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第5話 司馬涼子は逃がさないっ!

「――大変失礼しました。まさかソチラの方がロミオお兄さまではなく、ロミオお兄さまの形をしたアンドロイドだったとは……」




 司馬涼子しばりょうこ、一生の不覚です……。


 と、テーブルを挟んでジュリエットお嬢様たちの対面に座った涼子ちゃんが恥ずかしそうに目を伏せた。


 涼子ちゃんの「未来の旦那さま」発言から30分後。


 モンタギュー姉妹の必死の説明もあり、どうにか涼子ちゃんにこの場に居るのが彼女の知る『安堂ロミオ』ではなく、『汎用ヒト型決戦執事』人造人間ロミオゲリオンであると半ば無理やり納得させることに成功した午前9時30分。


 俺はし目がちにチラチラと確認するようにコチラを見てくる涼子ちゃんにバレないよう『ほっ……』と胸を撫で下ろしていた。


 いやぁ、ホント涼子ちゃんが『旦那さま』発言をしたときは「あっ、俺、死んだな」って思ったよね!


 とくにジュリエットお嬢様なんか不機嫌さを隠すことなく、身体中から謎のプレッシャーを発散させ、現在進行形で周りの景色を歪めている有様で……『はっは~ん? さてはコレから殺戮さつりくパーティーですな?』といったおもむきさえ感じてしまう始末しまつだ。


 マリアお嬢様も表面上はニコニコ♪ しているが、こめかみがピキピキッ!? しているどころか、姉と同じく身体中から謎のエネルギーをまき散らしていて……今の彼女なら我が叔父、大神士狼さんの悲願でもある「かめ●め波」が撃てるかもしれない。




「まぁ、誤解が解けたようでよかった。……が、司馬の姫よ? 1度目は許すが、2度目は無いぞ? ロミオはボクのモノなんだ。あまり勝手なマネをすると……ツブすぞ?」

「司馬殿。ロミオ殿はモンタギュー家の共通の財産故、出過ぎたマネはよしてほしいのじゃ」




 と、イキリ中学生のようなことを口にし始めるジュリエットお嬢様とマリアお嬢様。


 そんな2人を前に、捨てられた子犬のように『しゅん……』と肩を落とす涼子ちゃん。




「誠に申し訳ありませんでした。そこのロミオゲリオンさまがあまりにもロミオお兄様に似ていたモノで、つい……」

「……もしかして行方不明の『恋人』というのは?」

「……はい。ご想像の通り、ワタクシの姉の幼馴染みである『安堂ロミオ』お兄さまです。ジュリエットさまっ! 誠に勝手な事をおっしゃているという自覚はあります、ですがどうかっ! どうかモンタギュー家の情報網を使ってロミオお兄さまの居場所を探ることは出来ませんか!? ワタクシに出来ることなら何でもしますので!」




 沈痛ちんつうな面持ちでジュリエット様を見つめる涼子ちゃん。


 その傍らで俺はマリアお嬢様にジロリッ! と睨まれ、小さく震え上がっていた。




(おい下郎? 司馬殿の『恋人』とはどういうことじゃ? キチンと説明してくれるんじゃろうのぅ?)




 はい、キタ!


 久々の『下郎』キタッ!


 マリアお嬢様は今にも俺の胸ぐらを掴まんばかりに、キツく俺を睨みあげる。


 その瞳は下等生物を見るように冷たくて……う~ん?


 どうして美人に睨まれると背筋がこんなにゾクゾクするんだろうか? ほんと摩訶不思議アドベンチャーだよね☆


 とか、現実逃避をしている場合じゃない!


 は、早く誤解を解かなければ!?




(た、確かに涼子ちゃんとは顔見知りですけど! そういう『恋人』とか深い関係じゃありませんから! 彼女が勝手に言っているだけで、普通に幼馴染みの妹ですよ!)

(じゃが司馬殿の口ぶりは将来を誓い合った許嫁フィアンセのソレじゃぞ?)

