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第78話:祝福してくれていた――。(リュディガー視点)

「ククク、リュディガーくん、やっとゲロルトくんがよ。これでいつでも戦争を始め夢を叶えられる。君はいつがいい?」

「――!」


 半年ぶりの隊長会議に向かう途中の廊下に、【好奇神ロキ】が佇んでいた。

 ……いよいよか。


「では、せっかくなら派手にお披露目するというのはどうだ? ちょうどそろそろ王立騎士団武闘大会の時期。そこで我々【弱者の軍勢アインヘリヤル】が、世界に対して宣戦布告するというのは」

「ククク、君も意外とエンタメがわかってるじゃないか。イイね、それを採用しよう。仲間たちには私から通達しておくから、君は心の準備をしておいてくれたまえ」


 フン、心の準備覚悟などとっくにできているさ。

 ――【好奇神ロキ】に【魔神の涙】を飲ませて蘇らせた、あの瞬間からな。


「そうだ、そういうことなら、隊長会議の時にブルーノから【弱者の軍勢アインヘリヤル】というワードもそれとなく匂わせようか。そのほうが、お披露目した時に盛り上がるからね」


 ふむ、なるほどな。


「好きにしろ」

「ククク、了解。では隊長会議頑張ってくれたまえ」

「ああ」


 【弱者の軍勢アインヘリヤル】への対策を【弱者の軍勢アインヘリヤル】が会議するというのも、随分滑稽だがな。

 私は軽く溜め息を吐いてから、会議室へと向かった。




 ――そして遂に、その日は訪れた。


「ククク、その通りだよラースくん。私が【弱者の軍勢アインヘリヤル】の総帥、【好奇神ロキ】こと、ヨハン・フランケンシュタインだ」


 【好奇神ロキ】が誇らしげにそう宣言する様を見て、私は胸が高鳴るのを抑えられなかった。

 まるで友人へのサプライズパーティーが成功したかのような気分だ。

 どうやら私も長年【好奇神ロキ】と過ごすうちに、【好奇神ロキ】に心まで毒されていたらしい。




 【好奇神ロキ】は手間暇かけて仕上げたゲロルトがあっさりヴィクトリアとラースに倒されても、然程落胆した様子は見られなかった。

 まあ、海千山千の魔導科学者である【好奇神ロキ】にとっては、苦労した実験の成果が思っていたほどではなかったなんてのは日常茶飯事なのだろうから、さもありなんといったところだが。


「オウオウオウ、【好奇神ロキ】! これでお前も終わりだなぁ! それともたった一人でこれだけの人数を相手にしてみるか!? アァ!?」


 それよりも今の私にとって何より重要なのは、目の前にいるこのを片付けることだった。

 ――見ていてくれ、マーヤ。

 やっと君との約束通り、私は立派な騎士になれるよ――。


「ククク、いや、私はよ」

「アァン……? それはどう――ガハッ」

「「「――!!!」」」


 私は剣でゴミの心臓を貫いた。

 思っていたより、何の感慨も湧かなかった。

 目障りな害虫を踏み潰したくらいの感覚だ。


「な…………んで」


 ゴミは何故自分が殺されなくてはならないのか、まるで理解できないといった顔をしている。

 結局コイツは最後の最後まで、ゴミだったな。


「すまないね、私も【弱者の軍勢アインヘリヤル】の一員なんだよ」


 ――嗚呼、今日は最高の一日だ。




「これは素晴らしい! 私の【輝く神の前に立つ楯スヴェル】でも分解できないとは! こんなことは初めてだよ。いったいどんな原理で成り立っているのだろうね? 興味が尽きないな」


 【好奇神ロキ】がニコニコしながら、【天空神の鳥籠ゼウスケージ】を触る。


「おい、【好奇神ロキ】、研究そういうのは後にしろ」


 コイツは研究対象を前にすると、すぐ我を忘れるからな。


「ああ、そうだったねリュディガーくん。つい魔導科学者としての血が疼いてしまったよ。君との約束通り、これから行かなきゃいけないところもあるし、今日のところはこの辺でおいとまさせてもらおうか。ではみんな、行くよ」


