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第26話 ぽんこつアンドロイドは悪役令嬢を甘やかす夢を見るか?

「――んぁ? ……はれ? ここは?」


 オレンジジュースをぶちまけたようなまばゆいばかりの光の奔流ほんりゅうに目をシパシパさせながら、キョロキョロと辺りを見渡す。


 そこはもはや見慣れた桜屋敷の一室で、天蓋付きベッドには1人の女の子が気持ちよさそうにスヤスヤと寝息を立てていた。


 窓の外では西のお空へ沈みかけているお日様があり、ここでようやく俺は自分の置かれている状況を理解した。




「あぁ、そうか……。マリアお嬢様の看病をしようと思ってたら、そのまま寝ちゃったのか俺」




 寝起きの頭を必死に動かしながら、俺の手を握ったままベッドの上で横になるマリア様に視線を向ける。


 その表情はどことなく落ち着いていて、パッと見た感じだと熱が下がっているっぽい……ような気がする。


 だが男の『ちょっとそこでお茶しない? 大丈夫、何もしないから!』と『先っちょ、先っちょだけだからっ!? ねっ!? おねがぁ~いっ!』という言葉と同じく簡単に信じるワケにはいかないので、軽くマリア様のおでこを触って熱を測ってみる。


 う~ん……平熱かな? 分からんけど。




「でもまだちょっと顔色も赤いし……ん~?」




 心なしか俺が額に手を置いた途端に赤くなったような気がしないでもないけど……えっ? 俺のせいなの?




「まぁ、うなされているワケなじゃないし大丈夫だろう。さてっと! それじゃ、そろそろ夕飯やら何やらの準備をしないと」




 少々名残惜しいが、マリア様の手を優しく解こうとして、



 ――ぎゅっ。



 と再び握り締められた。




「あ、あれ? もしかしてマリアお嬢様、起きてますか?」

「……すぅ、すぅ」




 マリア様の顔を覗き見ると、やっぱり気持ち良さそうに眠っていらっしゃる。


 どうやら無意識で握り締めてしまったらしい。


 一体どんな夢を見ていることやら。




「それじゃ改めまして」




 俺は再び握っていたマリア様の手を優しくほどきにかかった。


 傷つけないように、丁寧に、ゆっくりと。


 小指から、薬指、中指へと順にほどいていき、人差し指を。



 ――ぎゅっ。



 と、今再びマリア様の方から俺の手を握り直してきた。




「おっとぉ? また寝惚けてたのかなぁ?」

「すぅ、すぅ……」




 さぁ、気を取り直してもう1度だ!


