「……ハッ」
「っ! ヴィクッ!」
「ニャッポリート」
わたくしが目を覚ますと、ヴェルナーお兄様とニャッポが、わたくしの顔を間近で覗き込んでおりました。
何故かヴェルナーお兄様は、囚人服のようなものを着ております。
「嗚呼、目覚めて本当によかったヴィク! お前は22時間34分18秒も眠っていたんだぞ!」
「そうですか……」
あれからほぼ丸一日経っているというわけですか。
わたくしはむくりと起き上がり、辺りを見回します。
「ニャッポリート」
するとニャッポが
「ここは……」
わたくしたちは牢屋に閉じ込められておりました。
よく見ればわたくしも、ヴェルナーお兄様と同じ囚人服を着せられております。
「……それが、兄さんが
ああ、そういうことですか。
まあ、無理もない話ですわね。
よりによって名門騎士家系の長男が、テロリストの一味であったことが発覚してしまったのです。
その家族も一枚嚙んでいると疑うのは、さもありなんといったところですわ。
……きっと今頃お父様とお母様のところにも、捜査の手が伸びていることでしょう。
――ヴェンデルお兄様。
未だに悪い夢を見ているようですわ。
あんなに頼もしく誰にでもお優しいヴェンデルお兄様が、敵になってしまったなんて……。
「ヴィクトリア隊長! よかった、目が覚められたんですね!」
「うわあああああん、ヴィクトリア隊長おおおお!!!!」
「ヴィクトリア隊長!」
「ヴィクトリア隊長ォ!」
「――!」
その時でした。
ラース先生とレベッカさんをはじめとした、第三部隊のみなさんが牢屋の前に駆けつけてくれました。
……みなさん。
「ええ、わたくしはこの通り元気ですわ。……ですが、わたくしの兄がみなさんにご迷惑をお掛けしてしまい、誠に申し訳なく存じます」
わたくしは深く頭を下げます。
「そんな! ヴィクトリア隊長が謝ることではありませんよ!」
「そうですよ! ヴェンデル隊長にも、何か事情があるに決まってるんですから!」
事情、ですか……。
もしそんなものがあるとしたら、ヴェンデルお兄様が仰っていた、「ザイフリート家の長男として、どうしても強くならなくてはいけない使命がある」という点だと思われますが。
だとすると、説得して自首させるのは難しいかもしれませんわね。
今のヴェンデルお兄様は、強さに
――悪魔に魂を売って得た強さなど、本当の強さではないというのに。
「おお、やっと起きたか逆賊め」
「――!!」
その時でした。
この世の贅を尽くしたような宝石だらけの衣装に身を包み、豪奢な王冠を被った中年男性が、牢屋の前に立たれました。
こ、このお方は、我が国の国王陛下であらせられる、ゴットハルト陛下――!
陛下の後方には、宰相閣下や各省庁の大臣といった、国の中枢が一堂に会しております。
……なるほど、団長と副団長がいなくなった今、誰が隊長格であるわたくしとヴェルナーお兄様を牢屋に入れる判断を下したのか疑問でしたが、陛下の指示だったのですわね。
王立騎士団はその名の通り、王家が設立した組織。
王立騎士団の最高責任者は、国王陛下なのですわ。
とはいえ、普段の組織運営は基本的に団長に一任されているので、陛下が直々にこうして王立騎士団に出向かれることは滅多にございません。
――今回は団長が副団長を殺害したうえで離反するという、前代未聞の事態による緊急措置でしょう。
わたくしのことを逆賊と言ったことから察するに、わたくしとヴェルナーお兄様を【
「い、いえ、陛下! ヴィクトリア隊長は、決して逆賊などでは!」
「そうです! ヴィクトリア隊長ほど偉大な方が、国を裏切るような真似、するわけがありません!」
ラース先生――。
レベッカさん――。
「ふん、平民風情が余に意見するとは、不敬であるぞ。貴様らもこの逆賊と同じ牢屋に入れられたいのか?」
「……うっ!」
「……くっ!」
うん、陛下でしたら、そう仰るでしょうね。
陛下こそが、我が国で一番の権威主義者。
平民のことなど、虫けらくらいにしか思っていないでしょうから……。
ところでレベッカさん、何故そんな「それはそれで……」みたいな顔をされてるのです?
「へ、陛下! せめてヴィクのことだけでも、ここから出してあげてはくださいませんか!」
「ニャッポリート」
ヴェルナーお兄様……!?
「ヴィクは9歳と223日までサンタさんを信じていたような、心の優しい子なんです! ヴィクが逆賊だなんて、絶対に有り得ませんッ!」
いや何サラッとわたくしの黒歴史をバラしてるんですかこのキモ兄は!?
「ふん、却下だ。そんなものは何の証拠にもならん。貴様らには後ほどじっくり尋問するから、覚悟しておけよ」
「そ、そんな……!」
いやこれに関してだけは陛下が正しいでしょ!?
……あれ!?