 私は懐から【好奇神ロキ】が開発した、空間転移魔導具を取り出す。

 やれやれ、こんなものまで作っていたとは、つくづくコイツが味方でよかった。


「それでは諸君、ごきげんよう。また近々お会いしよう」

「「「――!!!」」」


 【天空神の鳥籠ゼウスケージ】から脱出した我々は、その足で予定通りオストヴァルト家へと向かった――。




「アァン? 何だ貴様らは」

「その鎧、王立騎士団の人間だな? 何の用だ」


 オストヴァルト家の門の前には、20年前に私を殴った門番二人が立っていた。

 二人とも顔に年齢を感じさせる皺が浮かんでいるが、それはお互い様なので言いっこなしにしよう。

 この二人の態度から察するに、私が20年前に殴った相手だということも忘れているらしい。


「邪魔だ。どいてくれ」

「アァ? ――ガハッ!?」

「グエッ!?」


 私は一太刀で、二人の首を刎ねた。

 弱い。

 あまりにも弱すぎる。

 当時の私はこの程度の人間に蹂躙されたのか。

 改めて、自分の弱者っぷりに嫌気が差す。


「ガッハッハ! リュディガー団長、こりゃわざわざ俺たちも同行する必要はなかったんじゃないですか? 団長なら一人でも、こんな屋敷の一つや二つ灰燼に帰せるでしょう」

「ククク、まあそう野暮なことを言うものではないよヴェンデルくん。こういうのは、みんな一緒のほうが楽しいじゃないか」


 私としては別にどちらでもよかったのだが、まあ、私の立派な騎士としての門出を、仲間みんなにも見ていてもらいたかったというのはあるかな。

 これからもずっと、苦楽を共にするわけだしね。


「オイ!? 不審者が侵入しているぞ!? ええい、殺せッ! 絶対にオストヴァルト様には近付けるな!」

「「「オオウ!!」」」


 夥しい数の警備員たちが現れた。

 フム、一人一人斬ってもいいのだが、面倒だな。

 私は【終幕を告げる角笛ギャラルホルン】を天高く掲げる。


「その橋は世界を分かち

 その橋と世界が判り

 その橋で世界も解る

 ――絶技【虹の橋ビフレスト】」


「「「うがあああああああああ!?!?」」」


 【終幕を告げる角笛ギャラルホルン】の刀身から真っ直ぐ伸びた虹を横薙ぎし、警備員たちを一掃した。

 辺りは一面、血の海となった。


「さあこれで綺麗になった。あとはオストヴァルト粗大ゴミを片付けるだけだ」

「アッハッハ! 流石はリュディガー団長でござる! その圧倒的なまでの強さ、憧れるでござるなぁ」


 いや、所詮私は弱者だよ、ジュウベエ。

 きっと私はどこまでいっても、決して強者にはなれないさ。

 ――だからこそ、せめて立派な騎士にはならないとね。




 私は屋敷の中にいた警備員たちもことごとく一刀両断し、遂にオストヴァルトの私室と思われる部屋の扉を蹴破った。

 すると――。


「オラ! オラ! オラ! もっとイイ声で鳴いてみろよ!」

「う、うぅ……」

「ホラ! もっと鳴いてオストヴァルト様を喜ばせろ!」

「「「――!!」」」


 オストヴァルトが手足を拘束された若い女性の顔面を、恍惚とした表情で何度も殴りつけていたのだった――。

 オストヴァルトの隣には、オストヴァルトがマーヤを殺した当時騎士団長だった男も立っている。

 コ、コイツら――!!!