 マリア様の寝息を聞きながら小指、薬指、中指、人差しゆ――



 ――ぎゅっ。



「あ、諦めずにぃ?」

「すぅ、すぅ……」



 小指、薬指、中ゆ――



 ――ぎゅっ。



「ワンモア・チャンス?」

「すぅ、すぅ……」




 小指、薬ゆ――


 ――ぎゅっ。



「…………」

「すぅ、すぅ……」




 小ゆ――



 ――ぎゅっ。



「コレ起きてますよね? 絶対に起きてますよね、マリアお嬢様?」

「スピ~♪」




 ワザとらしい寝息の音を立てながら、タヌキ寝入りを決め込むマリアお嬢様。


 そのふてぶてしい態度からは『絶対に起きない!』というニートのごとき確固たる決意を感じる。


 ほほぅ? 面白い、ソッチがその気ならコチラにだって考えがある。




「起きてくださいマリア様。起きないのであれば」

「すぴぃ、すぴぃ」

「起きないのであれば――一生いっしょうお婿に行けなくなるようなキスをしますよ?」

「貞操の危機ッ!?」




 ズバッ! と先ほどのタヌキ寝入りが嘘のように機敏な動きで起床するマリアお嬢様。


 そのまま自分の身体を抱くようにベッドの隅へと一瞬で移動する彼女。


 どうやら熱は完全に引いたらしい。


 マリア様の体調が回復したことに喜ぶ俺とは対照的に、何故か猫のように髪を逆立て「シャーッ!」と可愛く威嚇してきた。




「どうしましたかマリア様? 反抗期ですか?」

「ソレはコッチの台詞じゃ! き、きき、キサマッ!? わ、妾に一体どんなキスをするつもりじゃったんじゃ!?」

「どんなキスって……。もうっ、マリア様のえっち」

「頬を染めるなっ! 気持ち悪いんじゃよ!」




 ふむっ? そのキレのいいツッコミといい、いつものマリアお嬢様に戻ったようだ。


 よかった、よかった♪ と胸を撫で下ろす俺。


 マリアお嬢様は「看病、ありがとうね♪」と言わんばかりに声を荒げ、




「だ、大体『一生お婿に行けなくなるようなキス』ってなんじゃ!? 妾は女じゃぞ!? ソレを言うならお嫁に行けなくなるようなキスじゃろうが!」

「安心してくださいマリアお嬢様。お婿に行けなくなるのは自分の方なので」

「安心できるかぁっ!?」

「マリアお嬢様は一生自分がお婿に行けなくなった責任を感じながら、今後の人生を生きていくのです」

「やり口が陰険いんけん過ぎるわ!? もっと自分を大切にせんか!」




 ハァハァ……と変態にように息を荒げながら肩で息をするマリア様。


 寝起きだというのに素晴らしいハイテンションなツッコミだった。




「どうやら熱は完全に引いたみたいですね」

「ハァ、ハァ……。お、おかげ様でのぅ」

「とりあえずは一安心ですね。それでは自分は少し失礼しますね?」

「むっ? 待て下郎。どこへ行く?」




 元気ハツラツで今にもオロナミン的なCを飲み干さんばかりのマリアお嬢様をその場に残して俺が腰をあげると、何故か彼女から伝説の「ちょっと待ったぁ」コールがかかった。


 ふむっ。何だかんだと聞かれたら、答えてあげるが世の情け。


 俺は世界の破壊を防ぐため、愛と真実の悪を貫くべく、ラブリーチャーミーな笑顔でこう答えた。




「キッチンですよ。そろそろお夕飯の準備をしないと」

「……別にまだよい。ここにれ」

「へっ? いやでも……」

「それに夕餉ゆうげならホレ、そこにあるじゃろうが」




 そう言ったマリア様の視線の先には、俺がお昼に持って来た雑炊が鎮座していた。




「アレでよい。だからもう少しココに居れ、下郎」

「あぁ~、マリア様? 大変申し上げにくいのですが、コレはお昼用に作った雑炊でして、夕ご飯用じゃないんですよ」

「構わん、ソレを食う。だからココに居れ」




 何故か確固たる決意と意志を持って俺をこの場に引き留めようとするマリアお嬢様。


 ここまで必死だとちょっと怖いモノがあるなぁ、なんてコトを考えながら俺は小さく頭を下げた。




「分かりました。ならせめて温め直させて――」

「いらん。このままで良い。火照った身体にはめしぐらいがちょうどよいわ」




 いいから近こう寄れ、とベッドから身を起こし、招き猫よろしくお手々をくにゃっ♪ と曲げながら「コイコイ♪」と手招きしてくるマリア様。


 そんなマリア様の姿に俺はちょっと、いやかなりド肝を抜かれていた。


 ど、どうしたのだろうかマリア様は? 


 いつもだったら『なぁ~にぃ~? 出来立て以外の料理なぞ料理とは言わんわ! 作り直せ、このスカタンがぁ~っ!』と優しく指導してくださるのに……やっぱりまだ体調が万全ではないのだろうか?


 そう言えば、まだどことなく顔が赤いような気もするし、やっぱりまだちょっと身体がツライのだろう。


 それでも俺に心配をかけまいと気丈に振る舞うそのお姿……ほんとマリアお嬢様は凛々しくてお優しいぜ!




