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第46話:問題ございませんわ。

 続いてラース先生に声を掛けてこられたのは、フリフリの黄色いドレスに身を包んだ、16歳くらいの可愛らしい女性でした。

 女性は紙の束を、大事そうに抱えております。


「あ、えーっと、失礼ですがどちら様でしょうか?」


 おや?

 このお方は、ラース先生も初対面なのでしょうか?


「あはは~、わたしはシャルロッテ・ファーレンハイトっていいまぁ~す。ファーレンハイト侯爵家の、長女なんですけどぉ」

「「――!!」」


 マア!?

 ファーレンハイト侯爵家といえば、豚聖社とんせいしゃの経営母体じゃありませんか!

 つまりこのシャルロッテ様は、豚聖社の頂点とも言えるお方のご息女ということ――!

 わたくしは子どもの頃から修行してばかりで、貴族令嬢の茶会的なものにはほとんど出席したことがございませんので、令嬢の方々への面識はほぼゼロなのですわぁ~~~~。


「あ、それは大変失礼いたしました。ラース・エンデです」


 ラース先生は相手がファーレンハイト家のご令嬢だと判明したにもかかわらず、至って冷静に挨拶されます。

 流石ラース先生、器が大きいですわぁ~~~~。

 これは、わたくしも負けてられませんわね!


「お、お初にお目にかかりますわシャルロッテ様。わたくしはラース先生の弟子の、ヴィクトリア・ザイフリートと申しますわ。普段は王立騎士団第三部隊の隊長を務めております」


 わたくしはたどたどしいカーテシーを披露します。


「こちらは第三部隊特別顧問の、ニャッポですわ」

「ニャッポリート」

「ヴィクトリア・ザイフリートォ? あぁ~、あなたが脳筋一家のザイフリート家の【武神令嬢ヴァルキュリア】ねぇ?」

「――!」


 わ、わたくしのことはご存知でしたか……。

 まあ、シャルロッテ様の仰る通り、ザイフリート家は脳筋一家として名を轟かせておりますからね。

 さもありなんといったところですが。


「そ、その名で呼ぶのはやめてくださいまし。わたくしの名前はヴィクトリアですわ」

「あはは~、ウケるぅ。あなたみたいな脳筋ゴリラ女には、ピッタリの二つ名じゃなぁい」


 の、脳筋ゴリラ女、ですって……!?

 ぐうぅぅ……!

 半ば事実なだけに、言い返せませんわぁ~~~~。


「……シャルロッテ様、いくら何でも、今の言い方は礼を失しているのではないでしょうか? 侯爵家のご令嬢として、格を下げるような発言は控えるべきかと存じます」


 ラース先生……!?

 わ、わたくしのために、そこまで……!


「えぇ~? ラース先生、随分この女の肩を持つじゃありませんかぁ? ラース先生って、こういうのがタイプなんですかぁ?」

「……」


 ラース先生はまた頬を桃色に染めながら、無言で目を逸らしてしまわれましたわ。

 何故そこで無言になるのです???


「ふぅん? なるほどねぇ」


 シャルロッテ様は口端を吊り上げながら、不敵な笑みを浮かべます。

 いったい何に気付かれたのです???


「そういうことならラース先生、わたしのことも弟子にしてくださいよぉ」

「――!」


 シャルロッテ様はラース先生の袖をクイクイ引っ張りながら、あざとい上目遣いを向けます。

 こ、この人は……!


「……大変恐縮ですがシャルロッテ様、僕はヴィクトリア隊長のことしか弟子にしないと決めてるんです」


 ラース先生はシャルロッテ様の手をそっと離しました。

 ラース先生――!


「……へぇ、そういうこと言うんだぁ? まあいいかぁ。別にラース先生に弟子入りしなくても、わたしは実力でプロの作家になれるしぃ。ほらこれ見てぇ。わたしが今度豚聖社のアンソロで書籍化デビューする原稿ぉ」

「「――!」」


 シャルロッテ様はずっと大事に抱えていた紙の束を、ラース先生に差し出しました。

 これ、原稿だったのですか!?

 し、しかも豚聖社のアンソロで書籍化デビューって……!?

 つまりシャルロッテ様の小説も、わたくしとラース先生と同じアンソロに載るということですか――!

 余程書籍化デビューが嬉しいのかもしれませんが、発売前の原稿をこんなところに持ち出してくるなんて、コンプライアンス意識が低すぎるのでは!?

 ……これはおそらく、蝶よ花よと育てられたのでしょうね。


「……なるほど、こちらが」


 ラース先生はメガネをクイと上げながら、原稿を受け取りました。

 そして真剣な表情で、その原稿を読み始めたのですわ。


「……!」


 が、程なくしてラース先生の表情が曇りました。

 こ、これは――!?

 わたくしもそっと横目で、原稿を覗きます。

 するとそこには――。


「……!!」


 子どもの書いた読書感想文のほうがまだマシと言えるレベルの、稚拙な文章が並んでいました。

 文法も滅茶苦茶ですし、誤字も散乱しております。

 とてもではないですが、書籍化に足る作品とは思えませんわ……!