「アァン? 何だお前らは? オオ、誰かと思えば、痴れ者のリュディガーじゃねぇか。何勝手に入って来てんだよ。まったく、警備員たちは何やってんだ? 使えねぇ連中だな。全員クビにするか」


 それは無理だな。

 私が全員、物理的にクビにしたからな。

 ――20年ぶりに見たオストヴァルトは、ブタのように肥え太っていた。

 だがその目だけは相変わらず、昆虫の脚をいで遊ぶ子どもみたいにギラギラしている。


「貴様、リュディガー! こんな無礼なことをして、私の顔に泥を塗るつもりかッ!」


 オストヴァルトと同じく肥え太った元団長が、私に詰め寄る。

 こんな時でも保身しか考えていないのだな……。

 つくづく救えない。


「無礼なのは貴様のほうだ」

「な? ――に!?」

「「――!!」」


 私は元団長の首を刎ねた。

 コイツも元団長だけあって昔はそれなりに強かったはずだが、今となっては見る影もなかったな。


「ヒ、ヒイイイイイイイイイイイイイ!!!」


 ここにきてやっとオストヴァルトは、事態があまりにも絶望的になっていることを察したらしい。

 遅い――遅すぎる――。

 気付くのが20年遅かったな。


「さあ、覚悟はいいか? 地獄で精々、マーヤに詫びることだな」


 私は剣を掲げる。


「ま、待ってくれえええええええ!!! 俺が悪かった!!! 謝る!! 謝るからこの通り、命だけは勘弁してくれええええ!!!」

「――!」


 オストヴァルトは惨めったらしく、涙と鼻水を撒き散らしながら土下座した。

 ――コイツ!


「お前は!? 騎士が、こんな私刑のような真似をしていいのか!? ぞ!!」

「…………なっ」


 そ、そんな……。

 そんなわけはない……。

 私は、マーヤのためにこの日まで――。


『あなたは絶対、立派な騎士になってねリュディガー。私はずっと、応援してるからね』


 うぅ……!?

 わ、私は間違っていたのか……?

 私は立派な騎士になるために、【弱者の軍勢アインヘリヤル】の一員になったんだ。

 だがそれは、マーヤの望みではなかったということなのか――。

 だとしたら、私は――。


「クカカカカ! 何だよらねぇのかよぉ。だったらオレが代わりにっちまうぜぇ」

「――!」


「首のない蛇は酒に溺れる

 生娘を抱いて深く眠る

 ――【十岐大蛇トマタノオロチ】」


「――え?」

「――あ」

「――!!!」


 その時だった。

 蛇のように長く伸びてうねった十本の爪が、オストヴァルトとオストヴァルトに殴られていた女性の首を斬り落としたのだった。

 二人の首は私の足元に転がってきた――。

 二人とも、先ほど私が処分した時のローレンツと同じ表情をしている。


「……何者だ、貴様は」


 そこに立っていたのは、上半身裸で、首から下の全身に余すところなく、蛇の鱗のようなタトゥーを彫っている長髪の男だった。

 しかも男の頭からは禍々しい2本の角が生えており、背中には巨大なコウモリの羽のようなものも生えていた。

 ――明らかに【魔神の涙】を服用しているな。

 その割には人間としての意識もしっかりしているようなので、【好奇神ロキ】同様、【魔神の涙】との相性が相当良いことが窺えた。

 男は今し方殺した女性の首なし死体を、まるでダンスのパートナーかのように、愛おしそうに抱えている。

 待てよ、この容姿は――。


「さては貴様がバルタザール・グラッベか」


 以前ヴィクトリアから報告を受けた、【首のない蛇アジ・ダハーカ】という盗賊団のリーダーの容姿がこんなだったはずだ。

 だがヴィクトリアが殺したはずの男が、何故ここに……。


「クカカ! その通りだぜ団長さぁん。オレも【弱者の軍勢アインヘリヤル】の一員だから、仲良くしてくれよなぁ」

「……何?」


 コイツも我々の、仲間だと――。


「……どういうことだ【好奇神ロキ】。私は聞いていないぞ。【弱者の軍勢アインヘリヤル】は、正義の集団ではなかったのか?」


 だというのにこんな快楽殺人者を仲間に加えるのは、正義の名に反する行為だ。


「ククク、まあそう固いことを言わずに。革命を起こすためには、清濁併せ吞む柔軟な思考を持つことが肝要だよリュディガーくん。少なくともこの子は、戦力としては申し分ない。我々の理想とする世界を創り上げるための、一助となってくれるさ」

「クカカ! 流石! 話がわかるぜぇ」

「――!!」


 親父、だと……!?


「ああ、この子は私の、可愛い息子なのだよ」


 まさか……!

