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第27話 ぽんこつアンドロイドはパンツ泥棒を糾弾する夢を見るか?

『――それじゃ今ソッチはマリアが寝込んでダウンしているんだね?』

「肯定です。本人が言うには、昨日よりは体調は良くなったらしいのですが、まだ不安が残るため今日1日は安静にして過ごすとのことらしいです」

『そっかぁ。確かにあの子、昔は体が弱かったけど、今はめっきりそういうコトも減っていたから、てっきりもう治ったのかと思っていたよ』




 そう言ってスマホ越しから心配そうな声を漏らすのは、本来の我が主人にして現在イギリスで社交界のお勉強真っ最中のジュリエット・フォン・モンタギュー様だ。


 周りに誰も居ないのか、ジュリエット様はいつもの『鉄仮面』モードではなく『ワンコ』モードの口調で喋っていた。


 ちなみに現在の時刻は朝の7時少し前。


 場所は自室ではなく、桜屋敷のキッチンの中。


 マリアお嬢様の朝食を作ってガッテン♪ している最中に我が主から着信が入ったので、俺は昨日の出来事と今日の予定をお伝えしている所である。




『マリアが熱ねぇ……』

「? どうかしましたか、お嬢様?」

『ううん、何でもない。それよりも悪いんだけどロミオくん? 今日1日、マリアの看病をお願いしてもいいかな?』

「それはもちろんです。自分が全力で看病いたしますので、どうかご安心ください、お嬢様」

『うん、ありがとう。明後日には――って、日本とイギリスとじゃ時差が違うか。え~と……明日には白雪さんと一緒に桜屋敷ソッチに戻るから、それまでマリアをよろしくね?』

「かしこまりました。……それよりも、よろしいのですかお嬢様?」

『うん? なにが?』




 キョトン? と電話の向こう側でジュリエット様が小首を傾げる仕草が簡単に想像出来た。


 そんな自分に苦笑しつつ、俺は改めてジュリエット様にこう進言した。




「今現在そちらイギリスの時刻は夜の10時頃ですよね? そろそろお休みになられないと、明日の学業に支障をきたしてしまうのでは?」




 そう、ジュリエット様も言っていたが、日本とイギリスとでは約9時間ほどの時差があるのだ。


 日本の現在の時刻が午前7時少し前ということは、イギリスの方は午後10時少し前ということで……ジュリエットお嬢様の生活時間から考えて、そろそろおむ寝むの時間のハズだが?


 と俺がジュリエット様の体調を気にした途端、『ぷぅ~っ!』と向こう側のお嬢様の頬が膨れ上がったような気がした。




『むぅ~……ロミオくんはボクとお喋りするのが嫌なの? 嫌いなの?』

「い、いいえっ! 決してそのようなことはっ!?」

『ならこういう時はもっと言うべき言葉があるよね? ねっ!?』

「言うべき言葉……ですか?」

『うんうん。ボクたち、何気にこんなに顔を合わせないで生活した時間って初めてでしょ? だからね? そんな恋人に向けて言うべき言葉っていうか、台詞があるよね? ねっ!?』




 う~ん、圧が凄い!


 言葉の節々から『なんで分からないの! この朴念仁のスカポンタン!』と俺を批難しているような雰囲気がヒシヒシと感じられるぜ!


 ジュリエットお嬢様に言うべき言葉ってなんだ?


 あっ、パンツを盗んでゴメンナサイか?


 いやでも、バレるようなヘマはしていないし……う~む?


 と俺が1人灰色の脳細胞をフル回転させていると、痺れを切らしたジュリエットお嬢様が「妙案を思いついた!」と言わんばかりに声を張り上げた。




『そうだ! ロミオくん、【ベテラン恋人モード】ONだよ!』

「……か、かしこまりました。【ベテラン恋人モード】ON――起動まで残り10秒」




 ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバいッ!?


 ジュリエット様に何て言えばいいんだ!?


 俺は「10、9、8――」と無感情のままカウントダウンを行うも、内心どったんばったん大騒ぎっ!


 ど、どどどど、どうする!?


 何て言う?


 何て言えばいい!?


 久しぶりの【ベテラン恋人】モードの起動に俺は人知れずパニックに陥って――うん? 『久しぶり』?


