「無事に頼めて良かったねー」
一時間後、一行は帰路に就いていた。
「それにしてもショージ兄、あんな職人とどこで知り合ったんだよ」
「上京したばかりの頃に、森で魔物から助けたんだ」
「…腕は信用出来るんスか?」
「そこは大丈夫だよ。ね、アンナ?」
「ああ…なんか悔しいがな」
アンナが腕を組む。
彼女の愛剣は、冒険者登録の折にショージから贈られた物である。
よく身体に馴染む大剣は切れ味が良い上に頑丈で、これまで故障することは無かった。
それがエイカンの腕を物語っている。
今、アンナの背中には代品の剣がある。
エイカンが「背中が寂しいだろう、能力はちっと劣る失敗作だが、直るまではこれでも差しておけ。壊しても構わん」と渡してきた物だ。
失敗作とは言ったが、体感としては遜色ない。
それを壊してもいいと言うあたり、当時よりも更に腕を上げているのだろう。
「…まあ、普通の武器屋にあの手を持ち込んでも中々受けてはくれないだろうし、今回はショージ兄に感謝だな」
職人の立場なら、得体の知れない素材など扱いたくは無いだろう。
一点物ともなれば失敗は許されない。
そんなリスクを背負ってまで加工を受け付けるのは、余程腕に自信があるか、余程の変人かだ。
エイカンは、その両方かもしれないが。
「ふふふ、もっと褒めていいよ?」
ショージがアンナの腕にしがみつく。
「だーもう鬱陶しい!」
賑やかな兄妹を余所に、マンジュがシュテンを見上げる。
「アニキ、本当に良かったんスか?」
「あァ?」
「大事な腕をあそこに預けて良かったんスか?」
「あァ、腕がいいなら文句はねェ」
「でも…」
マンジュが何か言いたげに目を泳がせる。
「マンジュの言いたい事は分かるぜ」
ショージを首に巻き付けたアンナが、会話に入る。
「イバラギを…オニをバケモン呼ばわりされたんだ、シュテンは怒って良かったんだぞ?」
「あァ?」
シュテンは怪訝な顔を返す。
「鬼はバケモンだァ」
「アニキは人間っスよ!」
マンジュが大きな声を出す。
「そらァ俺が人間の姿をしてるからそう思うだけだァ、俺ら鬼とお前ら人間は全然違う…覚えとけェ」
アンナが溜息を漏らす。
「あのなぁシュテン、お前がそんなんだからメイも飛び出すんだぞ」
「あァ?」
「お前はそろそろ、仲間を仲間と認めるべきなんだよ」
シュテンはアンナの主張が分からず、黙り込んでしまう。
それをどう受け取ったのか、アンナはシュテンの背中を強めに叩いた。
「まあ、とにかく帰ったらメイとはちゃんと話せよ」
訳が分からなかったが、シュテンは諦めて従う事にした。
部屋に戻るとカティが一人で待っていた。
カティは、留守番中にメイは戻らなかった事を報告すると、まだ部屋に居座ろうとするショージの首根っこを掴んで、訓練所へと引っ張って行った。
シュテン達三人は、メイの帰りを待つうちに、いつの間にか眠ってしまっていた。
次にカティが部屋を訪れた時には、既に日が傾いていた。
三人を起こして、メイの所在を尋ねる。
「…まさか、まだ帰らないのか?」
「っスね、いくら寝てたとしても、アタシなら気付くっス」
カティが腕を組む。
「流石に、遅すぎるな…三人とも、支度してくれ。探しに行こう」
部屋を出て、門へと近づいていくと、口論のような声が聞こえてきた。
「なんだ?騒々しいな」
眉を寄せるカティの脇で、マンジュは訝しい顔になる。
「なんか…聞き覚えのある声じゃないっスか?」
アンナも腕を組んだ。
「確かに…どこかで…」
更に進むと、言い争いの内容が聞こえてくる。
「わからず屋!この中に居るでしょ!おっきいお兄ちゃんと!でっかい剣のお姉ちゃんと!魔導具のお姉ちゃんだよ!」
「だからね、それだけじゃ分からないんだってば」
どうやら子供に門番の騎士が詰め寄られているようだ。
「どうした?」
カティが門番に声を掛けると、門番は敬礼する。
「これは副団長殿!」
「何かあったのか?」
「ええ、この子がですね…」
「あーっ!」
門番を遮って、子供が大声を出す。
「いたーっ!お兄ちゃん達だ!」
急に指を差され、シュテンは戸惑う。
「なんだァ…?」
「ん…?」
アンナが目を凝らすと、急に「あっ」と声を出した。
「お前!レーワか!?」
「え゛っ!?」
マンジュが目を丸くする中、レーワがシュテンに突進する。
「お兄ちゃーん!」
「おォ…?」
「おいレーワ!なんでこんな所に居るんだ!?孤児院に戻った筈だろ!?」
「今はそんな事どーでもいーのっ!」
物凄い剣幕で言い返されアンナが怯む。
「アタシらを探してたんスか?」
「うん!大変なんだよ!」
「何があったっスか?」
「フードのお姉ちゃんが!」
マンジュとアンナが目を見合わせる。
「メイがどうした!」
「怪しい奴らに攫われちゃったっ!」
「なに!?」
カティがレーワに詰め寄る。
「何処で!どんな奴に!?」
「わ、わかんない…みんなフードついたローブ着てたし…でも場所は、あっちの路地裏!」
レーワが指差した方へ、カティが飛び出すのを、誰かの手が掴んだ。
「何をする!」
「副団長、落ち着きなよ?今から行ってもしょうがないでしょ。それに路地裏なんて沢山あるんだ、一人で行っちゃ迷子になるだけだよ」
いつの間にか現れたショージが、真っ直ぐカティの目を見て柔らかく諭す。
「…くっ」
カティは腕を組むのを見て、ショージは手を離すとレーワの頭に手を載せる。
「とりあえず、部屋に戻ってこの子の話を聞こう?」