「以上が、西の山賊事件に関する報告になります」
カティが一礼すると、国王の執務室には重苦しい空気が充満する。
「魔族か……カガセオなる組織だけでも厄介だと言うのに」
国王はテーブルに肘をついて、大きく息を零した。
「某も現場を検めましたが、確かに人間とも魔物とも違う死骸の一部が見つかりました」
「一部?取り逃したという事か?」
「いえ、その…おそらく木っ端微塵になったものかと思われます」
国王が宰相と目を見合わせる。
「神話上の存在たる魔族が、木っ端微塵…?」
「それについてですが、現場でもう一体死体が挙がってるのです。オニ党曰く、山賊のリーダーであるイバラギという女のものらしいのですが…」
「…どうした?申してみろ」
言葉に詰まるカティに、国王は怪訝な顔をする。
「その…明らかに人間とは違う姿態をしているのです」
「ほう?」
「恐らくは、オニという種族が持つ特有の変身能力のようなものだとは思うのですが……」
国王は「なるほど」と手を叩く。
「メイが属しているパーティのリーダーもオニだと言っていたな、それだけの戦力を持ってすれば撃破も可能だと言う事か」
「はい、それから…陛下のお耳に入れておきたい事柄が」
カティが声を絞る。
その様子に、国王は何かを悟った。
「……申せ」
「失礼致します」
カティが一礼して執務室の扉に手をかける。
「…カティ副団長」
ノブを回そうとした時、それまで黙って報告を聞いていた国王が口を開いた。
「はっ」
カティが目を合わせると、一瞬の間を置いてから、国王が問い掛けた。
「この一件、コウに関わりはあると思うか?」
カティの眉が少し上がる。
「…………コウ第一王子殿下との関わり、でございますか」
「ああ、場合によっては私自ら…」
「お待ちください!」
不敬を承知で国王の発言に割り込む。
「殿下の失踪は数年も前の事、魔族復活と結びつけるのは早計かと。カガセオの陰謀もあります故…それに、殿下はそのような事をする御方では」
「わかっておる、あくまで可能性の話だ」
「…お言葉、失礼致しました」
カティが深く頭を下げる。
「気にするな…私も参ってるのかもな。カティ君、引き続き頼むよ」
「はっ」
カティは執務室の扉を潜った。
「…ふぅ」
扉が閉まる音と共に、大きく息をつく。
「……近頃は感情的になりがちでどうもいけないな」
首筋をさすり、眉を寄せてみる。
「…少し休んでから、オニ党の様子を見に行こう」
宿舎の方へ歩き出した時、前から駆け寄ってくる足音に気づいた。
「副団長殿ー!」
爽やかな笑顔を振り撒きながら近づいてくるその姿にカティは頭を搔く。
「ショージ君、もう少し落ち着きたまえよ」
「はーい、すみませーん」
よく解れた顔の筋肉で緩やかに答えるのは、ヴェイングロリアス領主が子息、ショージ=ヴェイングロリアスだ。
騎士学校の士官生である彼は、講師でもあるカティとは旧知の仲である。
本当ならばこの態度も叱らなければならないのだろうが、昔馴染みである上、それをやるとこちらの方が悪者になりそうな雰囲気があるため、カティも大目に見ざるを得ない。
「それで、何か用か?」
「他の士官生から宮中で妹を見掛けたと聞きまして」
キラキラの眼差しに反射するカティがクスリと笑う。
「やはりな、そんな事だと思ったよ…彼女なら詰所に案内したぞ」
「ありがとうございまーす!」
「あ、おい!居るかどうかは分からないぞ…もう見えない」
空っぽの廊下を見遣り、思わず頬を掻く。
カティも詰所に向かおうと一歩踏み出した時、横からの視線に気付き、顔を振る。
「やあ」
「あっ…団長!」
壁に凭れて手を振っていたのは、王国騎士団団長ゲントク=クロスフィールドであった。
「戻られていたのですか!」
「ついさっきね」
ゲントクがおもむろに剣を叩く。
「今から少し、時間あるか?」
手合わせの誘いだ。
カティは怪訝な顔になる。
「珍しいですね…某は平気ですが」
ゲントクはその返答に笑顔を返した。
「良かった、じゃあ行こうか」
カティはそのまま、ゲントクの後ろをついて訓練所へと向かっていった。
その頃、騎士団詰所ではドタドタと忙しない足音が響いていた。
「なんの音だ…?」
アンナが部屋から顔を出すと、相手とばっちり目が合って時間が止まる。
「……」
「……」
「あ!居たー!」
「え、ちょ、ぎゃーっ!?」
体当たりを受けて後ろに転がったアンナにくっついていたのは、他でもないショージだ。
「わわ!?何事っスか!?」
突然の事にソファのマンジュが飛び上がる。
「会いたかったよぉアンナー」
「げっ、ショージ兄!?と、とりあえず離れろー!」
構わずベッタリとくっつくショージに、マンジュはとりあえずシュテンと目を見合せてみるのであった。