それは発声練習を終え、小休憩をしている時だった。
黒板側の扉が思いっきり開かれて、天真爛漫な声が教室内に響き渡る。
「いえーい! 後輩たち、盛り上がっているかい!」
『…………』
突然のことに誰もが面を食らった。
なんかいつぞや似たようなことがあったような……。
「い、いえーい! 盛り上がっていますよ! 轟先輩!」
最初に動いたのは田島だった。
突然登場した轟先輩のハイテンションになんとか合わせる。
すごいな、こいつ。
「おお~! 田島後輩は素晴らしいね! ね!」
「轟ちゃんのこのノリについて来れるだけで優秀だな」
「……将来有望だね」
津田先輩、木崎先輩と三年生たちが入ってきた。
これで演劇部全員勢ぞろいである。
何気に珍しいことだ(いつもなら津田先輩か大槻、山路の誰かがサボるから)。
そんなことを考えていると、樫田が先輩たちに近づきながら話す。
「一通り発声練習とか終わりましたよ。どうします? 台本持って集まります?」
「樫田んはいつもクールに進めるね。まぁ今日は度肝ぬ――」
「……ネタバラシはダメだよ未来」
「そうだよ轟ちゃん。なんてったって重大発表なんだから」
そういって木崎先輩と津田先輩が両サイドから轟先輩の口を押さえる。
轟先輩が苦しそうにその手を叩くと二人は手を放す。
「ぬぬぬ……は! そうだったそうだった。ごめんごめん」
「?」
俺達と後輩全員の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。
なんだ? 本当に重大発表なのか(轟先輩の冗談半分だと思っていた)。
轟先輩が黒板の方に行き、教壇に上る。
教卓と黒板の間に立ち、上からこちらを見る。
「台本は必要ないです。皆さん集まってくださーい!」
教室中に響く声。
よっぽど早く言いたいのか、轟先輩はそわそわしていた。
俺達はそれぞれ教壇の近くに寄った。
「はーい、では注目! これから春大会に向けての重大発表をします!」
『!』
春大会。その一言で空気が変わった。
緊張感と真剣さが入り交じったような重い空気。
そんな空気になっても轟先輩は態度を変えない。
「ふふ、知りたいか若人たち。いいだろう! 求めよさらば与えられん! …………コウ! コウ!」
「……ドゥルルルルルルルル……」
木崎先輩が口でドラムロールを鳴らす。
しかし、みんなの視線は轟先輩から離れない。
それほどまでに、みんなの意識は春大会に向いていた。
「……デデーン! 今回の春大会なんと! オーディションを開催します!」
『オーディション……!』
『オーディション……?』
「…………」
発表を受け、反応は大きく二つに分かれた。
俺達二年生は驚き、一年生たちはいまいちピンと来ていない様子だった。
そして一人、樫田だけが沈黙して何かを考えていた。
轟先輩は笑顔でその反応を教壇の上から見ていた。
「あの、質問いいですか?」
衝撃が走る中、恐る恐るという感じで田島が手を上げた。
みんなの視線が田島へと集まる。
「いいよ、田島後輩」
「えっと。オーディションって重大発表になるほど珍しいことなんですか? それとも何か特別なオーディションってことですか?」
「お、良い質問だね」
一年生たちからしてみれば、どういう意味を持つか分からないか。
実際、池本と金子もあまり分かっていない様子だった。
「簡単に説明します。一般的に役決めには二パターンあります。一つはやりたい役に立候補してオーディションをする形。もう一つは演出家が配役を決めるパターンです。まぁ、細かいことを言えば混合パターンやオーディションも色んな形があるのですが……それは置いといて、我が演劇部というか私たちの代は今まで演出家が役を決めていたんだよね」
「なるほど、それが今回はオーディションをするわけですね。でもそんな重大発表って感じがしないですね」
田島は轟先輩の説明が納得する反面、だからこそ重大発表っていうほどかと思ったのだろう。
けど、重大なのはここからだ。
「オーディションの重要なことは誰にでもチャンスがあるってことだよ」
「チャンス……?」
「そう! 一年生のみんなは、主役は無理だろうなぁとかこの役やりたいけど先輩たちいるから駄目だろうなぁとか思ったりしていないかい!」
『!』
轟先輩が高らかに言うと、一年生たちは驚きそして何かに気づく。
そう、オーディションとは即ち実力主義であり一年生が主役になることもあるのだ。
「なるほど……」
「主役……!」
「っす……!」
三者三様が何かを考え始める一年生。
その様子が俺達二年生に緊迫感を抱かせた。
まぁそりゃ、一年生たちも興味あるわな、主役。
「いいねいいいね。二年生たちも気が引き締まったんじゃない?」
「私も質問いいですか。轟先輩」
「いいよ、栞ん」
「どうして、オーディションをやろうって思ったんですか?」
ここで増倉が、そもそもの疑問をぶつけた。
確かにその理由は知りたい。
すると、考えこむ轟先輩。
しばらくしてちらっと津田先輩と木崎先輩の方を見てから、こちらを向いた。
「正直、理由はいくつかあります。ただここで詳細に説明するつもりもありません。しいて言うなら私たち三年生が皆さんに必要なことだと判断したからです」
真剣な口調で話す轟先輩の言葉に、俺達は何も言葉が出なかった。
詳しく理由を掘り下げたい気持ちもあったが、それ以上に俺には、簡単には語れないとても重い言葉に感じてならなかった。
きっとこれは――。
「まぁ、難しいことは考えないで劇を楽しんでね!」
轟先輩が軽くそうまとめた。
少しだけ雰囲気が和らいだが、みんなそれぞれ思うことがあるのだろう。
みんなその場から動かず、何かを考えこんでいた。
そんな中、津田先輩が轟先輩に話しかける。
「轟ちゃん、アレ言ってないぞ」
「ああ、ごめんごめん」
アレ? 何のことだ? てかまだあるのか?
再び、注目が轟先輩に集まった。
「ここから見るとみんなの顔がよく見えてね。当人が自覚してそうだったからうっかりしてた」
そう言いながら轟先輩の視線が樫田へと向けられていた。
つられて樫田を見ると、真剣な顔をしていた。
樫田?
俺がそう思っていると次の瞬間、轟先輩が鮮明に言った。
「樫田ん。今回の演出家は君に決めた!」