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第63話:あなたをわからせますわ!

「う……うぅ……。ぐすん……」


 レベッカさんは怖い夢を見てしまった幼女みたいに泣きじゃくりながら、観客席に下りて来ました。

 実際レベッカさんにとって丸焦げの全裸成人男性なんて、悪夢以外の何物でもないでしょう……。

 ここはわたくしが上司として、しっかりメンタルのケアをしてあげませんと!


「レベッカさん、準決勝進出おめでとうございますわ!」

「ニャッポリート」


 わたくしは立ち上がり、両手を広げてレベッカさんを出迎えます。

 今はとにかく、丸焦げの全裸成人男性から話題を逸らすことが先決ですわ!


「あ、はい! ありがとうございますヴィクトリア隊長! ……ヴィクトリア隊長の愛の籠った声援が、私の勇気を奮い立たせてくださいました」


 レベッカさんは感じ入るように、自身の胸に手を当てて目を閉じます。

 うんうん、愛の籠った声援というのはちょっとよくわからないですが、力になれたのでしたら何よりですわ。


「そ、それで、その、あの……」

「?」


 レベッカさんは頬を桃色に染めながら、わたくしに頭部を向けてきました。

 ああ、そういえば、勝負に勝ったら頭ナデナデすると言いましたものね。


「フフ、よく頑張りました、レベッカさん」

「ニャッポリート」


 わたくしはレベッカさんの頭を優しくナデナデしました。

 本当にこんなことが嬉しいのでしょうか?


「ドゥ、ドゥヘヘヘヘヘヘヘヘ……」

「――!」


 が、当のレベッカさんは鼻血をダラダラ流しながら、恍惚とした表情をしています。

 ど、どうやら嬉しいようですわね。


「オ、オホン」

「?」


 その時でした。

 いつの間にかわたくしの隣に立っていたラース先生が、咳払いをしながらわたくしに頭部を向けてきたのですわ!

 ラ、ラース先生???


「ちょっとラースさん!? あなたはそんな約束してないでしょ!? 諦めてください!」


 レベッカさん!?


「くっ……!」


 物凄く残念そうな顔をしながら、ご自分の席に戻るラース先生。

 も、もしかして、ラース先生も頭ナデナデしてほしかったのでしょうか?

 いや、ラース先生に限って、まさかね……。


「も、申し訳ございませんでしたアンネリーゼ様……。不甲斐ない姿をお見せしてしまいまして……」


 担架で医務室に運ばれて行く途中で、アンネリーゼ隊長に謝罪するバニー1号さん。

 (形はどうあれ)あと一歩のところまでレベッカさんを追い詰めたのですから、良い勝負だったと思いますけどね。


「アラアラアラ、そう落ち込むことはないわよバニー1号くん。私はあんなに美しいバニー1号くんの【股間剣法はがくれ】が見られただけで、十分満足なんだから」

「ア、アンネリーゼ様ッ!」


 ……オォ。


「そうですよ! マジかっこよかったです、リーダー!」

「俺感動しました、リーダー!」

「俺たちももっと頑張ります、リーダー!」

「今はゆっくり休んでください、リーダー!」

「打ち上げはパーッとみんなで盛り上がりましょう、リーダー!」

「何なら今から他の選手に全員毒盛れば、繰り上げでリーダーの優勝になるんじゃないですかね、リーダー!」

「好きです、リーダー!」

「お金貸してください、リーダー!」

「リーダー! リーダー! リーダー!」

「お前たち……」


 やはりバニー1号さんは、【バニーテン】の柱なんですのねぇ~~~~。

 ……何人かヤバい思考の人が交じってるのが、若干気になりますが。


「ハハハ」


 そんな【バニーテン】たちの遣り取りを、例によってモノクルバニーガールのエーミール副隊長が、微笑ましいお顔で見守っておりますわ。

 本来なら感動的な光景なのでしょうが、絵面はどうしても、学園祭でヤンチャしてボヤ騒ぎを起こしてしまったようにしか見えませんわぁ~~~~。


『よっしゃ、じゃ、次なー。第三試合一人目の選手は~、ジャジャン! ――グスタフ・エッガースだ!』


 オオ!

