カティの後ろをついて暫く歩いていると、おもむろに応接室のような8帖ほどの部屋へ通される。
中には誰も居なかった。
「ここでしばらく待っていてくれ。先にお茶を出しておこう。紅茶で大丈夫か?」
「え、ま、はい」
カティは笑顔を返すと、そのまま出て行ってしまう。
十分程だろうか、出された紅茶を飲みながら待っていると、扉がノックされた。
「いやぁ済まないな、奴等め中々離しよらんでな」
渋い顔をして頭を覗かせた人物を見てアンナは飛び上がる。
「陛下!?」
フレイムティアラこそ解除しているが、紛れもなく国王陛下その人だった。
宰相とカティもその後ろに続き、カティが扉を閉める。
国王は椅子へ深く座ると首元を緩め、大きく息をついた。
「君たちも楽にしなさい」
宰相とカティが一礼してソファに掛ける。
「アンナ嬢、ほら君も」
「あっ、は、はい!」
立ち上がったまま固まっていたアンナも元のソファへ腰を落とす。
「陛下、どうぞ」
「ああ、悪い」
宰相が紅茶を注いで差し出す。
国王は受けとるや否やひと口で飲み干してしまった。
「はぁ、生き返るなぁ…全く彼奴らは、重臣とはいえもう少し静かに出来んものかね」
恐らくアンナが退出した後、謁見の間は相当に紛糾したのだろう。
しかしこうしてソファへもたれて紅茶を煽りながら愚痴を言う姿は、とても先程の威厳ある国王と同一人物だとは思えない。
「陛下、客人が困惑しておりますぞ」
「ん?ああ、そうだったな」
国王はひとつ咳払いをして、アンナへ笑顔を向ける。
「改めてアンナ嬢、今日は遠路はるばるよく来てくれたな。礼を言う」
「いえそんな…」
「君は、オニ党に入って長いのか?」
「へ?…あ、いや私は…正式加入は最後だった、です」
普段の口調が影響し、敬語が拙くなる。
「そうか…メイは、元気にしているか?」
「へ…メイ、ですか?」
急に出てきた名前に思わず疑問形で返してしまう。
国王も怪訝な顔になる。
「ん?…あの直訴状はメイのものだろう?君はメイの代理で来たのでは?」
「え、あ、あー…確かにそう、ですね」
「それで、彼女は元気にしているのか?」
「はい、とても元気であります」
「そうか、それはいい」
国王は笑顔で紅茶を啜る。
アンナは考えてしまう。
この初老男とあの少女はどういう関係なのだろうか、と。
国王の言い方からしてとても親密なようにも聞こえる。
アンナは思い切って口に出すことにした。
「あの、陛下」
「うん?」
「陛下とメイは…その、どういった御関係で?」
予想だにしない質問だったのか、国王は鳩が豆鉄砲を食らったような顔になる。
宰相も「ふむ」と一言漏らし、カティに至っては笑いを堪えていた。
「…あの子からは何も聞いていないのかね?」
国王は考えた後、そう切り出した。
「ええ…はい」
アンナが頷くと、国王は微笑む。
「なら、私から言う事ではあるまいな」
宰相もコクコクと頷いていた。
「それより、是非これまでの冒険譚を聞かせてくれないか。私は冒険者の話を聞くのが好きなんだ」
「は、はあ…」
アンナが何を話そうか考えていると、誰かが部屋をノックした。
「大変失礼致します!カティ副団長はいらっしゃいますでしょうか!」
慌てた様子の声だ。
カティが国王の方を仰ぐと、国王は無言で頷く。
「入れ!どうした」
「はっ!」
扉が開くと、甲冑に身を包んだ騎士団員が敬礼する。
「西の山賊掃討に向かった中隊が敗走し帰還しました!」
カティの目の色が変わる。
「殉職者は!?」
「今回もおりません!装備や荷物のみを奪われた模様です!」
「…またか」
ボソリと国王が呟く。
「また?」
「最近西の山に居座ってる山賊なんだが…被害者が多い割に死者がほぼ居ないのだ」
「山賊…」
「騎士団の精鋭達でも歯が立たないか…」
「はっ!話によると、リーダー格の一個体に抵抗する間もなく制圧されたとの事」
「厄介ですな、騎士団すら敵わないとなると」
「もっと強そうな傭兵雇うか…ギルドに委託するか…」
「どちらにせよ犠牲が出そうですな」
「…………」
ふと、国王たちの視線がアンナへ向いていることに気づいた。
「へ?」
「聞くところによればオニ党は、黒龍の群れを討伐したとか…」
「えっと…」
「先の事件ではレッドウルフの化け物を倒したとも…」
「あー…」
「アンナ嬢…」
「えー…」
気づいたらカティに手を握られていたアンナは、ひとつ大きなため息をついた。