王宮敷地内でも一際目を引く建物が、謁見や国事が執り行われる宮殿である。
それは京内どこからでも見える程に背の高い建物だ。
比較的王宮に近い位置にいたカティからは、爆発が何処で起きたのかハッキリと目視できた。
「あの辺りには、陛下の執務室が…!」
歯を食いしばり、背後の村と王宮を交互に見る。
その様子に、アンナがカティの肩を叩いた。
「副団長殿、アンタは戻るべきだ」
「だが…メイ嬢が」
「メイは私らのパーティメンバーだ。私らに任せてくれ」
アンナがカティを押す。
「騎士団として、やるべき事があるでしょう」
「…わかった、すまない。だが誓ってくれ。必ず、無事にメイ嬢を救い出すと」
カティが真っ直ぐ、アンナの目を見つめる。
「誓うまでもないが…そこまで言うなら誓おう」
アンナは予備の短剣を抜き、目の前に掲げる。
カティも腰の剣を抜き、同じように掲げた。
二人の腕がクロスし、互いの剣が相手の眼前に聳える。
「頼んだぞ」
「了解」
二人はほぼ同時に剣を回し、下を向いた剣先を地面へ突き立てた。
王国騎士が行う、誓いの儀式である。
「…健闘を祈る!」
カティはアンナとシュテンの顔を交互に見た後、剣を納めて踵を返し、ダッシュで来た道を戻って行った。
「さてシュテン、こうなりゃ一気に片付けようぜ、いいな?」
アンナは短剣を仕舞うと、背中の大剣を抜き、シュテンへ笑みを投げる。
「あァ、分かりやすくて良ィ」
シュテンは手首を回して、前を向いた。
「行くぞ…メイを取り返すんだ!」
アンナは得物を振り上げ、物陰から飛び出した。
「今の音は何ですか…!?」
突然の轟音に、メイは思わず顔を上げた。
「作戦開始の合図、とでも言いましょうかね」
「ワドゥ、あなた達は何を…っ!」
その時、部屋の外が騒がしくなっているのに気付き、ワドゥが顔を上げた。
「どうやらお仲間が来たみたいですよ、良かったですね」
そう言うとワドゥは、転移魔法陣を展開する。
「待てっ!」
「すぐにまた会えますよ、ええ絶対にね」
ワドゥは不敵に笑うとそのまま消えた。
「ワドゥ!」
メイが叫んだその時、正面のドアが蹴破られた。
「居たぞ!メイ!」
アンナが剣を納めて駆け寄ってくる。
「おい!大丈夫か!?」
メイを抱えあげると、短剣で縄を切断する。
「シュテン!メイは保護した!」
「あァ」
外から打撃音と複数の悲鳴が聞こえてくる。
「立てるか?」
アンナはメイの腕を首に回し、脇を支える。
「アンナ殿、さっきの爆発は…?」
「ん?…ああ、外に出れば分かる」
息を合わせて立ち上がると、一歩ずつゆっくりと外へ出る。
その頃には、戦闘の音は止んでおり、扉から出るとシュテンが待っていた。
「メイ」
「シュテン殿…お二人共、お手数お掛けしました」
「馬鹿、無事なら何でもいいんだよ、な?シュテン」
「あァ」
腕を組むシュテンに、メイは微笑みを返した。
そして、その奥で上がる一筋の黒煙に気がついた。
「え…あれは、まさか…」
アンナがシュテンを手前に引っ張る。
シュテンが場所を動くと、メイの視界にも、それが鮮明に映った。
「王宮が…そんな馬鹿な!?」
「…ここに来るまでは、カティ副団長が一緒だったんだが、あれが起こってな。私らの判断で戻らせたんだ」
「カティ殿が…」
「とにかく、何処かで一度体制を立て直そう、メイの治療が必要だ」
アンナがそう言うと、シュテンの首元で大人しくしていたクロがシャーとひと鳴きし、メイの方へ飛び移った。
すぐにメイの身体を緑色の光が包んで行く。
「そうか、お前が居たな」
クロが満足気な表情でアンナの方を向いた。
「助かります、すぐにでも王宮へ戻りたいので」
メイの目は、クロを一瞥してすぐに王宮の方へと戻った。
「メイ、これを」
アンナが、自分の物とは別の短剣を取り出す。
「マンジュから預かった。お前のなんだろ?」
「これは…」
それは、ドウジギリ以前にメイが装備していたものであった。
「魔剣は今、マンジュが回収に向かってる。それまではこれを持っておけ」
「…もはや懐かしいですね、ありがとうございます」
メイは短剣を懐に仕舞い、回復の終わりを待った。
カティが王宮の門を潜ると、そこはすでに戦場であった。
「この数の魔物…一体どこから来たのだ!?」
すぐに剣を抜き、目に付いた物から切り伏せていく。
「副団長!」
近くに居た騎士団員が近づいてくる。
「戦闘しながらで良い!状況は!」
「謎の爆発後、宮中全体に魔物が突如出現しました!現在手当り次第に対処中です!」
「陛下は!?」
「まだ中にいらっしゃるかと!」
「分かった!私が向かう!魔物の侵入を食い止めてくれ!」
「御意!」
飛び掛かってきたゴブリンを切り伏せ、カティは御殿の中へ走った。
「はあああああっ!」
目に入る魔物を次々と切り付けながら執務室を目指す。
「カティ殿!」
「っ!宰相殿!」
途中で呼び止めたのは、国王の最側近である宰相カロク=プリストリームであった。
白髪混じりの執事風だが、昔は剣を握らせると右に出る者はいないと言われた元騎士である。
そんな英雄も、もはや息も絶え絶えといった様相だ。
「陛下は謁見の間で戦われておられる。行って力になってくれ」
「宰相殿は!」
「この老骨が行っても足手まといだ、ここで一兵卒に混じっておくのが吉よ」
カロクはカティの肩を叩く。
「陛下をお頼みした、カティ副団長」
「…御意っ!」
カティは謁見の間を目指して走り出した。
その時である。
「…っ!?」
横からとてつもない勢いで攻めてくる者がおり、剣を翳す。
カティの剣は弾かれるも、力の向きを利用し距離をとる。だが、次の瞬間には詰められ次の攻撃が来た。
剣同士が削り合う金属音の中、距離をとっては詰められ、反撃に出ては返されを繰り返し、数十秒の後に一足一刀の間合いで膠着する。
そしてカティは、その時初めて相手の顔をしっかりと確認し、そして叫んだ。
「なぜ貴方がここに居る………………団長ッ!」