「着いたよー」
ショージの案内で京内を歩く事一時間弱。
入り組んだ路地の果てにある半地下の扉を、ショージがにこにこと指差す。
辺りに看板の類は一切見当たらない。
「…本当にここっスか?」
表の喧騒が嘘のように、控えめに発したマンジュの怪訝そうな言葉が響く。
ショージはそれに「ふっふっふ」と笑い返した。
「知る人ぞ知る名店って奴だよ、行こ行こ」
アンナを引っ張って階段を降りていく。
半信半疑のマンジュも、シュテンと共に後を追った。
「おーす」
元気よく扉を開けたショージが間の抜けた挨拶をする。
売り場と思しき四畳半程の空間には誰も居ないが、暖簾で仕切られた向こう側から物音が聞こえた。
「…またお前かボウズ」
奥から男の声と、のっそのっそと歩く音が聞こえてくる。
そのうちに暖簾の下から現れた男は、筋肉質な身体とは不釣り合いなほどやつれた顔でじとっとこちらを見ていた。
「やあ、エイカン。元気でやってる?」
エイカンと呼ばれたその男は、頭を掻きながらため息をつく。
「なんだなんだ大所帯で。言っとくがな、ウチはそこらの鍛冶屋とは違うんだ。いくらボウズの紹介でも受けねえもんは受けねえぞ。武器のメンテナンスなら他を当たりな」
踵を返そうとするエイカンをショージが引き留める。
「まあまあそう言わずにさ、見るだけ見てよ」
するとショージは、アンナが背負っていた大剣を抜いて「ほら」と見せつけた。
「あん…?」
エイカンは、イバラギ戦でボコボコになったその剣を受け取ると、まじまじと観察する。
「…随分ヤンチャな使い方をしたな」
アンナは肝が冷えた。
マトモに考えれば、下手な剣筋での無茶な振り方が故の破損とするのが妥当な壊れ方である。
いかにもプライドが高そうなエイカンにそんな物を見せれば、即座に門前払いだろう。
同じくマンジュも、ショージの行動に気が気でなかった。
「…だがこいつは、俺が打った剣だな?」
「…え?」
思わず声が漏れたアンナに対し、ショージは口角を上げる。
「気づいた?」
「ああ…これは確かに昔ボウズに売った。黒龍も斬れる程には頑丈に作ったコイツをここまで壊すとはな…一体どんなバケモンとやり合ったんだ?嬢ちゃん」
エイカンの一言に、アンナは大きく心臓が打つのを感じた。
「…人間っスよ」
アンナより先に、マンジュの口が出る。
「バケモンじゃない、人間同士の決闘っス」
はっきりとした語気で続けるマンジュに対し、エイカンは眉をひそめた。
「コイツは未熟な頃の拙作とはいえ、この俺が作った剣だ。俺の大剣は龍より硬いんだ。それを魔物どころか人間同士の喧嘩で壊されちゃ堪らん。そんな人間が居たとしたらバケモンと呼んで然るべきだな」
マンジュが全身の毛を逆立てたような顔で一歩前に出ようとするが、シュテンがその肩を掴んだ。
「…アニキ?」
「…で、そいつァ直せんのかァ?」
エイカンは剣の方に視線を落とす。
「そうだな、これならイチから打ち直した方がマシだな」
「もちろんやってくれるよね?」
ショージが笑顔でエイカンの視界に食い込んでくる。
エイカンはショージと目を合わせると、暫くの間を開けてから溜め息混じりに「ああ」と返した。
「前のより頑丈で切れ味良く仕上げてやるよ…ついでだ、他にも直して欲しい武器があれば言っとけ」
マンジュがシュテンを仰ぐ。
「アニキ…いいんスか?」
「あァ、出してこィ」
「…分かったっス」
マンジュは前に出ると、魔導鞄から自身の武器を取り出す。
「えっと、まずダガーを二本と、短剣を一振りお願いしたいっス。それから…」
エイカンに吟味する時間を与えず、本題の包みを取り出した。
「これを素材に、篭手を作って欲しいっス」
マンジュは、風呂敷に包まれたそれをエイカンへ手渡す。
開いて中の物を取り上げると、エイカンは険しい顔で眺めた。
「これは…魔物の手か?見た事ないが…」
八方から穴が空くほど観察し、感触を確かめていく。
「…確かに、こいつなら良い篭手になりそうだ。どいつが使うんだ?」
「彼だよ」
ショージがシュテンを指す。
「お前か、なるほど腕っ節がありそうだな。よし、こっち来な、採寸するからよ」
「ん…あァ」
エイカンの手招きに、シュテンは店の奥へと入って行った。