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第七十八話/団長と副団長

 訓練所に金属音が響く。

「また少し太刀筋が良くなったんじゃないか?」

「恐悦に存じます」

カティがゲントクの剣を弾くと、ゲントクは間合いを取り、構え直す。

「使っても大丈夫そうかな?」

ゲントクの全身を魔力が巡っていく。

それを見たカティも、同じように構える。

「今日こそは返させて頂きます」

魔力を高めていくと、剣を持つ両手に収束していく。

カティとゲントクは、共に剣聖魔法を固有魔法としている。

魔力を剣に通す事で、様々な効果が得られる魔法だ。

ゲントクは魔力を込めた剣を振り上げると、一歩踏み込むと同時に振り下ろした。

「ふんっ」

剣に乗った魔力は衝撃波を形成し、鋭い刃となってカティに迫る。

「はああっ!」

カティが剣の腹を抑えて防御の姿勢を取ると、魔力が剣を中心に展開しカティの全身を隠す。

ゲントクの魔力がそれにぶつかると、剣を支えるカティの両腕にずしんと響いた。

「ぐ………うわっ!?」

歯を食いしばって耐えるも、受け流しきれずに後ろへ飛ばされてしまう。

訓練所の外壁へ転がっていくカティの体を、先回りしていたゲントクが衝突寸前で受け止めた。

ゲントクの腕の中で、カティは溜息をつく。

「…参りました」

「大丈夫か?」

「ええ、ありがとうございます」

カティは立ち上がると、剣を鞘に仕舞う。

「前回より耐えが長かった。進歩じゃないか」

「あと何億歩で追い付けるのか、分かったもんじゃありません」

ゲントクは「ふっ」と笑うと、荷物の中からタオルとポーションを取り出した。

「要るか?」

「いえ、某は御遠慮しておきます」

「ん、そうか」

ゲントクは日陰の段差に座り込んだ。

「俺の分まで仕事が降り掛かっているらしいな、大丈夫か?」

「ええ、大変ですよ。しかしいずれは某が団長なので」

カティが口角を上げてゲントクを見ると、相手も笑いを返す。

「言ってくれる。その気概と減らず口は昔から変わらないな」

「ええ、団長も大概ですがね」

二人は視線を交わすと、静かに笑いあった。

「それでいいさ。また俺は居なくなるからな、安心して留守を預けられる」

「今日帰られたばかりなのに、もう次の話ですか?」

「ああ、夕方には出発だ……ところで」

ゲントクが顔を乗り出す。

「地下牢はどうしたんだ?」

カティは背が冷える。

魔族の事は国王級のトップシークレットだ。

例え上官とはいえ、国王の許可無く漏らすわけにはいかない。

「……少し問題がありましたが、無事鎮圧したので、ご心配なく」

嘘は言っていない。

ゲントクは「ふむ」と少し考え込む素振りを見せた。

「…何やら分からんが、大変そうだな。残って手伝ってやりたいが」

「いえいえ、もう地下牢を再建するだけなので、こちらはご心配に及びません。遠征の方が余程大事です。それに…」

カティはもう一度、歯を見せて笑う。

「某の方が、こういう仕事は早く終わりますから」

「頼りになるな、副団長殿は」

ゲントクは、鼻で笑い返した。






「……まあ、大体の状況は察するよ」

ゲントクと別れたカティが、オニ党の部屋に顔を出す頃には、ショージの熱い歓迎を、アンナが諦めの表情で受け入れていた。

具体的には、あぐらをかいて座るアンナに対して、ショージがヘビのように巻き付いていた。

シュテンの首周りに居座る本物のヘビも、困惑気味の様子で見ていた。

ソファから見守るマンジュとしても、以前から何となく察していたショージの溺愛ぶりだが、いざ目の当たりにすると苦笑いするしかない。

「…ところで、メイ嬢の姿が見えないようだが」

「姐さんは少し外してるっス。外の空気が吸いたいって」

「そうか…君たちは暫くは京内に留まってもらう。だが、行きたいところがあれば、行ってもらって構わないからな」

「あ、それなら!」

マンジュが手を叩く。

「腕のいい武器職人とか、知らないっスか?」

カティは「ああ」と返す。

「先の戦闘で破損した武器のメンテナンスか」

「それもっスけど、アニキに武器を作るっスよ」

カティはシュテンを一瞥する。

「なるほどな…しかし、武器職人か…某はあまり明るくないな…」

カティが腕を組んで唸っていると、ショージが手を挙げた。

「だったら、僕が案内するよ」

「は?…ショージ兄、そんな店知ってんのか?」

頬がくっついたまま、アンナは横目で訝しむ。

「ふっふっふ、これでも友達は多いんだ」

頬をくっつけたまま、ショージはしたり顔で押し返す。

「…よし、じゃあ君たちは見てきたまえよ。某が留守を預かろう」





時間は少し遡って、場所は王宮近くの大通りでの事。

「はぁ…思わず飛び出してきちゃいました」

頭を抱えながら、メイはひとり歩いていた。

「シュテン殿…どうして急にあんな事を」

至って真面目な顔で、シュテンはメイに介錯を依頼してきた。

「シュテン殿にとっては、私はまだ…」

余計な考えが浮かんでは消えていく。

出てくるのは溜息ばかり。

心ここに在らずを体現するかのように、あてもなく歩き回る。

その内に、いつしか路地裏に迷い込んでいた。

大きく息を吸い込み、吐き出す。

「…帰りますか」

踵を返したその時である。

「…っ!?」

数人の男がメイを取り囲み、後ろから口許を抑えられた。

「!?…ーーーっ!」

刀に手を伸ばそうとするが、取り巻きの男が先に奪い取る。

メイの背に戦慄が走るのも束の間だった。

「雷魔法」

「っ」

全身を走る痛みもそこそこに、メイの意識は遠のいていった。


「落ちたか?」

「ああ」

だらりとぶら下がったメイの腕を見て、リヤカーの荷台に積まれた箱にメイを詰め込んでいく。

「急げ!」

「よし、閉まった!」

「行くぞ!」

男たちはそのままリヤカーを引いて走り去って行った。

一気に静まり返る路地。

ガサリ、と音を立てて死角から転がり出る影がひとつあった。

「はわわわわ…大変だぁ…!」

大事に魔導鞄を握り締めて立ち上がったレーワは、急いで路地を飛び出した。

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