「どうしたっスか?」
部屋に戻ったカティに、マンジュが声を掛ける。
カティの手には封筒が握られていた。
「このタイミングで差出人不明の手紙だ。開けない手は無いだろう」
カティが封を切ると、中には二枚の紙が入っていた。
一枚には文章が、もう一枚には地図のようなものが書かれている。
文章を読み上げる。
「騎士団に出入りしている冒険者のガキを預かっている。返して欲しくば、金10枚を持って地図の場所へ、夕方六の刻に一人で来い。仲間を連れて来たら、その時点でガキは死ぬ」
「金10枚…身代金目的っスか」
「なるほどな、騎士団を強請りたい賊の犯行って事か…」
「しかし金10枚とは絶妙な値段だねぇ…もっと搾り取ればいいのに」
首を捻るショージの頭を、アンナが平手で軽く叩いた。
カティがひとつ、咳払いをする。
「…とにかく、金10枚ならすぐ集められる。ここからは某に任せてくれ」
「んー?でもこれおかしいよー?」
レーワが、手紙に入ってた地図を見て首を傾げる。
「どうした?」
「お姉ちゃんが居る場所と全然違うよー?」
レーワは、マジタグで出たメイの現在地と、手紙が指定する取引場所を照らし合わせる。
その二点は、王京を間に挟んでほぼ点対称の位置にあった。
「本当っスね…ちょっと不自然っス。取引場所をここにするなら、姐さんをそこまで運ぶ必要が出てくるっス」
「この距離を誰にもバレずに、人質を連れて歩くのはちょっと無茶だよねー…今からじゃ時間的にも間に合わない」
ショージが地図を指でなぞりながら頷く。
「これは、どっちかだね」
「どっちか?」
アンナが眉を寄せると、ショージは笑顔を返す。
「取引が嘘って罠か、マジタグが壊れてるか」
「壊れてないよー、壊れてたらわかるもん」
レーワが両手を上げて抗議する中、カティが腕を組む。
「ふむ…ならばどうするのが良いだろうか」
マンジュが手を挙げた。
「二手に別れるのはどうっスか?アタシとお嬢がイアモニを付けて、連絡を取り合うっス」
マンジュが魔導鞄からイアモニを二つ取り出す。
「わぁ!イアモニだぁ!」
レーワがマンジュの周りをぴょんぴょんと跳ね回る。
「イアモニって、この距離届くのか?」
アンナが地図の二点を指差す。
「余裕っスよ、世界の果てだって通話出来るっス!」
「すごーい!」
マンジュのドヤ顔を、レーワの囃子が盛り立てていた。
「よし、ではマンジュ嬢は取引場所を確認してくれ。某はアンナ嬢と位置情報の方を当たる」
「了解っス!」
「じゃあ、僕はこの子を預かっとくねー」
ショージがレーワを抱き上げ、肩車にする。
「えー、ボクも行きたい!」
「だーめ」
ニコニコのショージに対し、レーワは頬を膨らませてショージの髪をぐしゃぐしゃにしていた。
「じゃあショージ兄、レーワは任せたぞ」
「任されたー」
「シュテン、お前はマンジュのサポートを…」
「いや、今回は一人がいいっス」
アンナを遮って、マンジュが手を挙げた。
「マンジュお前…」
「隠密の仕事っスから、一人の方が動きやすいっスよ。それに姐さんが居るのはそっちっスから」
「僕としても、シュテン君がアンナと居てくれたら安心だなー」
「…わかったよ」
アンナが折れて、編成が決まる。
「じゃあ、一足先に出るっスね!」
「おィ、マンジュ」
シュテンがマンジュを呼び止める。
「どうしたっスか?」
珍しい事に、マンジュがキョトンとした顔で振り返った。
「…何かあったらすぐ呼べェ」
「…………」
予想外の台詞に、マンジュがフリーズする。
マンジュだけでは無い。アンナもシュテンの台詞に開いた口が塞がらなかった。
「?…なんだァ?」
「……あ、えっと、はいっス!行ってくるっス!」
我に返ったマンジュは深く一礼をすると、嬉しそうな顔で走っていった。
「…シュテン?」
「あァ?」
「悪いもんでも食ったか?」
「あァ…?」
どれだけ眠っていただろうか。
目を開いても、視界がぼんやりしたまま焦点が合わない。
身体に力を入れると、全身に痛みが走る。
「うっ…」
まるで全身が筋肉痛になったようだ。
ゆっくりと深呼吸し、身体を慣らしていく。
次第に、視界がはっきりしてくる。
ここは何処だろうか。
薄暗く埃っぽいこの小屋に見覚えはない。
板張りの床は冷たく硬い。
「私は…一体…」
メイは、自身の記憶を辿る。
思い出したのは、全身を駆け巡った電撃の痛み。
もう一度身体を動かしてみる。
手首に縄の感触を感じる。
どうやら、手足は縛られているらしい。
腰に佩いていたはずの刀も、小屋の中には見当たらない。
「ん…」
どうにかして起き上がろうとしていると、足音が近づいてくるのが分かった。
扉の方に意識を向けていると、ノブを回す音が聞こえた。
入ってきた男と目が合い、お互いに驚愕を浮かべる。
「ワドゥ…!」
「…よりにもよって貴女ですか」
男はハンチングに手を掛けると、大きく溜息をついた。