「な、なんじゃ? そんなにジロジロとコッチを見て……?」

「いえ、なんでもありません」

「……なんでも無いならあまり見るでないわ」




 ふんっ! と鼻を鳴らしながら明後日の方を向くマリアお嬢様についつい苦笑を浮かべながら、俺はすっかり冷えてベチョベチョになっている雑炊を差し出した。




「どうぞマリア様」

「……まだ身体がダルい。キサマの手で食べさせよ」

「そ、そんなっ!? く、『口移し』で食べさせろだなんて……ハレンチですよマリア様!」

「ハレンチなのはキサマじゃ、バカタレ! 誰が『口移し』で食べさせろと所望しょもうした!? 普通にレンゲでよそって妾に食べさせろと言っておるんじゃ!」

「あぁ、そういう……もうビックリさせないでくださいよ」

「……やっぱりオマエなんか嫌いじゃ」




 妙にツンツンしながら悪態をいてくるマリアお嬢様。


 まったく、これが全日本ツンデレお嬢様選手権なら上位に入賞している所だ。


 ほんと末恐ろしいお嬢様だぜ。


 俺は内心ブヒりながら、ツンの後にはデレがあることを信じて、冷え切った雑炊をレンゲですくって、マリアお嬢様の愛らしい口元へとお運びした。




「はい、マリア様。『あ~ん』してください、『あ~ん』」

「……あ~ん」




 デレ期キタ――(゚∀゚)――ッッ!!


 思わず心の中で雄叫びをあげながら、瞳を閉じてエサを求める雛鳥ひなどりのように口をあけるマリアお嬢様を凝視してしまう。


 おいおい? コレがギャルゲーなら、あと数クリックでキスシーンに突入だぞっ!?


 みんな、準備はいいか!?


 俺は出来てる!




「な、ナニをしておる下郎? はよぅ食べさせぬか」

「あぁ、すいません。なんだかマリア様があどけなくて可愛いなって思って、つい」

「ッ!? ご、ゴタクはよいからはよぅ食べさせるのじゃ!」




 俺にバカにされたとでも勘違いしたのか、耳朶じだまでカーッ! と真っ赤にして怒鳴るマリア様。


 イカン、イカン。


 せっかく体調が回復しているんだ、変な所でストレスを与えちゃダメだよな。


 俺は自分の言動をいましめながら、マリアお嬢様に雑炊が乗ったレンゲを差し出し。



 ――パクッ。



 と、一口で頬張られた。


 そのままマリアお嬢様のプルプルの唇からレンゲを抜き取る。


 彼女の唇からレンゲを抜き取るそのさまは妙につやっぽく、俺の性癖を1歩前へと進める素晴らしい光景だったことを後世のためにココに記しておこうと思う。


 今後俺が世界を掌握したあかつきにはこの出来事を伝記に残すと共に、全世界に男の子が女の子に『あ~ん♪』してあげる『あ~ん♪ 条例』なるモノを施工せこうしようと思った。




「(もしゃもしゃ)……冷たい。美味しくない」

「ですよね? やっぱり温め直して――」

「よい。コレで良い。コレが良いのじゃ。……それよりもはよぅ次のまんまを寄越せ」




 妾はお腹が減って死にそうじゃ、と文句を口にしながらもまた大きく口を開くマリア様。


 俺は「か、かしこまりました」と小さく頷きながら、再びマリア様のお口に冷えた雑炊をすくったレンゲを持っていき。



 ――パクッ。



 と咀嚼そしゃくしてしまう。




「(もぐもぐ、ゴクンッ)……不味まずい。次じゃ」

「はい」




 そして俺が差し出したレンゲを今再び――パクッ。


 顔をしかめながら、何度も何度も「不味い」「美味しくない」とボヤきながらも、パクパクと雑炊を嚥下えんげしていく。


 その度に『マズイ、もう一杯っ!』の要領で俺の雑炊をねだってくる。


 それがちょっと可愛くて、俺は思わず笑みを溢してしまった。


 気がつくと、マリアお嬢様は俺が作った雑炊を残さず綺麗に完食していた。




「お粗末さまでした。どうでした、味の方は?」

「……ふん。不味くて喰えたモンじゃなかったわ」




 そう言ってそっぽ向くマリアお嬢様の唇が微かに笑みを浮かべていたように見えたのは、きっと俺の願望のせいに違いない。

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