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第六十一話/親分

 カティは正面を見据えたまま、剣に手を掛ける。

「部下がずいぶん世話になったみたいだが」

対する男は「ほう」と口元に手を当てた。

「よく見たらお前、騎士団のお偉いさんか。ご自慢の団員たちが駄目だったからって、今度はギルドでスカウトでもして来たって訳か?」

男はジロジロとこちらの装備を見回す。

視線がアンナ、マンジュ、メイ、シュテンへと移っていく。

「…うん?」

そんな中、男が怪訝な顔をして止まった。

「あっ!あいつは!」

それを横で見ていた別の山賊が声を上げる。

「お、おいエンゲン…あの男コーシで見た奴じゃないか!?」

「え?」

エンゲンと呼ばれた男が焦った顔でシュテンの方を凝視する。

「あァ?」

シュテンが戸惑っていると、不意にメイが「あっ!」と叫ぶ。

「貴方たち、こんな所に居たのですか!」

「メイ、知り合いか?」

剣に手を掛けたまま、アンナが問う。

「恥ずかしながら…コーシの街で彼等に襲われた事がありまして」

「っ!?」

カティが剣を抜く。

「落ち着いて下さい!その時、初対面のシュテン殿に助けて頂いたのです」

「あァ…?」

シュテンは記憶を遡る。

そういえばこちらの世界に来てすぐ、盗賊を追い払ったような気がする。

「あの時の男か…っ!しかもよく見れば、横に居るのはあの甲冑女じゃねぇか!ははっ!」

エンゲンが笑う。

「丁度いいや。あの時の屈辱、晴らさせて貰おうかね…親方ぁ!頼みます!」

エンゲンが声を出すと、周りの山賊たちが後ろへ引いていく。

少しの間を置いて、エンゲンの横にどこからが人影が飛び込んできた。

着地と同時に大きな衝撃が辺りを包む。

「エンゲン、こんなにしょっちゅう呼んでんじゃねぇよ」

現れた女は、肩を回して解していた。

「すみません親方、俺らアイツに昔痛い目見せられてましてね…」

女がシュテンの方を見据える。

「…へぇ、強ぇのか?」

エンゲンが頷くと、女は口角を上げる。

「じゃぁ、ちいっと試してみっか」

次の瞬間、女の姿が消えた。

拳がぶつかる音が聞こえたのは、シュテンの眼前。

「おォ」

「へぇ」

シュテンは危なげなく掌で防ぐと、そのまま女の拳を掴んで後ろへ投げる。

女の体は土埃を上げて地面へ叩きつけられた。

「シュテン殿!」

「おめェら下がっとけェ」

シュテンが首を振る。

メイ達は目配せし、カティを連れて街道の外へと下がっていく。

シュテンが姿勢を整えていると、土煙の中から女が飛びかかってくる。

シュテンの首を掴みに来たそれを両腕使ってガードする。

「アンタ、シュテンって言うのかぃ」

「あァ…それがどうしたァ」

「気に入らねぇ名前だ」

「そォかァ、そりゃァ悪かったなァ」

シュテンが女の両腕を弾く。

女はその回転を利用してシュテンの頭を掴みに行った。

「っ!?」

シュテンは紙一重で頭を振って躱すと、拳に妖力を篭め始める。

「鬼道・装技」

「!?」

女はシュテンの挙動に気づくも、ガードが間に合わない。

「『意鬼衝天』」

シュテンの拳は女の土手腹に突き刺さる。

「ぐおっ」

影で見ていたマンジュも思わずガッツポーズをする。

「やったっス!アニキの勝ちっス!」

マンジュは同じ技を見た事がある。

ワドゥとの戦闘にて、シュテンはこの技でワドゥを文字通り吹っ飛ばした。

ボディに食らったあの女は戦線離脱確定だろう。

その内に女の身体が後ろに飛んでいく。

「…………」

だが予想に反し、数メートルほどで地面を転がり出した。

シュテンも違和感を感じる。

先程の迫り合いといい、シュテンと対等に力比べをしている。

「…………ぐっ」

女が動き始めた。

シュテンが頭を振ると、カランと何かが落ちる音がした。

見ると、シュテンの額当てが擦り切れて地面に落ちている。

先程の戦闘で掠っていたのだろう。

「今の技…それに、その頭…」

女が立ち上がりながら何か呟いている。

「アンタ…まさか…」

片手で腹を抑え、もう片手でシュテンを指差した。

「…酒呑童子、か?」

シュテンの眉がピクリと動く。

「…懐かしィ響きだァ、何故知ってる」

「やっぱり…」

女の手の力がだらりと抜けた。

シュテンは警戒する。

「………………か」

「かァ?」

女の手が急に動いたかと思うと、ゴムのように伸びてシュテンの肩を掴む。

「カシラぁーーーっ!!!」

「うォっ…!?」

伸びた手は急激に縮んでいき、女がシュテンの胸に飛び込む形となる。

よく見ると、女の姿が代わっていた。

身体は青く、手首から先だけ黒く肥大化したような姿。髪の色は黒から白へなり、その額からは二本の立派な角が姿を現していた。

その異形でシュテンを抱き締めて頬擦りしている。

周りで観ていた人間達は敵味方なく固まったが、シュテンはこの感覚に覚えがあった。

「おめェ…まさか、茨木かァ!?」

「へい!貴方の茨木童子でごぜぇ!」

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