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第61話:外も歩けませんわ!

『オラ。ラースとヴェルナー以外の選手は、さっさと舞台から降りて客席に移動しろよ』


 何故いちいち、そんな高圧的な言い方しかできないのです?


「ヴィクトリア隊長、お隣失礼します!」

「ええ、どうぞ」

「ニャッポリート」


 レベッカさんがわたくしの右隣の席に腰を下ろされました。


「じゃあ俺も」

「ガッハッハ! 俺も邪魔するかな」

「ニャッポリート」

「――!」


 グスタフさんとヴェンデルお兄様も、わたくしの左隣に座りました。

 いや、グスタフさんはいいとして、ヴェンデルお兄様は何故ここに??

 今日は敵同士ですわよ!

 座るなら、第一部隊のみなさんがいる席に行けばいいじゃありませんか!

 ……まあ、別にいいですけど。


 舞台上にラース先生とゴキ兄だけが残った途端、またローレンツ副団長は結界を展開させました。


『ルールは至ってシンプル。ギブアップするか場外に落ちるか、審判のリュディガー団長が戦闘不能と判断したほうは負けだ。ザイフリート兄弟だけは例外的に、魔力の使用は禁止。あと一応、相手を殺しちまったら反則負けになるから、気を付けろよー』

「それはつまり殺さない程度であれば、どれだけ相手を痛めつけても問題ないということですよねええええ!?!?」


 ゴキ兄の発言が完全に猟奇犯罪者のそれですわぁ~~~~。

 こんな男が王立騎士団の副隊長で、本当によろしいのですかぁ~~~~?


「……僕は殺す気で掛かってきていただいても、問題はありませんよ」

「何ををををををををををを!?!?」


 それに比べてラース先生のカッコよさは、とどまることを知りませんわぁ~~~~。


『へへへ、お前はどっちが勝つと思う?』

『さ、さぁ……』


 そしてまたローレンツ副団長は、女性隊員さんのふとももを撫で回してセクハラしておりますわぁ~~~~。

 こんな人が王立騎士団の副団長で、本当によろしいのですかぁ~~~~?


『よおし! そんじゃ準々決勝第一試合、始めェ!!』


 ――ラース先生!


「ハアアアアアア!!!」

「――!」


 試合が始まった途端、またゴキ兄が分身しながらラース先生に突貫しました。

 ラース先生――!


「――【夜明モルゲンデメルング】!」


 が、まずは冷静に、【天使ノ衣エンゲル・クライドゥング】で魔力をブーストさせるラース先生。

 そして――。


「――そこですね」

「ヌゥ!?」


 分身を囮に背後から斬り掛かったゴキ兄の剣を、【創造主ノ万年筆ロマンスィエー・フュラー】の柄で受け止めました。

 さすラーですわ!

 魔力をブーストさせて動体視力を上げた状態なら、ゴキ兄の剣もギリギリ追えるようですわね!


「クッ! 調子に乗るなよ、ゴキブリ野郎があああああ!!!」

「うっ!?」


 ゴキブリ野郎は貴様ですわッ!


「オラオラオラオラァ!!!」

「ぐうぅ……!」


 嗚呼!

 でも、ゴキ兄の間髪入れない嵐のような斬撃は流石に全ては受けきれないようで、ラース先生のお身体に徐々に傷が――!

 くっ、やはりまだまだ素の身体能力には、圧倒的な差があるようですわね……。

 さもありなん。

 一応あれでゴキ兄も、ザイフリート家の人間ですからね。

 しかも槍使いのラース先生は、接近戦は不利ですわ。

 ここは――。


「ラース先生、一旦距離を取るのです!」

「は、はい!」

「な、何故だヴィク!? 何故こんなゴキブリ野郎にアドバイスをッ!?」


 それはラース先生にゴキブリ野郎を駆除していただくためですわ!


「隙あり!」

「ヌゥ!?」


 一瞬だけ気が逸れた隙を逃さず、ゴキ兄の顔面に槍の刃を突き出すラース先生。

 が、ゴキ兄はそれを剣で逸らしながら、後方に跳びました。

 よし、これで結果的に、距離を取れましたわ!

 さあ、ここからが本番ですわよ、ラース先生!

 ――ラース先生は【創造主ノ万年筆ロマンスィエー・フュラー】の刃を、床に突きました。

 そして――。


「金糸の巻き髪 高貴な魂

 背負ったのは宿命 求めたのは安寧

 魔女が魅せる幻は精神こころを惑わす甘美な毒

 一所ひとところには留まれぬ霧の魔女

 ――我が下に来たれ【ミスト・デーゼナー】」


「「「――!!」」」


 召喚の呪文を詠唱しながら、床に【ミスト・デーゼナー】という名前を書いたのです!

 名前は見る見るうちに人の形になり、それは金髪縦ロールで漆黒のドレスに身を包み箒を手に持った、一人の妖艶な美女の姿になったのですわ――。

 彼女はラース先生の『霧の魔女は西へ向かう』という作品のヒロイン、ミスト!

 【霧の魔女】の二つ名を持つ、稀代の幻影魔法の使い手ですわ!