(涼子ちゃんはちょっと……いや結構? か、かなり思い込みの激しい子でして……。彼女がこうなっちゃったのにも事情があるんです)

(事情じゃと?)

(はい……)




 俺は小さく頷きながら、どうして涼子ちゃんが俺のことを『恋人』扱いしているのか、その経緯について2人に聞こえないように小声で説明した。


 そう、アレは俺が中学3年生の時のことだ。


 小さい頃から実の妹のように可愛がっていた涼子ちゃんが小学6年生に上がったタイミングで、




『ワタクシ、ロミオお兄さまのお嫁さんになりますね!』




 と、鼻息を荒くして言ってきたのが全ての始まり。


 当時の俺は小さい子の言うことだし、きっと『将来はパパのお嫁さんになるのぉ~♪』的なノリで言っているに違いないと踏んで、真面目に取り合わず『そっかぁ。楽しみにしてるね?』と社交辞令で言ってしまったのだ。


 どうせ大きくなったら今の発言も黒歴史として忘れられるハズだ。


 なぁ~んて、考えていたのが全てのあやまち。


 そう――涼子ちゃんはマジだったのだ。


【本気】と書いて【マジ】と読むレベルで、俺を自分のお婿さんにしようとしていたのだ。


 そのことに気づいたのは、中学3年の夏休み。




 俺は夏休みが始まると同時に……彼女の家に拉致・監禁されたのだ。




『将来を見越して、まずは同棲から始めましょうか?』




 と、俺を鉄格子のハマった部屋に押入れ、笑顔でそう口にしてきた彼女を前にした時は、本気で生命の危機を感じたモノだ。


 その時は妹の奇行を察知した我が幼馴染みであり、クラスのマドンナである司馬青子ちゃんによって、からくも脱出することが出来たのだが……本番はここからだった。


 その日を境に、彼女の恋心という名の狂気が暴走し始めたのだ。


 もう金に目をつけず、殺し屋やら掃除人やらを雇って、しきりに俺を拉致しようとしてくるのは序の口。


 家に帰ると、全裸の彼女が俺の下着の上で華麗なるバタフライをかましていたり、夜中部屋にこっそり侵入して俺の貞操を奪おうとしたりと……小学生という免罪符をフルに活用してもアウトな行動に出るようになったのだ。


 夜道を1人で歩いていたら、音も無く俺の横に現れては、




『やっと2人きりになれましたわね♪』




 と、うっとり❤ しながら言ってきたときは、幼馴染みだがマジで通報1歩手前だった。


 普通さ、女の子から「やっと2人きりになれたね♪」とか言われたらさ、嬉しさの方がまさるハズじゃん?


 なのにまずやって来たのが【恐怖】っていうね。


 とくに1番怖かったのは、アレだ。


 俺が高校3生のときの花火大会だ。


 一緒に花火をに行っていた我が愛しの後輩、ましろんを誘拐し、海外の奴隷商人に売りさばこうとした時はマジで肝が冷えた。


 まぁ、何とかましろんを乗せた船が出港するギリギリで彼女を助け出すことが出来たからよかったが……あのままだったらマジで我が後輩は海外へボンボヤージュ出航していただろう。


 流石にコレはやり過ぎだ! とキツめにしかったので、それ以降は大人しくなって安心していたのだが……どうやらちょっと再燃しているらしい。




(――なるほどのぅ。ロミオ殿も苦労しておったワケか)

(えぇっ、おかげ様で……)




