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第64話:実にエモいワンシーンですわぁ~~~~。

『おっしゃ、じゃあ消去法で、第四試合はヴェンデル・ザイフリート対バッタ仮面だなぁ』


 あ、そうでした。

 すっかりバッタ仮面さんの存在を忘れておりましたわ。


「ガッハッハ! やっと出番か。よし、いっちょやるか」


 ヴェンデルお兄様が身の丈ほどもある【雷神ノ鎚ミョルニル】を軽々しく担ぎながら、舞台に上がって来ました。


「……」


 対するバッタ仮面さんは一切無言で、細身の剣を握って舞台に上がります。

 この方は、いったい……。


「ヴィクトリア隊長、僕たちは席に戻りましょう」

「ニャッポリート」

「あ、はいですわ」


 わたくしはラース先生に促されて、自分の席に戻りました。

 舞台上にはヴェンデルお兄様とバッタ仮面さんだけが残されました。


「ガッハッハ! お互い良い試合にしような、バッタ仮面」

「……はい」


 ううむ、実に不気味な存在ですわ、バッタ仮面さん……。

 それに何でしょうか、さっきから謎の胸騒ぎがするのですが……。


『よーし、心の準備はいいな二人とも?』


 ローレンツ副団長が結界を展開させます。

 ――その時、わたくしは胸騒ぎの正体がわかった気がしました。

 わたくしが最近読んだバトルモノの小説の中で、ちょうどこれと似たようなシチュエーションがあったのですわ!

 その小説の中でもトーナメント戦が行われていたのですが、選手の一人に、仮面をつけた謎の人物が交じっていました。

 実はその謎の人物は敵組織の幹部で、トーナメント戦に乗じてテロを仕掛けるのが目的だったのですわ!

 ――つまりあのバッタ仮面さんは、【弱者の軍勢アインヘリヤル】の幹部ということでは!?


『準々決勝第四試合、始めェ!!』


 こ、こうしてはおれませんわッ!

 本当にバッタ仮面さんが【弱者の軍勢アインヘリヤル】の幹部なら、どんな隠し玉を持っているかわかったものではありませんわ!

 そうなれば、いくらヴェンデルお兄様でも――。

 こ、これは、ラース先生に相談したほうがよろしいでしょうか……!?


「オラァ!」

「うわああああああああ!!!」

「「「――!?!?」」」


 その時でした。

 ヴェンデルお兄様がブン回した【雷神ノ鎚ミョルニル】の一撃で、バッタ仮面さんは場外に弾き飛ばされてしまったのです――。

 えーーー!?!?!?


『そこまで! バッタ仮面の場外により、勝者はヴェンデル・ザイフリート!』

「ニャッポリート」

「「「うおおおおおおおおおおおおお」」」


 杞憂でしたわあああああ!!!!

 迫真のリアクションで陰謀論語っちゃって、ドチャクソ恥ずかしいですわぁ~~~~。

 ラース先生に相談する前にわかって、本当に助かりましたわぁ~~~~。

 で、ですが、【弱者の軍勢アインヘリヤル】の幹部ではないのだとしたら、バッタ仮面さんはいったい……?


「いてててて……。ははは、やっぱり私じゃヴェンデル隊長の足元にも及びませんでしたね」


 ムクリと起き上がったバッタ仮面さんは、今の一撃で仮面が外れ、素顔が露わになっておりました。

 あ、あのお顔は――!


「オオ! のリーヌスくんじゃないか。君がバッタ仮面だったとはな」


 ヴェンデルお兄様が、両手をパンと叩きながらそう言います。

 そうです、先日緊急隊長会議を開く旨を伝えに来てくださった、伝令係の方ですわ!


「ま、まさか尊敬するヴェンデル隊長が、伝令係の私なんかの名前を覚えてくださってるなんて……!」


 リーヌスさんは感動のあまり乙女のような顔になって、両手で口元を覆います。


「何を言う。『私なんか』なんて自分を卑下するもんじゃない。よもや君は伝令係という仕事にコンプレックスを抱いているから、素性を隠してこの大会に出場したのかもしれないが、伝令係も騎士団には欠かせない重要な仕事の一つだ。特に大規模な戦いの最中じゃ、情報の伝達というのは戦況を左右する要になる。君はもっと、自分の仕事に誇りを持つべきだ」


 うんうん、流石ヴェンデルお兄様、いいこと仰いますわ!


「あ、あああぁ……!!」


 ヴェンデルお兄様推しからの金言に、遂にリーヌスさんの涙腺は崩壊してしまいました。

 わかりますわリーヌスさん!

 推しからこんなこと言われたら、そりゃそうなっちゃいますわよねッ!

 わたくしもラース先生から褒められた時は、いつもそんな感じですし!

 ――なるほど、さっき試合が始まる前にリーヌスさんがずっと無言だったのは、推しを目の前にしてテンパってたからなんですのね!?

 実に微笑ましいですわぁ~~~~。


「それに実際こうやって戦った俺だからわかる。――君、相当強いな?」


 ウム、それはわたくしも感じましたわ。


「え!? いやいやいや!? 滅相もありません! 現にこうして、一撃でやられてしまったわけですし……」

「確かに結果だけ見ればそうだが、俺はこれでも手加減せず、全力で【雷神ノ鎚ミョルニル】を君にブチ当てたんだぞ? だというのに君は、かすり傷一つ負ってないじゃないか」


 そうですわ。

 普通の人間なら真正面からヴェンデルお兄様の【雷神ノ鎚ミョルニル】を喰らって、無事でいられるはずがございませんわ。

 わたくしでさえ、無傷とはいかないでしょうし。


「あー、それは、当たる瞬間に後方に跳んで威力を殺したからですよ。伝令係である私の最重要事項は、生きて情報を持ち帰ることなので、足腰だけは人一倍鍛えてるんです。はは」


 何と!

 ご立派ですわぁ~~~~。


「うんうん、実に素晴らしい! 君のような男が王立騎士団の伝令係でよかった! ――これからも、よろしく頼むよ」


 ヴェンデルお兄様はリーヌスさんに歩み寄り、握手を求めました。


「は、はいッ! こちらこそ、よろしくお願いしますッ!」


 リーヌスさんは感極まったお顔で、ヴェンデルお兄様と握手を交わしたのですわ。

 実にエモいワンシーンですわぁ~~~~。

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