訓練所に金属音が響く。
「また少し太刀筋が良くなったんじゃないか?」
「恐悦に存じます」
カティがゲントクの剣を弾くと、ゲントクは間合いを取り、構え直す。
「使っても大丈夫そうかな?」
ゲントクの全身を魔力が巡っていく。
それを見たカティも、同じように構える。
「今日こそは返させて頂きます」
魔力を高めていくと、剣を持つ両手に収束していく。
カティとゲントクは、共に剣聖魔法を固有魔法としている。
魔力を剣に通す事で、様々な効果が得られる魔法だ。
ゲントクは魔力を込めた剣を振り上げると、一歩踏み込むと同時に振り下ろした。
「ふんっ」
剣に乗った魔力は衝撃波を形成し、鋭い刃となってカティに迫る。
「はああっ!」
カティが剣の腹を抑えて防御の姿勢を取ると、魔力が剣を中心に展開しカティの全身を隠す。
ゲントクの魔力がそれにぶつかると、剣を支えるカティの両腕にずしんと響いた。
「ぐ………うわっ!?」
歯を食いしばって耐えるも、受け流しきれずに後ろへ飛ばされてしまう。
訓練所の外壁へ転がっていくカティの体を、先回りしていたゲントクが衝突寸前で受け止めた。
ゲントクの腕の中で、カティは溜息をつく。
「…参りました」
「大丈夫か?」
「ええ、ありがとうございます」
カティは立ち上がると、剣を鞘に仕舞う。
「前回より耐えが長かった。進歩じゃないか」
「あと何億歩で追い付けるのか、分かったもんじゃありません」
ゲントクは「ふっ」と笑うと、荷物の中からタオルとポーションを取り出した。
「要るか?」
「いえ、某は御遠慮しておきます」
「ん、そうか」
ゲントクは日陰の段差に座り込んだ。
「俺の分まで仕事が降り掛かっているらしいな、大丈夫か?」
「ええ、大変ですよ。しかしいずれは某が団長なので」
カティが口角を上げてゲントクを見ると、相手も笑いを返す。
「言ってくれる。その気概と減らず口は昔から変わらないな」
「ええ、団長も大概ですがね」
二人は視線を交わすと、静かに笑いあった。
「それでいいさ。また俺は居なくなるからな、安心して留守を預けられる」
「今日帰られたばかりなのに、もう次の話ですか?」
「ああ、夕方には出発だ……ところで」
ゲントクが顔を乗り出す。
「地下牢はどうしたんだ?」
カティは背が冷える。
魔族の事は国王級のトップシークレットだ。
例え上官とはいえ、国王の許可無く漏らすわけにはいかない。
「……少し問題がありましたが、無事鎮圧したので、ご心配なく」
嘘は言っていない。
ゲントクは「ふむ」と少し考え込む素振りを見せた。
「…何やら分からんが、大変そうだな。残って手伝ってやりたいが」
「いえいえ、もう地下牢を再建するだけなので、こちらはご心配に及びません。遠征の方が余程大事です。それに…」
カティはもう一度、歯を見せて笑う。
「某の方が、こういう仕事は早く終わりますから」
「頼りになるな、副団長殿は」
ゲントクは、鼻で笑い返した。
「……まあ、大体の状況は察するよ」
ゲントクと別れたカティが、オニ党の部屋に顔を出す頃には、ショージの熱い歓迎を、アンナが諦めの表情で受け入れていた。
具体的には、あぐらをかいて座るアンナに対して、ショージがヘビのように巻き付いていた。
シュテンの首周りに居座る本物のヘビも、困惑気味の様子で見ていた。
ソファから見守るマンジュとしても、以前から何となく察していたショージの溺愛ぶりだが、いざ目の当たりにすると苦笑いするしかない。
「…ところで、メイ嬢の姿が見えないようだが」
「姐さんは少し外してるっス。外の空気が吸いたいって」
「そうか…君たちは暫くは京内に留まってもらう。だが、行きたいところがあれば、行ってもらって構わないからな」
「あ、それなら!」
マンジュが手を叩く。
「腕のいい武器職人とか、知らないっスか?」
カティは「ああ」と返す。
「先の戦闘で破損した武器のメンテナンスか」
「それもっスけど、アニキに武器を作るっスよ」
カティはシュテンを一瞥する。
「なるほどな…しかし、武器職人か…某はあまり明るくないな…」
カティが腕を組んで唸っていると、ショージが手を挙げた。
「だったら、僕が案内するよ」
「は?…ショージ兄、そんな店知ってんのか?」
頬がくっついたまま、アンナは横目で訝しむ。
「ふっふっふ、これでも友達は多いんだ」
頬をくっつけたまま、ショージはしたり顔で押し返す。
「…よし、じゃあ君たちは見てきたまえよ。某が留守を預かろう」
時間は少し遡って、場所は王宮近くの大通りでの事。
「はぁ…思わず飛び出してきちゃいました」
頭を抱えながら、メイはひとり歩いていた。
「シュテン殿…どうして急にあんな事を」
至って真面目な顔で、シュテンはメイに介錯を依頼してきた。
「シュテン殿にとっては、私はまだ…」
余計な考えが浮かんでは消えていく。
出てくるのは溜息ばかり。
心ここに在らずを体現するかのように、あてもなく歩き回る。
その内に、いつしか路地裏に迷い込んでいた。
大きく息を吸い込み、吐き出す。
「…帰りますか」
踵を返したその時である。
「…っ!?」
数人の男がメイを取り囲み、後ろから口許を抑えられた。
「!?…ーーーっ!」
刀に手を伸ばそうとするが、取り巻きの男が先に奪い取る。
メイの背に戦慄が走るのも束の間だった。
「雷魔法」
「っ」
全身を走る痛みもそこそこに、メイの意識は遠のいていった。
「落ちたか?」
「ああ」
だらりとぶら下がったメイの腕を見て、リヤカーの荷台に積まれた箱にメイを詰め込んでいく。
「急げ!」
「よし、閉まった!」
「行くぞ!」
男たちはそのままリヤカーを引いて走り去って行った。
一気に静まり返る路地。
ガサリ、と音を立てて死角から転がり出る影がひとつあった。
「はわわわわ…大変だぁ…!」
大事に魔導鞄を握り締めて立ち上がったレーワは、急いで路地を飛び出した。