 ここでグスタフさんですか!


「頑張ってくださいまし、グスタフさん!」

「ニャッポリート」

「はい! 相手が誰だろうと、全力を尽くしますよ!」


 できれば相手は、ゲロルトが理想ですけどね。

 ゲロルトだったら、グスタフさんのほうが確実に強いですし。

 こういうことを思ってると、フラグになりそうですが……。


『よしよし、そんで二人目は~? バビョン! ――ゲロルト・ヒルトマンだ!』


 変化を加えてきましたわね!?

 それより、フラグを無視して理想的な展開になりましたわ!

 これで第三部隊の隊員は、全員準決勝進出確定ですわ!


「アメリー、君のために戦う僕の姿を、よく見ていておくれ」

「はい、頑張ってくださいね、ゲロルト様!」


 おやおや、相変わらずお安くないですわね。


「ゲロルト様、悪いですが、全力でいかせてもらいますよ」


 舞台の上に立ったグスタフさんが、ゲロルトに剣を向けます。


「フン、まさかお前はまだ、僕より強いと思っているのか? ――どうやらわからせてやらねばならないようだな、僕と貴様の、力の差というものを」

「――!」


 そんなグスタフさんに対して、ゲロルトも黒い剣を向けます。

 あのゲロルトの謎の自信……。

 やはり秘訣は、あの黒い剣でしょうか……?


『よーし、心の準備はいいな二人とも?』


 ローレンツ副団長が結界を展開させます。


『準々決勝第三試合、始めェ!!』


 ですが、落ち着いて戦えば、グスタフさんが負ける理由はございません!

 くれぐれも焦りは禁物ですわよ、グスタフさん!


「――我に力を与えたまえ、【三度望みを叶える魔剣ティルヴィング】」

「「「――!」」」


 ゲロルトが黒い剣を天高く掲げると、ゲロルトの全身から禍々しい魔力が立ち上ってきました。

 こ、これは――!?

 あの【三度望みを叶える魔剣ティルヴィング】という剣、よもやとんでもない代物なのでは……。


「オラアアアアアアアアアア!!!」

「ぐうっ!?」

「「「――!?」」」


 その時でした。

 ゲロルトは疾風の如き速さでグスタフさんに詰め寄ると、【三度望みを叶える魔剣ティルヴィング】を力任せに振り下ろしました。

 グスタフさんはそれを何とか剣で受けますが、余程の威力だったのか、グスタフさんの剣の刃が少し欠けてしまいました。

 そんな!?

 あのゲロルトのパワー、明らかに異常ですわ!

 ただの貧弱なボンボンだったゲロルトが、あそこまで強くなるなんて……。

 何の代償もなく、あそこまでの力を得られるとは思えません。

 あの【三度望みを叶える魔剣ティルヴィング】という剣、いったいどんな代償が……。


「オラオラオラオラァ!!!」

「がぁ!?」


 次々に降り注ぐ豪雨のようなゲロルトの斬撃を、受けるだけで精一杯なグスタフさん。

 第三部隊の隊員の中ではトップクラスの実力を持つグスタフさんが、ここまで一方的に追い詰められるなんて……。


「オラァッ!!」

「――!!」


 嗚呼!

 遂にはゲロルトの圧倒的なパワーに耐えきれなくなったのか、グスタフさんの剣が折れてしまいましたわ――!

 これは事実上の、試合終了ですわ……。

 わたくしが震える手でタオルを握り、立ち上がってそれを投げようとした――その時でした。


「ヴィクトリア隊長、まだですッ!」

「っ!?」


 グ、グスタフさん……!?


「俺の心の剣は、まだ折れちゃいませんよ!」

「――!!」


 嗚呼、グスタフさん――!

 バカですわね、わたくしは……。

 当のグスタフさんがまだ諦めていないのですから、上司であるわたくしが先に諦めるなど、許されるはずがございませんわ!