 ……あっ、なるほど。


 そういうことか。




「3、2、1――ゼロ。【ベテラン恋人】モード、起動します」

『さてロミオくん。ボクに言うべき言葉が何かな?』




 期待に胸を膨らませているのが分かるジュリエットお嬢様の声。


 俺はそんなお嬢様に愛らしさを感じつつ、おそらく彼女が待っているであろう台詞を高鳴る胸の鼓動と共に投げかけてみせた。




「お嬢様に会えなくて寂しいです。早く帰ってきてください……」

『ロミオくん……うんっ! もうパパッと終わらせて、すぐ帰るから! だからもうちょっとだけ待っててね?』




 ジュリエットお嬢様はエロ本を前にした男子中学生のようにハスハスッ! と鼻息を荒げながら、嬉しそうな声をあげる。


 どうやら正解を引き当てたらしい。


 ほっ、良かった。


 心の中でスーパーひとしくん人形をベッドしなかったことを悔やみつつ、自分の言動を思い返し……鳥肌が立った。


 う~ん、気持ち悪いなぁ俺。


 普段の知的でクールなタフガイである俺なら絶対に言わない台詞だよ。


 ほんと何だよ【ベテラン恋人】モードって?


 あのクソ親父ジジィめ、適当な事をほざきやがって。


 今度会った時はそのキ●タマみたいな頭に除草剤をぶっかけてやるわ。




『え、えへへ……。な、なんだかちょっと恥ずかしいね?』




 照れたようなジュリエットお嬢様のハニカミ声が鼓膜を優しく撫でる。


 チクショウ。やっぱり可愛いんなだよなぁ、俺のご主人様は。


 帰ってきたらイタリア人も顔負けの熱いキッスをしてやろうか?


 なんてコトを考えていると、さすがに恥ずかしさが天元突破したのか、ジュリエットお嬢様が焦ったように口を開いた。




『あっ! お、お仕事の邪魔をしちゃってゴメンね? そろそろ切るね? それじゃ、おやすみっ!』




 とコチラの返事を聞くこと無く、元気いっぱいに通話を切るお嬢様。


 これから横になる人間とは思えないハツラツとした声だった。




「……おやすみなさい、お嬢様」




 俺は誰も聞いていないスマホに向けて一言だけそう呟くと、意識を朝食モードに切り替えた。


 さてっ、と! 少々時間を食ってしまったが問題ない、さっそく朝ごはんの準備を――うん?


 ポケットに仕舞いこもうとしたスマホが今再び震え始め、俺は首を傾げた。


 あれ? ジュリエットお嬢様、何か伝え忘れたことでもあったのだろうか?


 と、震えるスマホを取り出し画面に視線を落とすと、そこには我が後輩の見慣れた名前がピカピカとその存在感をおおいに主張していた。


 そう言えば昨日は彼女から1回も着信がなかったっけ?


 何てことを思い返しつつ、俺はスマホの通話ボタンをタップし、そっと耳に押し当てた。




「はろはろ~っ? みんな大好きナイスガイ、ロミオ・アンドウだよぉ♪」

『うわっ、キッツ。1日ぶりのセンパイのテンションきっつ!? ガードの仕方忘れてボディにキますよ。吐きそうです』

「んん~、もう少し先輩に優しくしても罰は当たらないと思うけどなぁ……?」

『男の人の猫撫で声ほど聞くにえないモノはありませんよね?』




 う~ん、辛辣しんらつ


 後輩が辛辣だよぉ☆


 まったく俺じゃなければ盗んだバイクで走り出すところだぞ?


 というかアレ?


 なんか声の調子からして……ましろん、ちょっと怒ってる?




