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第162話 落ちた卵の悲しい呪い


 この世界には様々な恩恵や祝福と言った幸せのおすそ分けがある。

 生活を豊かにして、様々な力を与えてくれるとても素晴らしいものだが、逆に呪いという非科学的なものも多く存在していた。

 それはいいものを与えるわけでは無く、マイナス要因しかないものだ。


 時として命を脅かすものも存在しているその呪いは千差万別で、人工的に作り出されたものや、自然現象的に現れるものもあるのだ。


「メディさーん、あのさぁ?卵使っていいかな」


『ああ、良いが何作るんだ』


「合法卵」


『………………あ?』


 わーい!とパックを2つ掴んで走り出した芽依を搾乳中のメディトークが振り返る。

 何か嫌な予感がしたのかメディトークはすかさず芽依の後を全速力で追いかけ、後ろから脇を抑えて持ち上げた。


『お前、何しようとしてる』


「え?何って麻薬卵作ろうと……」


『…………麻薬?』


「すっごく美味しい煮卵」


『紛らわしい言い方すんな!ったく……ほら、行くぞ』


 抱えたまま歩き出すメディトークに芽依はキラキラと目を輝かせた。


「作ってくれるの!?」


『作り方教えろよ』


「はーい!もう、メディさんが作るなら美味しい以外ない…………ぐふふ」


『変な笑い方すんじゃねぇ』


「美味しいお酒が手に入ったから」


『………………お前な』


 呆れながらもメディトークは芽依の願いを叶える為に厨房と化した台所へと向かった。

 綺麗に磨かれた厨房は、今日も片付けられ整頓されている。

 メディトークが厨房を使い片付けをしているが、この整頓された収納を作ったのはハストゥーレらしい。

 沢山の収納に調味料や食器、食料がずらりと並んでいて壮観だ。


『で、何をどうするんだ?』


「半熟卵を作って煮卵みたいに漬け込むんだけど、そこにニンニクとかネギとか胡麻とかたっぷり入れてるの。私作ったことないからそこら辺はメディさん任せで」


『………………なるほどな、醤油……ベースか?』


「うん」


 少し考え込みながら調味料や食材を出して行く。

 パックに入った卵は2つ、全部で20個の卵を出し常温に戻している間に漬けダレの準備に入った。

 青と白のネギを刻み器に入れ避けておき、ニンニクを刻んだ。

 醤油ベースのタレにみりんや料理酒、出汁や多めの刻みニンニクに少しの生姜。甘さを出す為の砂糖に似た甘味料。

 そして、唐辛子に似た辛味成分のある野菜を刻んで少しだけ入れる。

 鍋で煮だたせ、味見をしてまた少し砂糖を追加。

 今回は甘さを出す味付けにしたようだ。


『………………よし、いいな』


 粗熱を取ってから大きなタッパに移しネギをこれでもかと入れてぐるりと回すと、それだけで美味しそうでジュル……と涎を垂らしそうになる。


「あああぁぁぁ、もう美味そう……」


『まだだ……おい、手を伸ばすな』


 はぁ……と息を吐き出して卵のパックに手を伸ばした。

 先に大きな鍋で沸かした湯の中にちゃぽん……ちゃぽんと器用に1個ずつ入れる卵をメディトークの隣に立って見つめる。

 2個目の卵のパックに手を伸ばしてまた1個ずつ入れている時の事だった。

 メディトークに悲劇が起きる。


『………………あ』


「落とした」


 残り2個になった卵。

 ちょうど持っていた卵を滑らせて落としたメディトークの珍しい姿に芽依は思わず真っ黒ボディに落ちた卵を見つめた。

 ぐしゃりと潰れて中身が出ている卵をメディトークは溜息を出して拭こうとした時、真っ白だった卵がじわりと黒く変わる。


『!まじかよ、今か』


「え?黒くなった…………わっ!なに!?」


 黒く変わった卵を見て目を丸くしたメディトークは、舌打ちをしながら芽依を強く押した。