 【好奇神ロキ】と妻との間には、子どもがいたのか……。

 そんな記録、どこにも残っていなかったが……。


「この子がイイタ地方にフェザーキャットを狩りに行くというから、親バカな私は心配で第二部隊を動かしてついて行ったんだが、案の定【武神令嬢ヴァルキュリア】にやられてしまっていてね。谷底で死にかけていたこの子を、間一髪【魔神の涙】で救うことができたんだよ。ちょうどその時ゲロルトくんも死にかけてて【魔神の涙】で修復中だったから、その隙にね」

「クカカ! あの時はマジ助かったぜ親父ぃ。それにしても、相変わらず親父は美味そうな鎖骨してるよなぁ。この女の鎖骨もなかなか美味だが、やっぱ親父の鎖骨のほうが美味いぜぇ」


 バルタザールは抱きかかえている女性の死体の鎖骨を、蛇のような長い舌でベロリと舐めた。

 ……くっ。


「後でまたいつもみたいに、親父の鎖骨も舐めさせてくれよなぁ」

「ククク、しょうがない子だな。いくつになっても、甘えん坊なのだから」


 ……何だこのおぞましい空間は。


「まったく、あなたのようなルール違反者がだと思うと、慚愧に堪えないよ」

「ニンニン、の仰る通りです、ニンニン」

「クカカ! そう言うなよぉ。もっとのことを敬えよなぁ」

「――!!」


 ブルーノとコタが、バルタザールに呆れ顔を向ける。

 この二人、今何と言った――!?


「ククク、ブルーノは二人目の妻との間の子で、コタは三人目の妻との間の子なんだ。――この三人は、腹違いの私の可愛い子どもというわけだよ」


 そ、そんな……!


「リュディガー団長、その節は父の命を救っていただき、誠にありがとうございました」


 ブルーノがいつものように、慇懃無礼に頭を下げる。


「ニンニン、私からもお礼申し上げます、ニンニン」

「――!」


 続いてコタも、私に頭を下げた。

 私はコタの素顔は初めて見たが、その顔は今の女体化した【好奇神ロキ】に瓜二つだった。

 親子なのだから当然と言えば当然だが……。

 むしろこうして並べて見ると、父と娘というよりは、妹と姉といった感じだがな。

 ――どうりでいつもは人のことをくん付けで呼んでいる【好奇神ロキ】が、ブルーノとコタのことだけは呼び捨てにしていたはずだ。

 やれやれ、今この場にいる人間は、半数以上が【好奇神ロキ】の親族じゃないか。

 とんだ同族経営だったのだな、【弱者の軍勢アインヘリヤル】は。


「ククク、それよりもリュディガーくん、さっきのは君らしくなかったじゃないか。長年の仇を目の前にして刃が鈍るとはね。――君のは、そんなものだったのかい?」

「――!」


 【好奇神ロキ】は私の足元に転がっている、オストヴァルトの生首を見下ろしながら呟く。

 ――マーヤ。


「……そうだったな。私としたことが、情けない姿を見せてしまった。――私もまだまだ修行が足らなかったようだ」


 私はオストヴァルトの生首を踏み潰した。

 生首はパンと小気味良い音を立てながら、高所から落としたスイカみたいに木端微塵に砕け散った。

 ……見ていてくれたかマーヤ。

 20年掛ったが、やっと君の仇を討てたよ――。

 ――だがこれで終わりではない。

 マーヤみたいな弱者が笑って暮らせる世界を創るために、【弱者の軍勢アインヘリヤル】の戦争はここから始まるんだ――。


「ククク、結構。では諸君、今日はこの足であと二軒ほど、貴族強者の屋敷を潰そうじゃないか。我々が力を合わせれば、1ヶ月もあればこの国から貴族強者を一掃できるよ」

「くううぅぅ、次は是非、拙者にも強者を斬らせてほしいでござるッ!」


 ジュウベエが刀を握ってうずうずしている。

 【弱者の軍勢アインヘリヤル】の中でジュウベエだけは純粋に、強者と戦いたいだけなのかもしれないな……。

 ふと窓の外に目を向けると、燦燦と照りつける太陽が、私の門出を祝福してくれていた――。

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