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第25話 アンドロイドは嘘がつけない

「んっ……?」




 マリアが目を開くと、オレンジ色の光と共に豪華絢爛な天蓋てんがいが飛び込んできた。


 しょぼしょぼする瞳を窓の方に向ける。


まばゆいばかりのオレンジ色が、辺り一面をこれでもかと照らしていた。


 太陽の色合いからして、もう夕方らしい。


 自分でも驚いたのだが、どうやら軽く10時間はぐっすり眠っていたようだ。


 そのおかげか、朝の内に感じた倦怠感けんたいかんや熱は一切感じない。


 この身体の調子からして、完全に完治したらしい。


 マリアはほっと一息入れながら、先ほど見た夢のことを反芻はんすうし始めた。




「いい夢じゃったぁ……。初めてかもしれんのぅ、あんな温かい夢は」




 そのまま体を起こそうとして――気がついてしまう。


 夢の中の幸せが、手のひらに感じる温もりが、今もなおこの現実世界にあるということに。




「へっ?」

「すぅ……すぅ……ふがっ?」

「げ、下郎? な、何故ここに……?」




 マリアが眠っていたベッドの脇、そこには彼女に寄り添うように腰を下ろし、ギュッ! と手を握り締めるロミオゲリオンもとい安堂ロミオの姿があった。


 どうやら眠っているらしく、ロミオは器用にもコクコクと船を漕いでいた。


 それでもマリアの手は決して離さないように、固く、優しく、包み込むように握りしめている。


 その姿を前に、マリアはようやく合点がいったと言わんばかりに小さく吐息を溢した。


 あぁ、そうか……。


 そういうコトか。




「キサマがずっと握っていてくれたのじゃな、妾の手を……」




 だから夢の中の姉上も母上もどこにも行かないで居てくれたのか。


 マリアは未だにしっかりと握りしめられている自分の手と、気持ち良さそうに船を漕いでいるロミオの顔を見比べて、思わず吹き出してしまった。




「ふふっ、今にして思い返せば……全てがおかしかったしのぅ」




 姉はあんな口調で喋らないし、母に至っては性格が完全に違う。


 それ以前に2人とも声が違う。


 まったく、三文芝居もいい所だ。




「でもそうか。ずっと一緒に居てくれたのじゃな。妾が寝ている間、ずっと……」




 自分の仕事もあるだろうに、ソレすら放棄してずっと傍で見守っていてくれた。


 ほんと変な男である。


 いくらコチラがイジワルやワガママを言おうが、ケロッ♪ とした表情で全てを受け止めてくれる。


 そりゃ変な勘違いや暴走をすることも多々あるが、それでもそこに悪意はない。


 子犬のように常に全力。


 常に一生懸命。


 だからどこまでも純粋にコチラのことを思って行動してくれる。


 そこに打算は混じるかもしれないが、嘘はない。


 そう、『嘘』がないのだ。


 この男の口から出る言葉は全て本気なのだ。


『美味しい』と言えば本気で美味しいと思っているし、『楽しい』と言えば心の底から楽しいと思っている。


 そんな男なのだ。


 だからこそ、マリアには分からない。




「妾が『優しい』……か。お世辞や皮肉抜きで初めて言われたぞ、そんな台詞」




『優しい』……それはロミオが何度も何度もマリアに言って聞かせた言葉。


 最初は嫌味で言われていると思ったその言葉。


 だが一緒に生活し、ロミオのコトを知っていくにつれて、マリアは気がついた。気がついてしまった。


 この男は本気で自分のコトを『優しい』と思っていることに。


 おそらくこの男は、世間一般的に言えば底抜けのバカに属する部類の人間なのだろう。


 一体自分マリアをどう解釈すれば『優しい』という結論に達するのか。


 本当に不思議な男だ。


 本当に不思議で、変で――




「――おバカな男じゃのう、おまえは」




 気がつくと、いていた方の手でロミオの頭を撫でていた。


 マリアは今、生まれて初めて『バカの子ほど愛おしい』という言葉を理解した気がした。




「その調子じゃ、いつか悪い女に騙されるぞい?」

「んん~っ?」

「おっとぉ?」




 ロミオの目蓋まぶたがピクピクし始めたことを目ざとく確認したマリアは、慌てて頭を撫でていた手を止めた。


 どうやらそろそろロミオが目を覚ますらしい。


 マリアは名残惜しさを感じつつも、今再び布団の中に潜り直し、寝たフリを決め込むべく、そっと目蓋を閉じた。


 途端にいつの間にか胸の中でぽわっ! と芽生えていた甘く温かい気持ちに気づき、ちょっとだけ狼狽うろたえた。

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