「どうしたマシロゲリオン? 今日はやけに機嫌が悪そうだけど、『あの日』か? 始まったのか?」

『……その失礼極まりないコメントは黙殺するとして、確かに真白は今、怒っています。超怒っています。ぷんぷんレベル10です』

「ぷんぷんレベル10かぁ……そいつは大変だぁ」




 ぷんぷんレベルってなんだろう? と心の中で小さく首を捻りつつ、適当にましろんに話しを合わせるナイスタフガイ、俺。


 事なかれ主義の日本のたみの血を引いている俺からすれば、コレくらい容易たやすいモノだ。


 と、1人自画自賛している間にも我が後輩はスマホの向こう側でプリプリと憤慨ふんがいしていた。




『センパイ、なんで真白がぷんぷんしているのか、分かりますよね?』

「もちろん」




 分かりません。




『なら、真白に何か言うべき言葉があるハズですよね?』

「なるほど」




 分からん。


 言うべき言葉ってなんだ? と、俺がらしくもなく困り果てていたそのとき、天命としか思えないタイミングである出来事が脳裏をよぎった。


 あぁ、なるほど。


 あのコトを言っているのか。


 俺は至極神妙そうな声音で彼女の名前を呼びながら、申し訳なさそうに全力で反省している風を装って口を開いた。




「なぁましろん? おまえ、俺のパンツこっそり盗んでない?」

『そうです、その通りです。『次はセンパイから連絡してくださいね?』ってお願いしたのに、いつまで経っても連絡してこないで……はひっ?』




 一瞬の静寂。


 鼓膜が痛くなるような静けさが俺たち2人の間を包み込んだ。


 ましろんは「何を言われたのか分からない」とでも言いたげにしばしの間、無言を貫き通していたが、




『……??? …………ッ! ~~~~~~ッッッ!?!?』




 次の瞬間、パンパンに張った風船にミカンのお汁をぶっかけるか如く、超々高音波ボイスがましろんの口からまろび出ていた。


 俺はキーンと痛むお耳を優しくさすりながら、恨めし気な口調で我が愛しのプチデビル後輩をたしなめた。




「うぉぉ……いてぇ。お耳がレ●プされた気分だわ」

『いや、あの、その、えっ!? ちょ、ちょっと待って!? センパイ待って!? ど、どうしてソレを!? ――じゃなくてっ! な、なな、ナニを根拠にそんにゃコトをっ!?』

「いや、ましろんの部屋を掃除してたらベッドの下から俺のパンツが出て来たし……しかも無くしたと思ってたお気に入りのヤツ」




 高校卒業する手前で買った真っ赤なオシャレなボクサーパンツがチミのベッドの下から見つかったんだよ?


 もう驚きを通り越してドン引きだったよね!


 真実はいつも1つだったよね。


 犯人は後輩だったよね!


 と俺が追撃をかまそうとした矢先、スマホの向こう側でましろんが肩をすくめる雰囲気を感じた。




『や、やれやれ。センパイも自意識過剰なんですから、ハァ~』

「じゃあ何でチミのベッドの下から俺のパンツがトレジャーされたの?」

『プライベードのコトですので、事務所を通してから質問してください』

「どこの芸能事務所かな?」




 いつの間にか話の趣旨が切り替わっているような気がしないでもないが、今はそんなコトを気にしている場合ではない。


 後輩が犯罪者コソ泥の道に片足を突っ込むかどうかの瀬戸際なのだ。


 事は緊急を要した。




「ましろん、おまえ……人様のパンツを盗むだなんて変態のすることだぞ? 反省しなさい!」

『ま、待ってくださいセンパイ! なんで真白が盗んだ前提で話が進んでいるんですか!?』

「……違うの?」

『仮に、仮にですよ? 真白がセンパイのパンツを盗んだとして…………盗みましたけどソレがなにかぁ!?』

「えっ、ウソ? まさかの逆ギレ?」




 盗んだことをいさぎく認めながら、怒声をあげる我が後輩。


 情緒不安定なのかな?


 ましろんは「反撃開始だ!」と言わんばかりに声を荒げ、




『大体センパイだって真白のパンツを盗んでいるクセに!』

「ッ!? い、言いがかりだ! 紳士の俺がそんなことをするワケがないだろう!?」

『ふんっ、どうですかね? 執事服のポケットの中にハンカチ代わり真白のパンツがスタンバイされているコトを真白が知らないとでも思っていたんですか? というかあのパンツ、真白のお気に入りの1枚なんですけど!?』




 と、疾風怒濤のごとく俺を責め立てる我が後輩。


 もちろん巷でクール&ナイスガイと言われている俺は、この程度では動じない。


 俺はいつもの落ち着きを払ったエレガントな口調で、




「まぁ待てましろん。仮に、仮にだぞ? 俺がましろんのパンツを盗んだとして…………盗みましたけどソレがなにかぁ!?」

『逆ギレっ!? 人のパンツを盗んでおいて逆ギレですか!?』

「いいかましろん? こう考えてみるんだ。この世の中は、等価交換の法則で成り立っている。つまり、ましろんのパンツは盗まれたんじゃない。俺のパンツと交換したんだ!」

『どこの汚い国家錬金術師ですか!?』




 ある意味で真理の扉を開いているよねっ♪ と軽口を叩こうとしたが、ヘタなコトを口にすれば反撃のチャンスを相手に与えてしまう。


 並みの男であればここで「アバババババババッ!?」とラブコメの主人公のように慌てふためく所だろうが……残念ながらロミオ・アンドウが一味違う。


 そう、俺の優秀な頭脳は既に勝利の方程式を導き出しているのだ!


 さぁ、括目かつもくせよ!


 これが俺の導き出した答えだ!




「ましろん」

『なんですか? 言い訳ですか? いいですよ、聞いてやりま――』

「パンツ盗んでごめんなさい」

『……パンツ盗んでごめんなさい』




 ――うん、素直が1番っ!

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