 ――この瞬間、わたくしの腹の底から、グツグツと煮えたぎるマグマのようなものが湧き上がってくる感覚がしました。

 この人は権力を利用して、こんな杜撰なものを書店に並べようというのですか……!!

 これは明らかな、文学に対する冒涜ですわ――!

 日々書籍化を目指して、文字通り血の滲むような努力をされてる方々に対して、申し訳ないとは思わないのでしょうか……?

 こんな愚かな行為、ラース先生はどう思われているのでしょう……。


「……シャルロッテ様、悪いことは言いません。もう一度よく考え直すことをお勧めします」

「「――!!」」


 ラース先生は原稿を綺麗に揃えてシャルロッテ様に返しながら、そう仰いました。

 ラース先生――!!


「はぁ? 考え直すって、何をよぉ?」

「これであなた様が書籍化デビューするということをです。こんな作品を世に出したら、それこそファーレンハイト家の名に傷が付きますよ」

「「――!!!」」


 ラララララ、ラース先生えええええええ!!!!

 カッケェですわあああああああ!!!!


「て、低レベルですってぇ!? あなた、ちょっと有名だからって、調子に乗ってんじゃ――」

「オイ、ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ!」

「うるせぇな! 放せよコラ!」

「「「っ!」」」


 その時でした。

 みすぼらしい格好の瘦せこけた中年男性が、警備員さんに取り押さえられました。

 不審者が侵入してしまったのでしょうか?

 場合によっては、王立騎士団わたくしの仕事になるかもしれませんわね――。


「何よあなたぁ? ここはあなたみたいな底辺の人間が来ていいところじゃないのよぉ? わたしたちみたいな、プロの作家だけが来ていい神聖な場所なんだからぁ」


 シャルロッテ様が不審者に近付いて、ドヤ顔で説教をします。

 もうプロ気取りなのですか……?

 それに無防備に不審者に近付くなんて、貴族令嬢の割に危機感が足りなすぎますわ!


「う、うるせえええええ……!! どうせお前なんか、親のコネで不正に書籍化してるだけだろうがああああ……!!」

「はぁ!? 何を根拠にそんなこと言ってんのよぉ!?」


 おぉ、意外と鋭いですわね、あの不審者……。


「今の出版界はどこもかしこも腐ってやがる……!! 崇高な俺の小説は一向に書籍化しないで、テンプレをなぞっただけの駄作ばかりが本屋に並んでる……!! これはもうの言う通り、一からこの国を創り直すしかないんだああああああああ」

「「「――!!」」」


 不審者は懐から血のように赤黒い液体が入った小瓶を取り出し、その中身を一思いに飲み込みました。

 ――あれはッ!?


「――う、ぐ、グアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 【魔神の涙】を接種した不審者は、例によって悪魔のような風貌になりました――。

 つ、遂にこんなところまで、【魔神の涙】の服用者が――!!


「う、うわあああああああ!?!?」

「きゃあああああああああ!?!?」


 警備員さんもシャルロッテ様も、あまりの光景に腰を抜かしてしまわれました。

 シャルロッテ様の足元には、じんわりと透明な液体が広がっていきます。

 ……どうやら失禁してしまったようですわね。


「死死死死死、死にヤがれえエエエエエ」

「いやああああああああああ!!!!」


 不審者がその鋭い爪を、シャルロッテ様に振り下ろします。

 くっ、今日は流石に【夜ノ太陽ナハト・ゾネ】と【昼ノ月ミターク・モーント】は持ってきておりませんわ――!

 ――ここは一か八か。


「お借りいたしますわ!」

「え?」


 わたくしは隣でローストビーフを食べようとしていたご婦人からテーブルナイフを奪い、それに全力で魔力を込めます。


「セイッ!」

「が…………は……!?」

「「「――!!!」」」


 そして不審者の爪がシャルロッテ様の脳天にブチ当たるまさにその直前、テーブルナイフで不審者の首を一刀両断したのですわ。

 フゥ、ギリッギリ間に合ったようですわね。

 どうやらテーブルナイフでも、わたくしが魔力を込めれば、【魔神の涙】服用者の強靭な首も何とか斬れるようですわ。


「……あ」


 ですが、テーブルナイフのほうがわたくしの魔力に耐えられなかったらしく、テーブルナイフは粉々に砕け散ってしまいました。

 あ、後でこの分は弁償しておきませんとね……。


「あばばばばばばばばば!?!?」


 不審者の首の切断面から噴き出た紫色の血で、シャルロッテ様のフリフリの黄色いドレスは紫一色に染まってしまいました。

 ま、まあ、失禁した事実が誤魔化せて、却ってよかったのではないでしょうか?


「ヴィクトリア隊長、ご無事ですか!」


 ラース先生が駆け寄って来られます。


「ええ、わたくしはこの通り問題ございませんわ。――むしろ問題なのは」


 わたくしは不審者の死体を一瞥します。


「【魔神の涙】が、いよいよ看過できない段階まで蔓延してきているということですね……?」


 ラース先生は震える拳を握りながら、眉間に皺を寄せます。


「ええ、その通りですわ」


 これは本格的に、王立騎士団総出で対処する必要があるかもしれませんわね――。

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