昔、ディメンティールが居なくなったその次の年のこと。
ディメンティールがいた事によって抑えられていた庭関係の厄災や天災は全世界に襲いかかるようになった。
二月の害獣も、それまでにはなかった災害なのである。
次の年から襲いかかる二月の厄災には痩せ細った庭にほんの少しの作物を作り収穫に喜ぶ人間や人外者の心をことごとく潰していった。
そんな残酷な現実に涙し庭を放り出したくなるのだが、明日の食べ物さえ確保出来ない現状に投げ出せるはずもなく、1年の頑張りを潰されながらも小さな収穫の為に人々は、人外者は庭を広げていった。
そして、短期で収穫が出来るようにする為に作物の種類を変えながら腹の膨らむ食べ物を作る為だけに庭を作り続けていた。
そんな日々を過ごすこの極貧の生活の中、ディメンティールが居なくなって丁度5年後の事。
その年は世界的に暖かな1年だった。
気温の高い地域は特に暑くなっていたが、暑さに合う作物は豊作でこの数年より格段に収穫量を上げてお祭り騒ぎの場所も多々あったのだ。
逆に、ドラムストは半々で育てていて、暑さに弱い作物は元気がなく成長がいつもより遅かったのだ。
こうも気温差に収穫量が変わるものなのかとアリステアも困っていたそんな時、二月の害獣被害が極わずかで喜んだのも束の間8月にシロアリの大群に全世界が襲撃される。
「……………………こんな事が…………あってたまるか……」
当時、真っ白な女王蟻は兵隊蟻を引き連れて端から端に横断していき世界各地を蹂躙していった。
広がり始めていた庭の土を食い荒らし、栄養を奪っていったシロアリは何故か移民の民にも飛びかかり食い付いていた。
シロアリ一匹が数口でも大群に貪られたら移民の民もたまったものではない。
その殆どが女王蟻に献上され、喰った残りを兵隊蟻に投げ捨て命を落とすまで喰いつくされていたのだ。
人間達はなぜ移民の民を……と愕然としていたが、移民の民は人外者にとって豊富な栄養の塊なのだ。
女王蟻は行く先々で移民の民を喰い、力を蓄え巨大化し兵隊蟻の中にも力を持って隊長蟻に進化した蟻も確認されている。
土が喰われ、正確な数の把握は出来ていないが、世界中の半数程の移民の民は喰われた。
それは、教会に属している移民の民も例外ではない。
そんなシロアリが近づいているというのだ。
この土の栄養が少しずつ減っているのが何よりの証らしい。
「………………まずいね、庭の被害も勿論だけど、何よりメイちゃん……メイちゃんが危ない」
フェンネルが顎に手を当てて悩む様子に、芽依は安易に返事をした。
「領主館に居るのではダメなの?」
「何故か移民の民の居場所を把握して庭以外の場所にいても探し出すんだ。その時周りにも被害が出るから領主館には居ない方がいいかもしれないよ」
「以前の半数の移民の民はどうやって助かったの?」
『シロアリの大群に対応出来るくらいの人外者が契約をその場しのぎで交わして守っていたんだ。だが、それが出来たのは全員じゃねぇから半数以上は死んだ』
「当時守るためだけに力を振るわなくてはシロアリに対抗は難しかったようです。庭と移民の民を同時には到底無理だったのだと伺いました」
『…………シロアリの女王は高位だからな、しかも力をつけながら移動しているから前半は移民の民を守れたが、後半は難しく人外者の被害も多かった……今では最高位に近い力を持ってやがるんじゃねぇか。兵隊蟻も小さいが中位に近い低位だし、隊長蟻は中位だ。あれからさらに進化してても不思議じゃねぇ』
「………………それは、だいぶまずいのでは……」
「…………まずいんだよ」
フェンネルが困ったように悩みながら答える。
「………………庭はどうなるのかな、世界中の庭が喰われちゃうのかな」
「いえ、全てがシロアリの被害にあった訳ではないようです。横断中の進行範囲から外れた場所は無事だったらしいのですが……シロアリが来る前の土が痩せている地域は必ず来ると……」
「じゃあ、ドラムストにシロアリが来ることは間違いないんだね……」
『…………二月の害獣被害が少ない事に違和感はあったが……まさかシロアリかよ』
はぁ……と頭を抱えるメディトークに芽依も眉を寄せる。
確かにあの時メディトークは不振そうだったのだ。
ウィィィィィィィィィィィィィイイイイン
ドラムスト全域に聞こえるサイレンに芽依はビクリと身体を震わせた。
メディトーク達人外者は静かに空を見ると、魔術で浮かび上がる字が空全体に描かれていく。
最近の庭持ちからの作物不良に土の痩せ方から見て、近日中にシロアリの大群が押し寄せる可能性極めて高い。
庭持ちは速やかに収穫し備蓄を。
移民の民はすぐに領主館に来るように。
芽依はそれを見てからハストゥーレを見る。
そして、箱庭を手渡した。
「ハス君、私すぐに行かなきゃ行けなくなったから箱庭で収穫をお願いしてもいい?」
『かしこまりました、速やかに完遂いたします』
「…………よろしくね」
箱庭の権限を一時的にハストゥーレも使える様に変更してから頼み込んだ。
範囲は広いが箱庭があれば全ての収穫も容易いだろう。
ハストゥーレも神妙に頷いて肉類以外の収穫を約束してくれた。
「…………ハス君、僕は庭の様子をもう1回見てからにしたいから僕の所は保留にしておいて」
「かしこまりました」
『…………よし、行くぞ』
伴侶の居ない芽依には3人のうち誰かが必ず一緒にいるのだが、今回は事が事なのでメディトーク一択である。
さらに、思うところがあるらしいフェンネルも一緒に行くと領主館に向かうことにした。
昔に起きた大飢饉。
土にかなりのダメージを与えて作物をダメにするシロアリだが、一番の脅威はそのあとの復興なのだと芽依は後々身をもって知ることとなるのだった。