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第159話 手向け花


 ポカンとこちらを見ている人外者達に首を傾げながら、別のパックを取り出す。

 中には胡麻餡で、出したそれを今度はハストゥーレに差し出した。

 そっと芽依の手に手を添えて小さな1口を食べたハストゥーレの可愛さに悶えると、隣にいたミチルも一緒に悶えている。

 フルフルと身体を震わせて口元を手で覆うのだが、逆の手でレニアスの腕を叩いていた。


「……………………お前は、いつもそうなのか?人外者にそんな風に接するのか」


「そう……とは、どう?」


 ウィラルキスが眉をぎゅっと潜めて聞いてきた。

 耳を尖らせたエルフのような姿のその人外者は、伴侶であるナギサの半歩前に立つ。

 芽依を余り良く思っていないのは、初回の定例会議でも十分わかっているのだが、今もその好感度は変わらない。

 やはり伴侶以外の人外者とのふれあいに強い嫌悪感を示していた。

 全体的に表情が明るくなってきているのだがナギサの表情は硬いままだ。


「お前は伴侶をなんだと思っているのだ。そんなに沢山の人外者にヘラヘラと!しかも、そっちは奴隷じゃないか!!」


「ど…………奴隷!?」


 新しく来た花嫁と花婿は目を見開いているが、芽依は首を傾げなんだと言われても……と呟いた。

 そしてナギサを見ると、眉を寄せる。

 淀んで光のない瞳はどこか1点を見ていた。

 毎月見る度に痩せていくナギサを心配して芽依は話しかけたいのだがウィラルキスに邪魔され食べ物を口に入れる事すら出来ないのだ。


「………………私を気にするより、ナギサさんを心配した方がいいと思うよ。ナギサさん、お団子食べる?」


「…………………………」


「そんなもんいらん!!」


 反発するウィラルキスに芽依はため息を吐く。

 ナギサが反応する事は一切なく、アリステア達も顔を見合せ眉を寄せていた。


『おい、今は団子の話だろ』


「あ、ああ、そうだな」


 困ったように顔を見合せていた皆はメディトークの言葉に頷き、団子の試作品を食べながら改良について話し合いを繰り返した。

 主にミチル主導で話し合いは行われたのだが、芽依は話を聞きつつも不機嫌に腕を組みウィラルキスと無表情なナギサが気になって仕方なかった。

 無表情だが、周りの移民の民をジッと見ているナギサ。

 芽依とも何度も目が合い、その度にメディトークやフェンネル、ハストゥーレを見て俯くのだ。


「……………………大丈夫かな」


「ナギサの事?」


「うん、ユキヒラさん……あのさ」


「言いたいことはわかるよ」


「………………………………大丈夫だといいんだけどね」


 明らかに状態異常を訴えていそうなナギサの様子にボソボソと2人で話す芽依とユキヒラ。

 それをアリステアも見ていて、チラリとナギサを見た。




 そんな心配をしていた夜、それは現実となる。

 深夜の寝静まった夜、バタバタと廊下を行き来する足音が響き芽依は薄らと意識を浮上させる。

 微睡みと暖かな布団に包まれた芽依は至福を味わいすぐにでも眠りに誘われる、そんな時だった。

 バタバタと走る足音は次第に芽依の部屋に近付きバタン!!と大きな音を響かせて誰かが入室した。


「メイ!メイ起きてくれ!!」


「わぁ!!何!?」


 肩を揺すられ、大声をあげる珍しいアリステアに芽依はビクリと体を震わせて目を開ける。

 珍しい……とアリステアを見上げると、顔色の悪いアリステアが芽依の手を握った。


「………………メイ、落ち着いて聞いてくれ」


「どうしました?」


「…………………………ナギサが、自殺した」






 すぐさま飛び起きてパジャマの上から長いカーディガンを羽織った芽依はアリステアの後を追いかけて走り出した。

 微睡みは吹き飛び冷や汗をかきながら走る。



 ナギサの様子は前から気にして見ていたのだ。

 皆が少しずつ笑顔を見せてくれるようになったのにナギサだけは変わらず、むしろ情緒不安定が昔よりも酷くなっている。

 何度か話しかけてはいるが、必ずウィラルキスが間に入って直接言葉を交わすを邪魔……していたのだろう。

 他の移民の民や人外者、人も含めて徹底的にナギサを囲い込み距離を取らせていた。

 …………………………今までよりもその対応は度を超えていると思う。


 アリステアの話に耳を傾けつつ、ネグリジェタイプのパジャマの裾を翻して走る。

 アリステア以外にもバタバタと走り回る人達は沢山いて、何かわからない荷物を運んでいる。


「フェンネル様の花を使わせてもらいたい!頼めるか……!?」


「すぐに呼びます!」


 庭に向かう扉に飛び込み走った芽依は、すぐさまフェンネルの部屋に押し入った。

 長い髪が布団からはみ出して眠るフェンネルに飛びつき布団を剥ぎ取る。


「フェンネルさん!起きて!!フェン!!」


