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第163話 落ちた卵の悲しい呪い 2


 服をくれと言った幼児は長い黒髪が体を隠してはいるが、完全に真っ裸である。

 目がこぼれ落ちそうなほど見開き座り込む幼児を見る芽依だったが、その幼児は一切芽依を見ようとはしないのだ。


 ぐつぐつぐつぐつぐつぐつぐつ……


 1人は笑い、1人はポカンとしていて、もう1人はどんな反応をして良いのか困惑している3人を、幼児は黙って見ていたが、お湯の煮だつ音にハッとして振り向き、すぐに時計を見る。

 そしてハストゥーレに向かって声を荒げた。


「ハストゥーレ!すぐに火を止めて卵を出せ!煮えすぎる!!」


「え……は、はいただ今!!」


 急に言われて驚いたものの、すぐさま動き出したハストゥーレの後を真っ裸のまま追いかける。

 まだ2~3歳くらいの見た目だろうか、膝ほどまである髪からチラリと見えるプリプリのお尻が体を動かす度に髪の間からチラチラと見え隠れしていて芽依は思わずガン見した。


「………………幼児激カワ」


「メイちゃん……」


 そんな芽依にも最近見慣れてきたフェンネルは思わず苦笑しながらも、後ろ姿の幼児を見て頷いた。

 小さいは可愛いものだ。








「………………で、これは一体どういう状況なの?」


「うん、まあ、簡単に言ったら割れた卵の呪いかな」


 幼児となったメディトークとハストゥーレが卵の殻を剥き漬けダレに沈めていく様子を眺めながら芽依はフェンネルに聞いた。

 まだ真っ裸のままのため、ポッコリとしたお腹が見えているのだが、ちいちゃな下半身は髪で綺麗に隠されている。


「卵……割ったせい?」


「まあ、そうだね…………うーんとね、ざっくりとここら辺近辺と範囲が決められているんだけど、その範囲の中で卵を通算10万個目に卵を割った者に向けられる呪いなんだ」


「………………えぇ」 


 全世界で頻繁に起きる呪いである為、あまり危険だと思われなくい呪いの中の1つである卵の呪い。

 実際命の危機に直接結びつける呪いでは無い。


 それなりに広い範囲で設定されている呪いで、自然と発生しやすいもののひとつである。

 自分の生がどんな素晴らしいものになるのかと楽しみにしている卵たち。

 生きて謳歌するのも、飼育されるのも、はたまた食用に使われるかもわからないが、生まれるその日をまだかまだかと待ちわびていたのに、まさかの落下後死亡だなんて……ッ!と絶望する卵達が集まり膨れ上がって出来た呪いなのだ。


 しかも、農場関係者や料理人、主婦に掛かりやすい呪いらしい。

 たしかに卵を常日頃から扱う人達はこの呪いに掛かりやすいだろう。

 頻繁に発生しやすい呪いだからこそ、フェンネルも穏やかに笑っている。

 時間経過で消える呪いだからだ。

 しかし、この呪いの弊害で不利益やそれこそ死亡に繋がる事も無くはない為フェンネルとハストゥーレはメディトークの呪いが解けるまで傍にいるつもりのようだ。


 ぽんぽこのお腹を眺めている芽依はフェンネルを見た。


「それで、どんな呪いなの?蟻が幼児になる呪い?」


「凄いピンポイントな呪いになるね」


 クスリと笑ってからポワンと空中で布を出すフェンネル。

 それを指先で何やらコネコネとしているのを見ながら呪いの詳しい症状を教えてくれる。


「人間や人外者、幻獣に関係なく掛かる呪いで2パターンあるんだ。ひとつは一定期間の魔術の試行禁止。一切の魔術が使えなくなるから、防御なんかも出来なくてある意味1番無防備になる。もうひとつが姿の変化。昔の自分や近くにいた最も心に残っている人物や物、人外者に変わる。姿が変わると力の流れや使い方の感覚も変わるから、あんまり魔術は使えないね。どちらも時間経過で呪いは解除されるよ」


「………………じゃあ、あの子がメディさんの心に残る子」


「そうだねぇ…………よし、出来た」


 フェンネルに教えてもらい、大事な人がいたという事実になんだかモヤモヤしていると、フェンネルは出していた布を広げてメディトークの元に行った。


「はい、服用意したよ」


「おう、わるいな」


「ぐふ…………いいんだよ……」


「…………わらうんじゃねぇよ」


 小さく可愛らしい真っ裸の幼児が舌っ足らずな話し方で返事をする。

 その声はものすごく渋い良い声だから余計に笑いをさそいフェンネルは口元を手で覆うが堪えきれていない。


 手渡されたのは黒のセパレートの服で、右側に大きく龍が描かれていた。

 ヒラヒラの袖は長く手が隠れている。

 真っ黒のダボッとしたズボンの足首には赤い紐があり、キュッと結べるようになっていて歩くのに支障はない。

 長めの上着をズボンの上にだし、腰には太めの帯締めが着けられ芽依の世界の中国の人が着そうな服だな……と眺める。

 長くツヤツヤな髪は黒光りボディのような煌めきをしていて、動く度に艶が走る。



「………………うわ……似合う」


「にあうか?」


 顔を上げて芽依を見る。

 子供特有のプルプルまん丸の頬に、似つかわしくない一重の切れ長な目は、子供らしくまだ猫目みたいな丸さをしている。

 短い眉が寄せられ芽依を見上げる可愛さにガクリと膝を着くと、メディトークは慌てて駆け寄った。


「だいじょうぶか!?……あ、おまえ……けがしてんじゃねぇか……わりぃ、おれのせいだな」


 小さなメディトークが芽依の手を握りしめ眉を下げながら見る。

 その横に来たハストゥーレが指先を押し当てて小さく何かをつぶやくと、怪我は一瞬で治っていた。


「わっ……ハス君ありがとう」


「いえ、申し訳ございません、すぐに治さずに……」


「そうだった、メイちゃんごめんね!」


「大丈夫だよ、二人ともありがとう」


 3人を複雑な表情で見たメディトークは、背伸びをしてギリギリ届く芽依のおでこを小さくぷくぷくと柔らかい手のひらで撫でた。


「…………わるいな、だがよ、むりはすんな……」


「……………………ぐふぁ」 


 言動は完全にメディトークなのに、その見た目と声に芽依の精神は強烈な攻撃を受けた。

 可愛らしい幼児に、いい声のギャップは計り知れず、何より初めてメディトークの言葉を直接耳から聞くことが出来た。

 呪いのせいだとわかっていても、それは何とも言えない幸福である。


「………………グッチョブ」


「おまえなぁ……」





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