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第161話 幸せな時間



 この2週間はナギサの死や、団子制作など沢山の出来事がギュッと詰まった日々を暮らしていた。

 思っていた以上に忙しい生活だが、1番忙しかったのはミチルだろう。

 様々な粉物を用意して、団子に1番近い配合から調べだしたその執念はアリステアの頬を引き攣らせる程の熱意であったらしい。


 そんなミチルの頑張りにより、素晴らしい団子がこの世界に誕生した。

 いい顔で持ってきた団子を見せつけたミチルは満面の笑みで、団子を食べた芽依とユキヒラはそうそうこれこれ!と頷きモッチモッチと食べている。


 こうして、困惑した今月の暫定食を乗り切って3日、芽依はまた慌ただしく準備しているアリステア達を見送った。


「花祭り?」


「うん、今の時期にやるお祭りだよ。年中咲く花に感謝を込めて、そして大切な相手に愛情を示すお祭り。花束を渡すお祭りなんだ」


「へぇ、面白そう」


 花祭りは全国であるお祭りなのだが、時期はその国によって違う。

 ファーリアでは春と夏の間の時期に開催されるのだ。


 団子やナギサの事もあり花祭りの準備が押してしまったと慌ただしく動いているのだが、通年行事はある程度準備は出来ている。

 焦りはあるが間に合わない事はないのだが、心配性なアリステアは一から確認をする為どうしても時間をかけてしまうのだ。


『花祭りなぁ……来月……いや、再来月頭か』


「ご主人様のお衣装も準備しなくてはいけませんね」


「明るい春色を良く選ばれるけど、メイちゃんには薄紫とかも似合うしねぇ……飾り花は僕が出すね!」


 そんな話をまったりしつつ、今日は増えに増えた畑の手入れを全員で始めた所であった。

 全員で同じ仕事をする事は滅多にない為、芽依とハストゥーレはウキウキしている。

 ハストゥーレはうっすらと笑みを浮かべていて、嬉しさの表れか今日の髪飾りは芽依の髪色と同じ漆黒の蝶々であった。

 緑の髪を覆うように羽ばたく蝶が髪を覆ってキラキラ輝く宝石がチェーンと共に髪を飾っている。


 これは高価な髪飾り形の奴隷の証で全く同じものをフェンネルも付けている。

 最初は普通の紙紐を握っていたのだが、ハストゥーレを見ていそいそと取りに戻ったのだ。

 芽依はフェンネルが奴隷になってから、良くハストゥーレとお揃いを買い与えた。

 可愛くて綺麗な2人に似合う物を厳選していて、一緒につけると芽依が喜ぶのだ。

 ただの庭仕事に付けるには高価すぎるのだが、案の定芽依は喜び2人を様々な角度で眺めては涎が出てないか確認する残念っぷりを見せていた。


 ちなみに複雑な髪型は出来ない為、芽依が来る前にメディトークによって髪を結んで貰っている。

 なんだかんだと世話をするメディトークにフェンネルは安心しているし、ハストゥーレも最初の行き過ぎた遠慮が無くなってきて素直にお願いができるようになってきた。


「平和っていいよね……4人でまったり庭のお手入れして過ごせるなんて……これが幸せなんだよねぇ」


 端から順に野菜の状態や水やり、収穫をしつつ新しい商品の中にあった枝豆を買おうか迷っている芽依。

 枝豆は好きだし、ずんだ餡が作れるなぁ……と考える。


「……………………久しぶりに宴会したい、美味しいお酒飲みたい」


「メディさーん!メイちゃんがまた噛もうとしてるー!」


『噛むんじゃねぇ!!』


「噛もうとしてないよ!?ちょっとフェン!」


「………………ご主人様……あの、ご希望でしたらいくらでも噛んで頂いて……私はかまいませんので……」


「ハスくーーん!!」


 日本にいる頃のダラダラとビールを飲み無気力に生きていた頃より確実に今を必死に生きている芽依。

 昔より生き生きと動き表情が豊かになった。

 それに伴い、荒らげることの無かった言葉遣いが崩れて叫ぶようにもなった。

 そんな変化を充実ていると芽依はとても満足していた。

 この世界が、この空気や雰囲気が芽依にはとても優しいのだ。


 悲しいことも憤りを覚えることもあるのだけれど、芽依は元の世界よりも今を生きていると実感していた。

 本質的なものは変わらないが、知らない感情や大切なものが増える幸せを噛み締めていられるこの場所が芽依は大好きなのだ。


 空を仰ぎ見る。

 眩しさに目を細めて手をかざし、光を遮ると芽依全体に影が差す。


『どうした』


「メディさん……いや、この世界に来てまだ1年も経っていないけど、私はとてもいい出会いをして幸せだなって思っただけ」


『…………そうか』


 ゆっくりと抱き上げられ肩に座らせたメディトークの真っ黒な瞳を見る。

 この場所の管理人で芽依の教育者。

 いつの間にか、居て当然の人物になっていた芽依にとって、多分一番最初に出来た大切な人外者。

 1番初めに話したセルジオも芽依にとっては大切な人に違いないのだが、後から出会い時間を共有したメディトークは何者にも変えられないだろう。


「………………ありがとうね」


『なんだ、しおらしいじゃねぇか』


「私だって、たまには感謝を伝える事くらいあるよ」


『そりゃそうだな』


「家族が増えた事はとても嬉しい事だけど、それが理由でメディさんとの時間を減らすのは嫌だなって思ったんだよ。今では仕事場所も振り分けて話をしながら仕事をする機会も減ったからね」


『まあそうだなぁ……だがよ、それで俺らがどうにかなるわけでもねぇよ。いいじゃねぇか、皆でワイワイ楽しんで、たまにはこうしてゆっくり流れる時間を楽しみつつ話をするってのもよ』


「……相変わらずイケ蟻、好きだ」


『おー、ありがとよ……』


 メディトークは芽依を撫でてから地面に下ろす。

 向こうを見てくるね、と笑った芽依に頷いてから少し考え背中を向けた芽依に声を掛けた。


『…………メイ』


「なに?」


『別に嫌なわけじゃねぇからな、お前と二人の時間を作りたくない訳じゃねぇ。今は仕事を優先しちまってるが……寂しいならちゃんと言えよいくらでも時間を作るからよ。俺には全力で甘えてこい』


「!!!もう本当に好き!!!」


 全力で走りジャンプして抱き着く芽依を危なげなく抱きとめるメディトーク。

 そんな二人を見てフェンネルは苦笑していた。


「あーあ、もう。本当メディさんにはかなわないなぁ……」


「フェンネル様……お寂しいのですか?」


「寂しい……?そう、なのかな僕を見てくれない今のメイちゃんに……うん、そうかも。でも、羨ましいとも思う、かな。あの中に入りたいって思ってるかも」


「………………私もです。でも、私達は奴隷ですから仕方ありません」


『何が仕方ないだ。お前らもこっちこい』


「ん?まさか、寂しかったの?仲間はずれじゃないよ!ほら、おいで2人とも」 


 メディトークから降りた芽依が両手を広げると、フェンネルとハストゥーレが顔を見合せた。

 それから笑ったフェンネルがハストゥーレの手を握りしめて芽依に向かって走り出す。


「メイちゃん大好き!」


「ご主人様……私、幸せです」


「なにこれ、やっぱりここは天国なんだ」 


『何回天国行けば気が済むんだよ』


 広げた腕の中には当たり前だが収まらず、2人にギュット抱きしめられたのだが芽依は抱き締め返して幸せをかみ締めた。

 どうかこの幸せな日常がずっと続きますように。













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