「オーホッホッホ! この私を呼び出すとは、なかなかセンスがあるじゃない、神様」

「はは、頼りにしてるよ、ミスト」


 おお、あの高飛車な態度。

 原作者だから当然とはいえ、再現度高すぎですわね。

 ……ですが、わたくし以外の金髪縦ロールがラース先生の隣に立っているという事実に、何故か胸の奥がチクリと痛みます。

 最近のわたくしは、本当にどうしてしまったというのでしょうか……?

 もう、自分で自分の心がわかりませんわ……。


「フン、召喚魔法か。戦力が一人増えたところで、貴様と私の絶望的な実力差が埋まると思うなよおおおお!!!」

「――!」


 ゴキ兄がまたしても分身しながら、ラース先生に突貫します。

 ラース先生――!


「オーホッホッホ! そっちが分身を使うなら、こっちも分身でお応えしなくちゃねえ」


 ミストが持っている箒に魔力を込めます。

 あれは――!


「――アリ・ヲリ・ハベリ・イマソカリ」


「「「――!!」」」


 ミストが呪文を詠唱した途端舞台上は薄い霧に包まれ、そこに無数のラース先生の分身が現れたのです!

 早速ミストの幻影魔法が炸裂しましたわ!

 どれも本物とまったく見分けがつかないクオリティです!

 これはいくらゴキ兄といえど、そう簡単には看破できないはず――!


「フン、舐めるなよ! こんなもの、片っ端から斬り伏せればいいだけだああああ!!!」


 ゴキ兄は物凄い速さでラース先生の分身たちを次々に叩き斬っていきます。

 ああもう!

 これだから脳筋は!

 ……でも実際問題、これが一番手っ取り早い攻略法ではありますわよね。


「ハアアアアアア!!!」


 そして瞬く間に、ラース先生は最後の一人になってしまったのです……!

 クッ、ラース先生――!


「ハハハ! 覚悟はいいかゴキブリ野郎! これで今度こそ終わりだ! そしてこの勝負に勝った私は、猫耳メイドさん姿のヴィクに膝枕されながら、イイコイイコしてもらうんだッ!!」


 絶対に嫌ですわッ!!!

 何勝手に報酬をつけてるんですか、このド変態激キモゴキブリ野郎がッ!!!


「くっ!」


 思わず舞台端まで逃げるラース先生。

 嗚呼――!


「逃がすかああああああ!!!!」


 が、そんなラース先生の背中を、ド変態激キモゴキブリ野郎は容赦なく斬り付けたのです――!


「ラース先生えええええええ!!!!」

「ニャッポリート」

「オーホッホッホ! 大丈夫、、ヴィクトリア」

「「「――!?!?」」」


 その時でした。

 ド変態激キモゴキブリ野郎に斬られたラース先生の姿が、のです――。

 そしてミストの姿はラース先生に――。

 なるほど、幻影魔法で二人の姿を入れ替えていたのですわね!


「ありがとう、ミスト。僕が勝てたのは、君のお陰だよ」

「ホホホ、私を生み出したのはあなたなんだから、あなたの勝利はあなたのものよ」

「はは、そうかな」


 斬られたミストは光の粒になって消えてしまいました――。

 そしてその途端、霧も晴れたのですわ。


「フン、何を勝った気でいるんだ! 私はまだこの通り、かすり傷一つ負ってはいないぞ!」

「いえ、この勝負はあなたの負けです、ヴェルナー副隊長」


 ラース先生はメガネをクイと上げながら、そう宣言します。


「何ををををををををををを!?!?」


 まだ気付いていないようですわね。


「足元を見てください」

「は? ――なっ、これはッ!?」


 やっとド変態激キモゴキブリ野郎は、自分がことに気付いたようですわ。

 先ほどミストは幻影魔法で、のですわ!

 そしてラース先生の本体に見せ掛けたミスト自身が囮となり、ド変態激キモゴキブリ野郎を場外におびき寄せたのです。

 実にスマートな、戦略勝ちですわ!

 身体能力の違いが、戦力の決定的差ではないということを教えてやりましたわッ!


『そこまで! ヴェルナー・ザイフリートの場外により、勝者はラース・エンデ!』

「ニャッポリート」

「「「うおおおおおおおおおおおおお」」」


 大金星ですわあああああああああ!!!!!!

 さすラー!!

 さすラー!!!

 さすラーですわあああああああああ!!!!!!


『へえ、まさかラースが勝つとはな。なかなかやるじゃねえか』


 ローレンツ副団長が感心しながら、結界を解除しました。

 そうでしょうそうでしょう!!

 見なよ……わたくしのラース先生を……ですわあああああああああ!!!!!!


「そ、そんな……。有り得ない……。この私が……、こんなゴキブリ野郎、に……」


 あまりの結果にド変態激キモゴキブリ野郎は、カジノで有り金全部溶かした人の顔になっておりますわ!!

 メシウマですわ!!


「お見事でしたヴェルナー副隊長。魔力有りの戦いでしたら、僕はきっと負けていたと思います」


 そんなド変態激キモゴキブリ野郎に対しても、ラース先生は敬意を払いながら握手を求めます。

 人間としての器が、太陽とミジンコ並みに違いますわぁ~~~~。


「……クッ! わ、私は絶対に……!! 絶対に認めんからなああああああ!!!!」

「ヴェルナー副隊長!?」


 ド変態激キモゴキブリ野郎はラース先生の差し出した手を払って、どこかに逃げて行ってしまいましたわ!

 あんな三下が実の兄だと思うと、恥ずかしくて外も歩けませんわ!

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