 俺は今にも投身自殺をしかねない幼馴染みの妹を視界に納めながら、事の詳細をマリアお嬢様に全て説明した。


 ソレが終わるタイミングで、向こうの方の話も決着がついたのか、ジュリエットお嬢様が「あい分かった」と小さく頷いていた。




「ボクとしてもその『恋人』とロミオが間違われるのははなはだ不本意だし、いいだろう。特別に今回だけモンタギュー家が手伝ってやろう」

「あ、ありがとうございますジュリエットさまっ!」

「なぁに、気にするな。ちょっとそこでしばし待て」




 そう言ってお嬢様はポケットからスマホを取り出すと、どこかへ電話をかけ始めた。


 待つこと数秒、電話が繋がると同時にジュリエットお嬢様は堂々と電話口に向かって、




「――あぁ、ボクだ。実は折り入って調べて欲しいモノがある。我が社の開発部に所属している安堂勇二郎主任の1人息子である『安堂ロミオ』についてだ」

「ッ!?」




 街中で女子校生のパンチラに遭遇した時のようにバクンッ!? と心臓が高鳴ったのが分かった。


 や、ヤバいヤバい!?


 この流れはヤバい!?


 ジュリエットお嬢様が無意識に俺の秘密に気づこうとしている!?




「ここ数カ月の『安堂ロミオ』の足取りと、個人情報をすぐさま調べてくれ。……おまえ達なら5分もあれば出来るだろう?」




 無感情に電話越しでそう告げるジュリエット様。


 あ、アカンアカン! 


 これはアカン!?


 な、なんとかしてジュリエットお嬢様の通話を切らなければ!


 でもどうやって!?


 刻一刻こくいっこくと迫ってくるファイナルジャッジメントタイムを前に、バイ●グラでも服用したかのように血流がドクドクと暴れ狂う。


 だ、ダメだ!? 


 妙案が思いつかない!


 も、もうダメだぁぁぁぁぁっっっ!?!?




(大丈夫じゃよ、ロミオ殿)

(へっ? ま、マリア様……?)




 内心慌てふためく俺を尻目に、至極落ちつた様子で紅茶に口をつけるマリアお嬢様。


 次の瞬間、電話に耳を傾けていたジュリエットお嬢様の素っ頓狂な声音がレストラン内に木霊した。




「はっ? な、なんだと!? 『安堂ロミオ』に関するデータが全て抹消されているだと!? それは戸籍もか!?」




 どういうことだ!? と驚き声を荒げるジュリエットお嬢様を横目に、マリアお嬢様が俺にだけ聞こえる声音で『ぽしょっ』と呟いた。




(もしかしたら、こういうことがあるかもしれんと思うてのぅ。あらかじめ、ロミオ殿の情報は妾の権限で名前を改竄かいざんして保管しておいたんじゃ。だからロミオ殿の秘密が姉上にバレることはまずないじゃろうから、安心してよいぞい)

(ま、マリア様……っ!)




 俺にしか見えない角度で小っちゃくピースサインを浮かべながら軽くウィンクし、秘密めかしてくるマリアお嬢様。


 おいおい? 彼女は天使の生まれ変わりか? 


 ついに天使に触れちゃったのか、俺?


 思わず彼女とバンドを組んで放課後、ティータイムへと洒落こむところだったぁ! あっぶねぇ~っ♪


 ロックは淑女のたしなみだよね、ハニー? と心の中でマリアお嬢様に問いかける俺を横目に、必死になって色んな場所に電話をかけるジュリエットお嬢様。


 そのたびに俺の心臓が職質されたニートのごとく高鳴るが、マリアお嬢様は「大丈夫じゃ」と何度もウィンクを飛ばしてくる。


 ほんと、アンドロイドなんてマネ事をしていなければ今頃プロポーズしている所だ。




「あぁ、そうだボクだ。実は大至急『安堂ロミオ』に関してのデータを調べて欲しいんだが――なにっ!? ここにも『安堂ロミオ』のデータが無いのか!? い、一体どうなっている……?」

「じゅ、ジュリエットさま……」




 驚愕の声をあげるお嬢様を不安気に見つめる涼子ちゃん。


 少々心が痛むが、コレも安堂家のためなんだ。


 ゴメンね、涼子ちゃん?