「………………メイちゃん?え?襲われてるの、僕」


「違う!起きて!ナギサさんが自殺した!」 


「自殺…………?そうなんだ」


「フェンネル様!貴方の花を頂きたいのです!」


「移民の民の為に?…………メイちゃんが望むなら」


 嫌そうに顔を歪めたが、芽依の真剣な表情を見てのそりと起き上がり欠伸をして髪を払ったフェンネルは布団から出てきた。

 そして急かすアリステアと芽依に引きづられるように庭をでたフェンネルは、昼に見たナギサを思い出す。


「………………まあ、頑張った方じゃないのかな」



 急いで着いた場所はナギサとウィラルキスが住む一軒家だった。

 綺麗に整えられた室内だが、1箇所だけ酷く荒らされている。

 そして奥の部屋からウィラルキスの叫び声が聞こえてきた。


「ナギサ!!ナギサァァァァ!!早く何とかしてくれ!!早く!ナギサが!!」


 血塗れのまま叫ぶ姿はかつて冬牡丹を無くした自分にも似ていると、フェンネルはその慟哭に一瞬目を背けたが、すぐ隣にいる冬牡丹とは違う大切な存在を見てホッとした。


 ウィラルキスは地面に横たわるナギサに触れる事も出来ず治療をする魔術師に縋り付いていた。

 緊急でアリステアに連絡をして魔術師達が来るまで治療をしていたのだろう、ウィラルキスの服に血が着いているが、手や腕は比較にならないほど血濡れていた。


「…………………………て…………」


「ナギサ!?」


「…………やめ…………て…………ちりょ……う……しない……で」


「何を言うんだ!死んでしまうだろう!痛いだろう!つらいだろう!?」


「…………いき……て……いるほ…………が……つら…………こふっ……」


 力無く放たれるナギサの言葉にウィラルキスはボロボロと泣きながら手を握りしめ首を横に振る。


「嫌だ…………いやだいやだ!俺を置いていくな!ナギサ!!」


「……も…………いや…………ひと……りは…………さみし…………」


 ウィラルキスから顔を逸らすとナギサは芽依を見つけた。

 ゆらりと手を伸ばした事に気付いて芽依は走りよりウィラルキスの隣に座り込む。

 吐血して汚れた手を躊躇いなく握った芽依は、光をなくしていくナギサを見る。


「…………うらや……し……かっ…………たくさ……ん…………の人…………いっ……し…………よーぐ……ると…………ありが…………おいし……か…………」


 力無く紡がれる言葉を必死に聞く、途中で声を挟んだらきっとナギサの言葉は途切れるだろうと黙って耳を傾けた。

 羨ましい、皆と一緒にいる貴方が羨ましい。

 でも、あの時くれたヨーグルトの味は忘れられない乾いた身体に染み入る味だったようで、お礼を言いたかったナギサの、絞り出した様な言葉に芽依の瞳はじわりと涙が浮かんできた。


 そして、ポタリと手が滑り落ち地面に落ちたナギサの手を見てから自分の手を見た。

 芽依の手にはまだ暖かいナギサの血液がポタポタと垂れている。

 意識が完全に途絶えたナギサがもう目を開けることは無いのだろう。

 隣で叫ぶウィラルキスの声を聞きながら、見開いたままの瞼をそっと閉じさせた。


 定例会議のあと、いつも以上に無表情だったナギサは深夜になって魔術を暴走させた。

 全力の力を解放したナギサは自分自身を傷付け致命傷を負った、虚ろな瞳でうっすら笑いながら。

 フェンネルの咲かせる花の中には一時的に体内の状態を維持するものがある為、流れ出る命を支えるために使いたいとアリステアが呼んだのだが間に合わなかったようだ。

 両手いっぱいの花を抱えているフェンネルとアリステア。

 アリステアは眉を寄せ目を瞑り、フェンネルは無表情でその様子を見ていた。


「…………の、せいだ」


「え」


「お前のせいだ!移民の民!お前が現れてからナギサが変わった!!俺以外を見て俺以外に話しかけたいと言い出した!!こんな生活はいやだと!!今までそんな事言わなかったのに!お前がナギサの前に現れたからだ!お前がナギサを殺したんだ!!」


「ウィラルキス!!」


「なんて事を言うの!!」


 ウィラルキスが芽依に掴みかかり言うと、アリステアとフェンネルが花を放り投げ走り出す。

 胸ぐらを捕まれボタンを弾け飛ばした芽依はギっと睨みつけ、対抗するかのようにウィラルキスの胸ぐらを掴んだ。


「甘ったれんな!!ナギサさんはあんたの玩具じゃないんだよ!全てを自分の思い通りになると思うな、相手にも感情や意思があるんだ!それを無視して幸せなはずが無いでしょう!!私のせい?ナギサさんが変わった?そうじゃない!押さえつけられたナギサさんが自分の意思で動こうとしただけ!それが変わったって言うならあんたはナギサさんが好きなわけじゃない!ナギサさんを押さえ付けて服従したいだけ、ナギサさんが好きって思う自分に酔いたいだけ!!ナギサさんは幸せそうに笑ってたか!?貴方に微笑みかけた!?したいことを、叶えて欲しいことを貴方は少しでも耳を傾けたの!?貴方は一体ナギサさんの何を見ていたの!!」