 わたくしはフンと一つ鼻息を吐いてから、腕を組んで席に座り直しました。

 もうあとわたくしにできるのは、ここでグスタフさんの雄姿を最後まで見届けることだけですわ――。


「うおりゃあああああああああ!!!」


 グスタフさんが折れた剣を上段に構えながら、ゲロルトに突貫します。

 グスタフさん――!


「フッ、雑魚が――」

「――がっ……は……」

「「「――!!!」」」


 ですが、ゲロルトはそんなグスタフさんの胴体を、一文字に斬り裂いたのです――。

 グスタフさんは鎧を着ていたにもかかわらず、ゲロルトの斬撃は鎧すらも破壊し、グスタフさんは鮮血を噴き出しながら仰向けに崩れ落ちました。


「グ、グスタフさんッッ!!!」

「ニャッポリート」


 嗚呼、そんな――!!


『そこまで! グスタフ・エッガース戦闘不能により、勝者はゲロルト・ヒルトマン!』

「「「……」」」


 あまりに凄惨な決着に、観客は一人残らず言葉を失いました――。


「ハハハハハ!!! ざまぁないなッ! 雑魚がイキがるから、こうなるんだよぉ!」

「ぐぁ……!?」

「「「――!!」」」


 その時でした。

 あろうことかゲロルトは、グスタフさんの胴の生傷を踏みつけたのです――!

 なっ――!?


「何をしているんですかゲロルトッッ!!! もう勝負はついてますわッ!! ローレンツ副団長、早く結界の解除をッ!」

『え? あ、あぁ……』


 ローレンツ副団長が思い出したかのように、慌てて結界を解除しました。


「ボニャルくん、回復魔法を!」

「はいだにゃ!」


 わたくしはボニャルくんと共にグスタフさんに駆け寄ると、グスタフさんを踏みつけているゲロルトを突き飛ばしました。


「オイオイオイ、イッテェな。負け犬をちょっと踏んだくらいで、そんなに怒ることないだろ?」

「だまらっしゃいッ!! あなたには騎士としての矜持というものがないのですか!?」

「矜持ねえ? 強いて言うなら騎士の矜持は勝つことだろ? 負けた人間は何一つ守れないんだからなぁ。だから矜持を持ってるのは僕のほうだ。違うか【武神令嬢ヴァルキュリア】?」


 くっ、この男は――!!


「……い、いいんです、ヴィクトリア隊長……」

「――! グスタフさんッ!」


 グスタフさんは息をするのさえ苦しそうなお顔で、わたくしに訴えます。


「……負けた俺が……悪いんです……。だからゲロルト様のことを……責めないで……ください。……じゃなきゃ、負けた俺は……もっと惨めになっちまい……ます……」


 グスタフさんの瞳には、大粒の涙が浮かんでおります。

 嗚呼、グスタフさん――!


「もうそれ以上喋らないでくださいまし!」


 わたくしはグスタフさんの手を、ギュッと握ります。


「はいは~い。医務室に運ぶんで、ちょっとどいてくださいね~」


 医療班の班長であるユリアーナ班長が、担架を持った医療班の方々を引き連れて駆けつけました。

 回復魔法を掛けられながら担架で運ばれて行くグスタフさんは、腕で泣き顔を隠しておりました……。


「ハハハ、つくづく惨めなもんだな、負け犬ってのは」

「――!」


 ゲロルトオオォ……!!


「準決勝でその負け犬になるのは、あなたのほうですよ、ゲロルト様」

「ええ、レベッカ副隊長の言う通りです。準決勝で当たったら、僕は全力であなたを倒します」

「ニャッポリート」


 いつの間にかわたくしの左右に立っていたレベッカさんとラース先生が、ゲロルトにそう宣言しました。

 お、お二人とも……!


「フン、その言葉、そっくりそのまま返すよ」


 ゲロルトはいやらしく口端を吊り上げながら、アメリーさんのところに帰って行きました。

 精々首を洗って待っていなさいゲロルト――。

 準決勝ではお二人のうちどちらかが、あなたをわからせますわ!

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