 と、我が愛しのストーカーちゃんに心の中で謝罪していると、ジュリエットお嬢様が驚きに満ちた声音で天井を仰いだ。




「全滅……だと? 我がモンタギュー家の情報網を駆使しても足取りどころか正体すら掴めないなんて……何かボクの知らない所で巨大な力でも働いているのか?」

「……やはり足取りは掴めませんでしたか」

「いや待て、司馬の姫様よ。まだ最後の手段が残っている」




 最後の手段? と小首を傾げる涼子ちゃんを前に、ジュリエットお嬢様はまっすぐ俺の方を見据えて、




「ロミオ。アカシック・レコードに接続して『安堂ロミオ』について検索してくれ」

「かしこましました。……ぴぴっ。アカシック、レコードに接続――失敗。……申し訳ありませんジュリエット様。『安堂ロミオ』様に関するデータは禁則事項にあたるため取得できませんでした」

「んなっ!? ろ、ロミオのアカシック・レコードの力を持ってしても行方が分からないだと!? い、一体何者なんだ、その『安堂ロミオ』とやらは……っ!?」

「あの? その『あかしっく・れこーど』とは一体なんですか?」




 と、至極ごもっともな質問をする涼子ちゃんを無視して、1人熟考に突入するジュリエットお嬢様。


 そんな彼女の言葉をつむぐように、今まで黙っていたマリアお嬢様がそっとそのメープルシロップに漬けた果実のような唇を動かした。




「誠に申し訳ないが司馬殿。どうやら妾たちは貴君きくんの力にはなれそうにないらしい」

「……どうやらそのようですわね」

「すまんのぅ。モンタギュー家の情報網に引っかからないとなると、さすがの妾たちもお手上げじゃ」

「いえ、こうして調べてもらえただけでも1歩前へ前進しました。ありがとうございまず、マリア様。ジュリエット様」




 そう微笑みつつも、どこか元気のない涼子ちゃん。


 明らかに空元気だと分かる笑顔だった。


 うぅ~っ!? 罪悪感でどうにかなってしまいそうだ……。


 ほんとゴメンね、涼子ちゃん? 


 この『埋め合わせ』はいつか絶対にするから!




「今日はワタクシのために時間をとっていただいてありがとうございました」

「――待て、司馬のお姫様よ」




 涼子ちゃんがペコリと頭を下げ、席を立とうとした瞬間、ジュリエットお嬢様の鋭い声が彼女の身体を拘束した。


 俺たちはその声に導かれるように視線を彼女の方へ向け……恐ろしいまでの色気に満ちた笑みを浮かべるジュリエット様を目撃し、ゾワッ!? とした。


 な、なんだ!? あの肉食獣めいた瞳は!? 


 あんな目をしたジュリエットお嬢様なんて俺、初めて見たぞ!?




(マズイ!? 姉上のスイッチが入ってしもうた!)

(へっ? す、スイッチ……ですか?)




 戸惑う俺に、マリアお嬢様が戦慄したような声をあげる。


 えっ、何のスイッチ? 


 やる気スイッチ?


 と、俺がツッコムよりも先に、ジュリエットお嬢様はそのどこまでも澄んだ蒼色の瞳でまっすぐ涼子ちゃんを見据え、ハッキリとこう言った。




「ふふふっ、モンタギュー家の情報網をくぐるほどの存在か……面白い」

「あの……ジュリエットさま?」

「司馬の姫よ。乗りかかった船だ、ボクも最後の最後まで協力させてもらおう」

「んなっ!? じゅ、ジュリエット様!?」




 一体なにを!? と俺が声をかけるよりもはやく、涼子ちゃんの嬉しそうな声音が辺りに響き渡った。




「い、いいんですか!?」

「あぁ。個人的にもモンタギュー家の情報網を掻い潜る『安堂ロミオ』なる男の存在も気になるしな。ふふふっ……どこに隠れていようと必ず見つけてやるぞ、安堂ロミオ!」




 そう言ってニヒルに微笑むジュリエットお嬢様。


 その素敵な笑みを前に、気がつくと俺は膝から崩れ落ちていた。


 果たして折れたのは俺の膝か、それとも心の方か……真実は今も分からない。

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