「っ!……ちがう……ちがうちがう!ナギサを愛している!ナギサも俺を……愛していた!だから、だから!!」


「本当に?そうならナギサさんは幸せそうに笑って…………今もここにいるよ……あなた、わかってる?今ナギサさんも貴方を愛していたって……過去形で言ったんだよ」


「……………………あああぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 顔を覆ってしゃがみこみ泣き出すウィラルキスを見てからナギサを見た。

 もう全てが終わると悟ったのだろうか、今まで見た事もない程穏やかな表情をしている。


「……………………寂しかったね、もっと話しかければよかった。簡単に話しかけるのを諦めなければ良かった…………いや、貴方には今が1番幸せなのかな」


 まだ暖かく柔らかな体を撫でて話し掛ける芽依の隣に座ったフェンネルは静かに上着を出して芽依の肩に掛け、前を隠した。

 走りよってきたアリステアも後ろに立ち、胸に手を当てて頭を下げる。


「……………………不甲斐ない領主ですまない、貴方の今までの尽力に敬意を」








 移民の民は人外者と違い無くなった体が消えることは無い。

 そのため、異世界から来た移民の民の為に今まで力を貸してくれた人への敬意として豪華なお棺を用意してくれる。

 体の腐敗を考え体を冷やし早くお棺に入れられるナギサの為に、芽依はいっぱいの花をフェンネルに出してもらいナギサを飾って貰っていた。

 棺に横たわるナギサは花に囲まれて穏やかな表情をしている。


「…………いっぱい話したかったね。私だけじゃなくて皆と。だから、じっくりとみんなを見ていたんだよね。そして…………羨ましかったのかな、フェンネルさんやハス君、メディさん達を見ていたのも知ってるよ……ごめんね、気を使えない私で……もっと、寄り添えばよかった」


 本当に後悔は後からしか出来ない、こんな取り返しのつかない状態にならないとわからない人もいる。

 ナギサはあまりにも交流がなく、最後のお別れには移民の民とその伴侶という少人数のみの参加であった。

 気にしていたユキヒラと、伴侶のメロディアも勿論参列している。


 領主館の庭の片隅に作られたまるでキャンプファイヤーでもするような焚き火を用意していて、その前に真っ白なお棺が置かれた。

 棺には大輪のゆりの花が描かれ宝石が付いている。

 その棺にしがみつき泣くウィラルキス。

 移民の民が亡くなった時によく見る光景のようだ。

 真っ黒なワンピースにベールを付けた芽依はフェンネルから渡された花を持って近づいた。

 もう芽依が近づいても反応する元気が無く顔を上げる事すらしないウィラルキス。


「……………………ウィラルキスさん、最後をしっかりと見てあげて。もうお別れだから俯かないでナギサさんの顔を見て……私たちの世界には手向けの花……献花っていって故人に花を手向ける風習があるの。ナギサさんの世界ではどうか分からないけれど……どうぞ」


 小さな、控えめな花を顔を上げたウィラルキスは見る。

 ゲッソリとコケ、泣き腫らした顔のウィラルキスは震える指先で花を受け取った。


「………………元の世界の話や風習なんか……聞いた事無かったよ……もっと話を聞けばよかった。もっとナギサを見れば良かった…………もう、全部遅いけど」


 ナギサ……と名前を呼びながら棺に花を手向け冷たく硬直してしまった頬を撫でる。

 温度のない頬に、余計に涙が流た。



 静かに花を手向けたあと、メディトークたちの元に戻ったメイは、両手をそれぞれフェンネルとハストゥーレに捕まれ、メディトークは後ろから足を回してきた。


「…………………………メイちゃんは、ひとりで悩んだりしないでね」


『なんかあったらすぐに言えよ、溜め込むんじゃねぇぞ』


「ご主人様には私達がついています」


「………………ありがとう」



 移民の民の自殺率は極めて高い。

 これは今まで日常茶飯事な事ではあったが、やはり人の死は悲しいものだ。

 最近、移民の民の精神が安定してきて芽依が来てからの自殺者は0であった。


 そこで、ナギサの自殺。

 移民の民を持つ伴侶たちは皆考えるように俯き、自分の移民の民を見つめたという。

 明るくなってきた伴侶に笑うようになってきた姿に幸せを感じてきた時、相変わらず変わらない対応をするウィラルキスと精神を病むナギサの存在はとても大きなものとなった。

 これでようやく、人外者達は自分事として移民の民の境遇改善が必要なのかと考え始めた出来事となった。


 空へと燃え上がる炎を見上げる。

 その下には真っ白な棺が端からジリジリと燃えていた。

 もう時期、ナギサの体も消えるのだ。

 ウィラルキスの嗚咽が響く小さな葬式は、晴れやかな青空が広がる昼の出来事だった。






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