……でも、理由も分かったし花雪の存在も確認した。なにより……幼かった頃、貴方は覚えていないだろうが私たちは花雪の妖精に命を助けられ。今の貴方の姿で優しく微笑まれたのを覚えてる。きっと妹も…………怒ってはいません」


 フェンネルは顔を上げ、困ったような嬉しいような複雑な笑顔を浮かべた。


「…………村長の家?お姉さんにあげたよね……庭に出してないの?」


「あ!うん!でも、壊れると困るからって出してないの」


「…………そうなの?壊れたら直すよ?」


 首を傾げるニアに、セルジオは眉を寄せる。


「リンデリントのだぞ、無理だろう」


「…………僕、出身リンデリントだから出来るよ?フェンネルが壊した村長の家直したの僕だし……」


 その言葉に全員が芽依を見ると、所在なさげに頷いた。

 あの家を実際に直していたのはニアだ。


「「「え!?」」」


 あのリンデリントの生き残りだとわかり、その驚きの事実に右往左往したが、フェンネルだけは浮かない顔をした。


「…………別に僕の心配はしなくていいよ。僕が村を出たのは2000年以上前で、知り合いの人間も皆いないし人外者は……何人かいたけど気にしてない」


「2000年…………」


 ニアの発言にアリステアはもう言葉もない。

 芽依は目の前の少年がそんなに長生きだとは思っていなかった。

 きゅるん……と可愛らしい少年が、そんなに長い時を生きていたなんてと、愕然としてしまったのだった。






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