芽依と別れたミカはアウローラと一緒にマール公国に飛んだ。
距離はかなりあった筈なのに体感は一瞬ではあるのだが、マール公国に着いた時には既に日が昇っていた。
「…………あれ、もう朝」
「ええ、私は今回の事で位が落ちましたから、自分以外を連れての転移には時間のロスが生じてしまうの」
「………………そっか。アウローラ……本当にごめん」
「まあ、しおらしいミカも可愛らしいわ」
「やめてよ……本当に反省してるんだから」
「そうですね。あの方が言っていたように2年後驚く程に成長したミカを見せれるように頑張りましょうね」
「…………あんな事したのに、楽しみに待ってるって言ってくれたから、私、変わらないとね」
我儘が叶うと思っていた浅はかな子供の新たな第1歩がこうして始まった。
ミカはアウローラと共にこの国の王がいる場所、城へと向かう。
その途中で見る街並みにミカは口を軽く開きワナワナと震える。
今までいたドラムストととはかけ離れた場所で、正しく貧困と呼べるだろう。
狭い路地に古びて壁に沢山のヒビが入っている日焼けした家の壁。
その家の窓にはカーテンなど無く中が丸見えの状態で、母親が授乳をしていた。
しかし、その母親は栄養失調なのかガリガリで、子供は必死に飲もうとしているのに出ないのだろう。すぐに泣き出してしまう。
「……こんな」
「あなたの知っているドラムストは豊かな場所なのですよ。庭からの恵みも多く食事が食べられない領民はほんの1部です。その方々にもアリステア様は尽力を尽くしてくれているのです」
「どうにか出来ないの……?赤ちゃん死んじゃう……」
「出来るほどの力も恵みも無いのですよ、ここには。ですから、あの殿下がドラムストに来たの」
「……………………そっか」
ふっ……と母親が顔を上げ目が合うが眉を下げた母親にミカは何も出来なかった。
きっと、助けてと叫びたかっただろう。
ひび割れた唇が小さく開いたのだが、ミカには何も出来ない。
アウローラに背中を押されて歩き出したミカは、唇をかみ締めた。
日本に居て、食べ物に困ることなんて無かった。
簡単に残してゴミに捨てた。
それは食を大事にしているドラムストでも変わらずアウローラから苦言を受けては、ハイハイと聞き流していたのを思い出す。
「……………………私、なんて馬鹿なんだろう」
歩く度に必死に働きパンを1つだけ買って力無く笑う男性や、水を買おうか迷う女性。
お菓子が欲しいと泣き叫ぶ子供を宥める女性。
お金が無い訳では無いのだろう。
買う物がない、物流が滞っているのだ。
店に何も並んでいない。
「……………………なんでこんなに物が無いの?」
「言っていたでしょう?庭からの収穫がほぼ無くなり魚介類も減ってきていると」
「………………そういえば言ってた」
「しっかりと話を聞けるようになりましょうね」
「………………うん」
ドラムストでは皆が穏やかに笑い合いたまに行くカテリーデンも賑わっていた。
あの日常が、今では夢のような気さえするミカ。
これからここで暮らす、それも2年も。
今すぐドラムストに帰りたいと叫びたくなる衝動を必死に抑えてミカはすぐ近くに見えてきた城を見上げた。
隅々まで行き届いた掃除は外観を見ただけでもわかる。
街がこんなに困窮しているのに城はまるで別の世界かのように煌めいている。
あまりにアンバランスなその様子にミカは少し不安になってきた。
一体ミカはどこで暮らすんだろう、と。
「おお、よく来たな!」
両手を開いてミカとアウローラを歓迎するパーシヴァル。
城の門番に話をするとアリステアから既に話はいっているのですんなりと通して貰えた2人はパーシヴァルの待つ部屋に案内された。
「あ…………えと……お久しぶり、です」
「ああ、こっちに来て座れ」
「あ、はい」
テーブルを挟んでパーシヴァルが真正面に座っている。
ミカは居心地悪そうに何度も座り直しをしながらパーシヴァルを見た。
「アリステアから聞いている。我が国の食料危機の改善をしてくれると」
「え!?い、いやいや!視察です!」
「ああ、まあ、どちらでも同じだろう…………しかし、そうか。メイとあの奴隷達が来るかと楽しみにしていたのだが」
「……………………はぁ」
あけすけなく芽依達の方がいいと言ったパーシヴァルになんとも言えない顔をして返事をするミカ。
失礼な発言をしているとも知らず、パーシヴァルは椅子の背もたれに寄りかかった。
「ここに来るまでに街は見たか?」
「………………見た」
「そうか。あの現状をどうにかしたいと思っているんだ、宜しく頼む」
ドラムストでは好き放題動き回りハストゥーレの尻を追いかけていた、あのパーシヴァルが真面目な事を言っていると少し驚くミカ。
あまり自国に興味が無いのかと思っていたが、そうでは無かったようだ。
「…………どうしてこんなに貧困なの?」
「言っただろう、ほぼ庭から収穫ができないからだ」
「それは聞いたけど、あまりにも極端に思って……パン1個買うだけで喜ぶ程店に何も無かったから」
「……………………ああ」
ここ、マール公国は以前説明した通りに海に面した街で庭を作るには環境が適していなかった。
作れたとしても不作続きでやせ細った野菜たちを皆で分け与えてなんとか生活する日々を送っている。
物流も以前より少なくなり最低限は周辺諸国から細々と運ばれては来るが、交渉する専門家もいない為相手から切られてしまう事もしばしばあるようだ。
そして今は、完全に庭が壊滅状態であり物流も次回まで後2週間を要する。
買いたくても買えない生活に国民の貧困は進んでいるのだ。
「…………そんな、ドラムストからの支援とかはどうなったの?」
「それをして貰えるかはミカ、お前にかかっている」
「……………………え」
「このままでは、海産物はあるがその量も年々減っている。国が滅ぶのも時間の問題だ」
「まって……まってよ!そんな責任重大なこと私出来ないよ!」
「出来ないではない、やるんだ。その為にきたんだろう」
「…………………………そんなぁ」
俯くミカをパーシヴァルの真っ直ぐな眼差しが射抜いていた。
あれから少し話をしたミカはアウローラと共に城を出た。
家は既にパーシヴァルが用意してくれているようで、あとは向かうだけとなっていた。
歩いている今も必死に食べ物を探す国民を見ている。
あまりにも食べ物が無いのだろう、殆どの人が骨と皮しかないほどの痩せ塩梅だ。
「…………どうしてこんな事」
「場所が悪かった事と、ファーリアから離れた事で支援物資が途切れたのは大きいわ。あとは……この国の庭をなんとか使えるように尽力してくれていた人外者たちが軒並み居なくなったからかしら」
「そうなの……?」
「ええ…………今この国には1番高い位でも中位なの。国自体に人外者達の恩恵や祝福があまりにも少ない国ですからね、それも影響があるのかもしれないわ。以前はもう少し居たのだけれどある時急にマール公国を去っていったらしいの」
元々マール公国に人外者が少ないのは聞いていたのだが今更ながらに、あ……と周りを見る。
街中では1人も人外者と会うことはなく、城でも3人の人外者とすれ違っただけだった。
外套を被っているとはいえ、だれもミカに視線を向けることすらしなかった。
「この現状を伝えれば良い……んだよね」
「まずはそうですね。伝えて、アリステア様の指示を待ちましょう」
ミカは不安そうに周りを見ながら息を吐き出した。
まだ16歳の少女に突きつけられた現実は思っていた以上に過酷なもので不安しかないのだった。