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第八十三話/動乱の息吹

 王京から北東に8km地点、周りを森に囲まれたその場所には、放棄された採石場があり、いくつかの背の高い建物が手付かずのまま放置されている。

「…悪党からしてみれば、格好の潜伏場所っスね」

屋根の上に身を潜ませたマンジュが、武器を持った見張りが行き交う廃墟を見下ろす。

「あの小屋…やけに厳重っスね」

その古ぼけた小屋には、見る限り出入りする人物がいる訳でもなく、中に人の気配もない。ただただ周りを多くの見張りが囲んでいた。

屋根を伝い、小屋の裏へと回る。

「ここからなら…」

窓から小屋の全貌が見渡せそうな位置を取ると、サウザンドスコープを取り出す。

「やっぱり中には誰も居ないっスね…ん?」

見慣れた物陰に気付き、倍率を上げる。

「…………」

そのまま目を離さず、イアモニに手を添えた。

「…お嬢、聞こえるっスか?」

『ああ、どうした』

「こっちに姐さんの姿は無いっス。でも姐さんの魔剣があったっス。なんとか回収してくるっス」

『了解、無茶はするなよ』

「はいっス」

通信を切る。

「…さて」

小屋の入口はひとつ、多数の見張りが動いている。

中の床は木製で、テンタクルスコップで地下から入れば大きな音が出る。

「となれば、あの窓を攻めるしかないっスね」

裏手は比較的手薄だ。

タイミング良く降りれば、窓を開けて侵入も容易だろう。

「…今っス!」

屋根から飛び降り、サッと小屋に張り付く。

そのまま窓に手を伸ばした。

それが、迂闊であった。

窓ガラスに手が触れた途端、けたたましいサイレンが鳴り響く。

「っ!?しま…」

「誰だ!」

見張りが集まってくる。

「…アタシとした事が、とんだ慢心っスね」

窓には魔法が仕掛けてあった。

人間が触れるとサイレンで知らせるという、単純な術式だ。

相手を身代金目的の卑しい賊と断定し、警戒を怠っていた。

マンジュは魔導鞄から、エイカンに預かった代用のダガーを取り出す。

「こうなったら、お手並み拝見するっスよっ!」

「やれ!」

見張りの一人がそう言ったのを皮切りに、なだれ込んでくる。

マンジュは足に魔力を込めて跳んだ。

イダテンソックスの効果で上がった脚力で、見張り達の山を越える。

「…セコい賊にしちゃ、結構な人数っスね」

マンジュはそのまま踏み込み、見張り達を着々と無力化して行く。

見張り達は装備こそ一人前であるが、一人一人の練度はそこまで高くない。

イダテンソックスの速度に対応して動ける者は居なかった。

「よし…このまま、全員倒して…」

それが、マンジュ二度目の慢心であった。

足元に現れた違和感に気付くのが、一瞬遅れた。

「っ!?」

直後、マンジュを中心に一帯の地面が爆発した。

それは土の破裂では無く、まるで火薬を使った爆弾の炸裂であった。

爆風で離れた地面に叩きつけられたマンジュは、高熱に晒された皮膚と小石の飛散で付けられた傷の痛みに思考が遅れ、自身に何が起こったのか理解が追いつかずに伏していた。

「…ぐ…っ」

「あら、まだ生きてたか」

聞き覚えのある声に、ぼやける目に力を込める。

「お前…カガセオの…っ!」

「覚えててくれたんだ」

強化師の少女は笑う。

横には男の姿が見えたが、フードを深く被っている上、霞む視界では何も分からない。

だが、この爆発が男の仕業である事は理解出来た。

「カガセオ、が…姐さんを、攫った…スか…?」

「ん?そうなの?そりゃワドゥも大変だ」

「何、が…目的…スか」

「知る必要は無いかな、君は裏切り者だし、君のお仲間達もすぐに死ぬ」

ホエンが男に合図を出すと、男はマンジュの方へ手を出した。

その時、こっそり魔導鞄に忍ばせていた手から玉を放る。

閃光玉。使い捨ての魔導具だ。

一帯は眩い光に包まれ、消える頃にはマンジュの姿は無かった。

「探しますか?」

見張りの一人がホエンに指示を仰ぐ。

ホエンは首を横に振った。

「いいよ、剣がここにある限りまた来るから、守りを固めといて」

「わかりました」

見張りは持ち場へと走って行った。

「さて、ウチらもそろそろ行かなきゃね」

ホエンは耳につけたイアモニを小突いた。

「ワドゥー、ワドゥー?お願いねー」

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