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第74話:温かいですわ……。

「そ、そんな! 兄さん!! 悪い冗談はやめてくださいッ!!」

「そうです! ヴェンデル隊長は、そんな人じゃないはずですッ!!」


 ヴェルナーお兄様と伝令係のリーヌスさんが、ヴェンデルお兄様に訴えます。


「ガッハッハ! すまんが冗談ではないんだ。――俺はザイフリート家の長男として、どうしても強くならなくてはいけない使命があるんでな」

「……なっ」


 ヴェンデルお兄様――!!


「【好奇神ロキ】は【弱者の軍勢アインヘリヤル】の一員になれば、俺を誰よりも強くすると約束した。だから俺はお前たちとは袂を分かつことにしたんだ。ヴェルナー、ヴィク、俺にはお前たちほどの才能はない。このままではいずれ、お前たちに抜かれてしまうからな」

「バ、バカな!? 兄さんが私たちより弱くなるわけがないじゃありませんかッ!」

「そうですわ! ヴェンデルお兄様ほどの才能に溢れる方は、他におりませんわよ!」


 お父様だって口には出さないものの、内心はヴェンデルお兄様に一番期待していたはずですもの――。


「いや、俺にはわかる、俺はここまでが限界だってな。――その限界を超えるためだったら俺は、悪魔にだって魂を売ってやるさ」

「に、兄さん……」

「ヴェンデルお兄様……」

「ククク、任せたまえヴェンデルくん。この私が君を、最強の男に仕上げて見せるさ」


 クッ、【好奇神ロキ】め――!

 そうやって甘言で、ヴェンデルお兄様を唆したのですわね――!!


「ヴェンデルお兄様! ヴェンデルお兄様がどうしてもそちら側に行くというなら、わたくしはそれを全力で止めますわ!」

「ニャッポリート」


 わたくしは【夜ノ太陽ナハト・ゾネ】の切っ先を、ヴェンデルお兄様に向けます。


「ガッハッハ! 流石にヴィクが相手だと、俺も無傷では勝てんだろうな。――というわけでここは一つお願いしてもいいですか、リュディガー団長?」

「ああ、もちろんさ。私としても実の兄妹が殺し合う光景を見るのは、忍びないからね」

「――!」


 リュディガー団長が虹色に輝く刀身を持つ剣、【終幕を告げる角笛ギャラルホルン】を天高く掲げました。

 あ、あれは――!!


「その橋は世界を分かち

 その橋と世界が判り

 その橋で世界も解る

 ――絶技【虹の橋ビフレスト】」


 【終幕を告げる角笛ギャラルホルン】の刀身から真っ直ぐに虹が伸びました。

 そしてリュディガー団長が【終幕を告げる角笛ギャラルホルン】を振り下ろすと、その虹もわたくしに向かってきたのです――。


「クッ!!」


 わたくしは咄嗟に【夜ノ太陽ナハト・ゾネ】と【昼ノ月ミターク・モーント】を十字に構え、【虹の橋ビフレスト】を受け止めます。

 が――。


「ガハッ――!」


 【夜ノ太陽ナハト・ゾネ】と【昼ノ月ミターク・モーント】の刃は真っ二つに折られ、【虹の橋ビフレスト】はわたくしの胸元を縦に斬り裂いたのです――。


「ヴィ、ヴィクウウウウウ!!!!」

「ヴィクトリア隊長ッッ!!!!」

「ニャッポリート」

「だ、大丈夫ですわ……! 急所は外れております……! 今は、目の前の敵に集中を……!」

「嗚呼、ヴィク……!」

「ヴィクトリア隊長……!」

「ニャッポリート」


 とはいえ、この出血ではそう長くはもたないでしょう……。

 何とか早々に、決着をつけませんと……。

 ――流石王立騎士団最強の男。

 わたくしがここまでの傷を負ったのは、王立騎士団に入団してから初めてのことですわ。


「儚い小鳥きみを守るため」

「危険な世界そとから守るため」

小鳥きみはずっと鳥籠そこにいて」

鳥籠そこにいれば安全だから」

「「――監禁魔法【天空神の鳥籠ゼウスケージ】」」


「「「――!!」」」


 その時でした。

 地面から【弱者の軍勢アインヘリヤル】の一団を取り囲むように無数の円柱が伸びてきて、それが上部で結合し、巨大な鳥籠のような形になりました――。


「へっへーん! これでお前らはもう、そこから出れないじゃん!」

「出れないの!」


 オオ!

 これぞピロス隊長とピピナ副隊長の十八番。

 お二人が協力した時だけ使える究極の監禁魔法、【天空神の鳥籠ゼウスケージ】!

 ひとたび捕まれば絶対に脱出不可能な世界最硬の檻!

 それが【天空神の鳥籠ゼウスケージ】なのですわ!


「これは素晴らしい! 私の【輝く神の前に立つ楯スヴェル】でも分解できないとは! こんなことは初めてだよ。いったいどんな原理で成り立っているのだろうね? 興味が尽きないな」


 【好奇神ロキ】がニコニコしながら、【天空神の鳥籠ゼウスケージ】を触ります。

 なるほど、【天空神の鳥籠ゼウスケージ】なら【好奇神ロキ】であろうと、閉じ込めておけるということですわね。

 流石【双星ディオスクーロイ】のお二人ですわ!

 これでとりあえず、【弱者の軍勢アインヘリヤル】の一団を捕縛することはできましたわね。


「おい、【好奇神ロキ】、研究そういうのは後にしろ」


 リュディガー団長――いや、リュディガーが【好奇神ロキ】を窘めます。


「ああ、そうだったねリュディガーくん。つい魔導科学者としての血が疼いてしまったよ。君との約束通り、これから行かなきゃいけないところもあるし、今日のところはこの辺でおいとまさせてもらおうか。ではみんな、行くよ」


 ム!?

 【弱者の軍勢アインヘリヤル】の一団が、懐から手のひらサイズの魔導具のようなものを取り出しました。

 あ、あれは――!?


「それでは諸君、ごきげんよう。また近々お会いしよう」

「「「――!!!」」」


 みんなが一斉に魔導具を起動すると、【弱者の軍勢アインヘリヤル】たちは煙のように消えてしまいました――。

 まさか、今のは空間転移魔導具――!

 空間転移魔導具は、おとぎ話の中にしか出てこない、人類の夢の一つ。

 【好奇神ロキ】は、そんなものまで開発していたというのですか……。


「くっ……! 【好奇神ロキ】、リュディガー……! ――ヴェンデルお兄様。……うっ!?」

「ヴィ、ヴィク!?!?」

「ヴィクトリア隊長ッ!!」

「ニャッポリート」


 ああ、流石に血を流しすぎましたわね……。

 意識が……遠く……なってきましたわ……。


「ボニャルくんッ! ヴィクトリア隊長に回復魔法をッ!」

「は、はいだにゃ!」


 ボニャルくんの回復魔法……温かいですわ……。

 ……フフ、回復魔法を掛けられるこの感覚も……数年ぶりですわ……ね……。

 ――待っていなさい、【弱者の軍勢アインヘリヤル】。

 あなたたちのことは……必ずわたくしたち……王立騎士団……が……。


 ――わたくしの意識は深い闇に飲まれていきました。

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