 中腰で卵を見ていた芽依は、強く押されて後ろに倒れ込む。

 それと同時に床にブワッと文字や線が広がり魔法陣が現れ、メディトークはその陣の中に芽依の1部でも入っていないかすぐに確認する。

 ギリギリ外れている芽依に小さく息を吐き出してからメディトークは呟いたのだった。


『クソ…………面倒な事になった』


 魔法陣はすぐに光を放ち空へと光の柱のようにねじれながら上がって行き、星屑のような光を散らした。

 それは屋外にも見えていて、庭で作業中のフェンネルとハストゥーレが見た瞬間駆け出し家に向かって行くくらい緊急事態なのである。


「メ……メディさん!メディさん!!何これ、どうなってるの……?」


 急いで立ち上がり魔法陣から出る光の柱に触れたが手は弾かれ触れる事も出来ない芽依。

 手は赤くなり切り傷のように小さな傷が沢山両手に付いていて、思わず手のひらを見つめた。

 そして痛みに眉を寄せながら、光の柱を見るが、キラキラと輝くばかりで中の様子はさっぱりわからない。

 どうしよう、どうしよう……と右往左往していると、バタバタと足音が響いて弾かれたように振り向いた。


「芽依ちゃん!」


「ご無事ですか!ご主人様!!」


 バン!と音をたって入ってきた二人に芽依はすがりつきたい思いを押さえ込み、フェンネルの腕を掴んで指を指した。


「フェンネルさん!ハス君!メディさんが!」


 2人は芽依の無事にホッと息を吐き出してから、光の柱を見た。

 眉を寄せて見る2人に不安になった芽依は、ハストゥーレの腕も掴む。


「ねぇ、どうなってるの……メディさんは無事なのかな」


「…………ご主人様、この気配は呪いです」


「こうなる前に何してたの?」


「え…………煮卵を……作っていただけ……え、呪い……え!?」


 振り返り光の柱の中にいるメディトークが死んでしまうのでは……と冷たい汗が流れた芽依は光の柱の元へ走り両手で殴り出した。

 勿論、それぐらいじゃ収まらないし芽依の手が怪我するだけなのだ。


「メイちゃん!だめだよ!」


「ご主人様が怪我をされてしまいます!」


「メディさんを返してよ!!なにさ、卵1個割れただけじゃない!なんなの呪いって!!」


「…………卵が、割れたのですか?」


「……………………なるほど、卵の呪いかぁ」


 暴れる芽依を引き剥がした2人は、芽依の言葉に安堵していて、分かっていない芽依だけがフーフーと荒い息を吐き出しながら押さえつける二人を見た。


「離して!」


「ご主人様、大丈夫です」


「死ぬような呪いじゃないし、時間経過でなおるから大丈夫だよ」


「…………………………大丈夫、なの?」


「うん、ほら見て、もう時期この光が消えるから」


 言われた通り、キラキラと星屑のような光は量を減らしていき真っ白だった光の柱は次第に色が透けていくのを芽依は黙って見つめた。 


 輝かしい光は次第に落ち着いてゆき、中がまるで見えなかったのが少しずつ輪郭を取り戻していく。


 それは小さな人影で巨大な蟻であるメディトークの姿ではないと一目瞭然である。

 芽依はポカンと口を開き光が完全に無くなった後、姿が変わったメディトークを見る。


「………………な、なにごと」


「あっははははは!!そうきたかぁ!可愛いー」


「…………わらうんじゃねぇ」


「うわっ!舌っ足らずなのに何でそんなにいい声なわけ!?」


「…………しらねぇよ」


「……………………え?いや…………え?」


「とりあえずよ、なんかふくくれ」


 ツヤッツヤな黒髪ロングの素っ裸な幼児が溜息を吐き出しながら要求するのに、フェンネルはさらに笑い声を高らかにあげたのだった。



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