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第六十八話/彼女たちの選択

「っ…てめぇら、何が目的だ…っ!」

イバラギが声を上げる。

メイは冷静に返した。

「言ったでしょう、我々はシュテン殿を守るのです」

「はは…守る、ね…三人がかりでようやくオイラを制圧するのがやっとのくせして…鬼相手に生意気な」

笑うイバラギに対し、メイは不思議そうな顔を返す。

「…何が可笑しいのですか?」

「…あぁ?」

「私たちは、シュテン殿の仲間です。シュテン殿が何であろうと、困ったときに助け合うのは当然です」

「…は?」

イバラギは目を丸くする。

「助け合う、だぁ?守るってのはなぁ、強ぇモンが弱ぇモンに対してするもんだ。逆なんか有り得ねぇし、まして人間を守るなんざもっと有り得ねぇな!」

イバラギは鋭い言葉で続ける。

「てめぇら人間は鬼を恐れるばっかりだろうが!だからオイラ達は」

その時、メイが刀を離しイバラギを抱き締めた。

「…あ?」

「…私たちは、オニと人間の間に何があったのか、知りません」

「あぁ?何言って…」

「だから」

メイの手に一層力が入る。

「私たちはもっとあなた達を知りたい!」

「…あ?」

シュテンが、薄く笑みを浮かべた。

マンジュとアンナも立ち上がると、武器を仕舞って近づいていく。

「な…なんだ、お前ら…?」

抱擁を解いたメイが、イバラギの手を握る。

「私は、シュテン殿の事をもっと知りたい。イバラギ殿、あなたの事も是非教えてください」

「だ、だからなんなんだよ、お前らは」

「シュテン殿の仲間です」

「それがなんだってんだ」

手を振りほどこうとするイバラギをギュッと繋ぎ止める。

「つまりですね…」

メイが頬を掻く。

「イバラギ殿、我々の仲間になりませんか?」

「っ…!?」

イバラギが目を丸くする。

「な…オイラは鬼だぞ…?」

「シュテン殿もそうなのでしょ?」

「だって…鬼と、人で…」

「茨木」

混乱するイバラギへシュテンが声をかけた。

「これが仲間だァ」

「仲間…」

イバラギがメイ達の顔を見比べる。

その全員が、穏やかな顔でイバラギを見ていた。

「これが…仲間…」

支配の上下関係ではない、対等な関係。

この世なら、それが叶うのかもしれない。

「なァ?人間って面白ェだろ」

「仲間…」

イバラギの顔に安らぎが見え始め、メイはホッと息を吐いて、手元に視線を落とした。

その直後であった。

イバラギと繋いだメイの手が赤く染まったのである。

返り血だ。

「イバラギ殿…?」

顔を上げたメイの目に飛び込んだのは、背中から腹へとイバラギの体を貫通した一本の刀と、吐血するイバラギの姿だった。

「が…はっ」

「イバラギ殿っ!」

マンジュとアンナが武器を取り、イバラギの背後へ回る。

「何者だっ!」

「ほう、魔剣なら鬼の体にも通るってのは本当らしい」

その人影は、天井に開いた大穴からこちらを見下ろしていた。

「てめぇは…っ!」

見覚えのある姿に一同が戦慄する。

「なんでアンタがここに居るっスか…」

イバラギも振り返り、その姿を目に入れた。

「エンゲン…」

それは、カティに連行されたはずの山賊筆頭エンゲンであった。

イバラギが掠れた声で笑い出す。

「は、ははは…やはりな…人間なんてそんなもんだ…これだけ目をかけてやっても、こうして寝首を掻きに来る…」

「イバラギ殿…」

メイがイバラギに掛ける言葉に迷っていると、エンゲンが高らかに笑い出す。

「人間?人間だって?俺はそんな下賎な存在じゃない…よく見ておけ」

エンゲンの背後で、漆黒の何かが広がってゆく。

よくみると、それはまるで蝙蝠のような真っ黒の翼であった。

翼はエンゲンの全身を繭のように包み込む。

少しの間を置いて翼が開くと、さっきまでそこに居たエンゲンの面影は無くなり、赤い目と青白い肌の異形が姿を現した。

「俺はゲンジ、魔族だ」

「魔族だと…っ!?」

アンナとメイが分かりやすく狼狽える。

「そんな…魔族は滅びたはずです!」

「だが現に俺はここに居る…まあ、お前らが死ねばまた幻になるがな」

ゲンジは魔力の塊をボール大の大きさに膨らませ、こちらへ投げた。

「っ!?」

メイ達がイバラギに覆い被さる。

「おまっ!?」

刹那、シュテンが飛び込んでボールを弾いた。

明後日の方向へ飛んだボールは地面に触れると大爆発を起こす。

「シュテン殿!」

「お前らァ…茨木を連れて逃げろォ」

「アニキは!?」

「俺ァ…」

シュテンはゲンジへ刺し殺すような鋭い視線を送る。

「…アイツに用がある」

「もう傷はいいのか?」

アンナの問いかけに無言で頷く。

「…わかりました、必ず追いついて下さい!」

「シュテン…死ぬなよ!」

「あァ」

三人がイバラギを抱えて外へ出る。

その間もシュテンは、ゲンジを真っ直ぐ捉えていた。

「視線が怖いな」

「たりめェだァ…少し付き合って貰うぜェ」

「魅力的な誘いだが生憎余裕がなくてね、君にはピッタリの相手を置いて行こう」

ゲンジが魔力を放出すると、その真下で何かが形成されて行く。

「俺は夢魔だ、君の夢を読み取って一番いい相手が作られる。今の君にはこれで十分だ」

魔力が粘土のように捏ねられ、段々と全貌が見えてくる。

「じゃあ、お先に」

「逃がすかァ…!」

去ろうとするゲンジ目掛けてシュテンが跳ぶも、間に魔力の塊が割って入ってくる。

「っ!」

形成途中の腕がシュテンへ拳を叩き込んだ。

受け流し、着地する。

見上げると、既にゲンジの姿は無い。

「…………チッ」

視線を魔力の塊へ戻すと、その形がようやくハッキリする。

その姿は、生前の酒呑童子そのものであった。

先程のパンチ力から察するに、全盛期の威力と遜色無いようだ。

シュテンはひとつ息を吐くと、妖力を高めていく。

「鬼道・濫技『一鬼当千』」

シュテンの全身を妖力が駆け巡る。

応じて角の長さが変わる。

「時間がねェ…最初から全力で叩き潰してやらァ」

更に妖力を高める。

「鬼道・装技」

高めた妖力が全身の要所へ留まり、強度を高めていく。

ひとつ、深呼吸。

シュテンは自身の分身に向かい、構えた。


「『狂鬼乱舞』」


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