ラース先生とレベッカさん、何故そんな微笑ましいお顔でわたくしを見ているのですか???
「ヴィクトリア・ザイフリートよ。昨日貴様が気絶した後、貴様の兄は【
「……なっ」
……ヴェンデルお兄様が。
そうですか、ヴェンデルお兄様は、最早完全に
「いいえ、無関係ではございません」
「……ほう」
「なっ!? ヴィク!?」
「「ヴィクトリア隊長!?」」
「――わたくしはヴェンデル・ザイフリートの実の妹として、兄の犯した罪を必ずこの手で償わせますわ! ですから陛下、どうかわたくしをここから出してくださいまし! ヴェンデルを捕縛し、陛下の前に突き出してご覧にいれますわ」
「ニャッポリート」
「ヴィ、ヴィクウウウウウ!!!!」
「「ヴィクトリア隊長オオオオオ!!!!」」
ラース先生とレベッカさんは、いつもの『ヴィクトリア隊長♡』と書かれたうちわを両手に持ちながら、大歓喜しています。
いい加減それをどこに仕舞っているのか教えてくれませんか!?
あっ!
よく見たら、ヴェルナーお兄様も『ヴィク♡』と書かれたうちわを両手に持っておりますわ!
ヴェルナーお兄様こそ収監されてるのに、どこにそんなもの隠し持っていたのです???
「……ふん、ならん。スパイの容疑がかかっている人間を牢から出すバカがどこにいる」
やはりダメですか。
まあ、この程度の説得で陛下が折れてくれるとは思っていませんでしたが。
さて、どうしますかね……。
「ち、父上、こちらにいらっしゃったのですか」
その時でした。
女性かと見紛うほどの美少年が現れました。
美少年も陛下同様、煌びやか衣装に身を包んでおります。
王太子殿下であらせられる、ハインリヒ殿下ですわ。
殿下までいらっしゃっていたのですわね?
「どこに行っていたのだハインリヒ。余から離れるなと、いつも言っておろうが」
「も、申し訳ございません……。ちょっと落し物を探していまして」
「落し物、だと?」
「は、はい、これを……」
殿下が差し出したのは、子ども向けのカードゲームである、パケモンカードでした。
ああ、殿下もまだ14歳ですものね。
王族とはいえ、そういうので遊びたい盛りですわよね。
「オオ! スッゲェ! それ、ウルトラレアな、裏進化版ロンゲネズミのカードじゃないですか!」
グスタフさん!?
「えっ、あなたもパケモンカードやってるんですか!?」
「はい、こう見えて、全国大会で3位になったこともあるんですよ」
マジですか!?
凄いじゃないですかグスタフさん!
……まあ、子どもに交じって大人が本気でカードゲームに夢中になっている光景を想像すると、若干胸が苦しくなるものがありますが。
「わぁ、凄いなぁ! 後で僕とも対戦してくれませんか!」
「ええ、もちろんいいですよ!」
「フザけるな!」
「「「――!!」」」
へ、陛下……。
「お前は王太子なのだぞハインリヒ。そんな平民と遊びに興じるなど、王家の沽券に関わるのがわからんのか? もっと王太子としての自覚を持たんか」
「……も、申し訳ございません、父上」
「あ、俺も、出過ぎた真似をして、大変失礼いたしました……」
「フン、お前をここに連れて来たのは、王家に逆らった人間を、
「は、はい……」
ううむ、個人的には、平民ともフレンドリーな関係を築いている王族のほうが、国民からの支持も得られて国が長く繁栄すると思うのですが、陛下にそういった考えは皆無なのでしょうね。
国民というのはあくまで王家の駒に過ぎず、同じ人間だという意識がないのですわ。
……やれやれ、陛下を見ていると、【
「アラアラアラ、やっと目が覚めたのね【
今度はアンネリーゼ隊長が、いつも通り【バニーテン】に椅子ごと掲げられながら現れました。
アンネリーゼ隊長の隣には、エーミール副隊長が無機質な笑みを浮かべながら立っております。
「ヒイイイイイイイ!?!?」
例によってレベッカさんが悲鳴を上げます。
すっかり様式美ですわね。
「その名で呼ぶのはやめてくださいまし。わたくしの名前はヴィクトリアですわ」
「ウフフ、元気そうで何よりだわ【
アンネリーゼ隊長は実に楽しそうにニコニコされております。
やっぱりこの方、苦手ですわぁ……。
「ふん、久しぶりだなアンネリーゼ」
「ええ、伯父様も、ご機嫌麗しゅうございますわ」
「……人前では陛下と呼べといつも言っておろうが」
「ウフフフフ」
アンネリーゼ隊長は陛下の前でも、いつもの頬杖をついた姿勢を崩しません。
アンネリーゼ隊長のお父様が陛下の実の弟なので、アンネリーゼ隊長は陛下の姪に当たるのですわ。
陛下に対してこんな不遜な態度が許されているのは、我が国広しといえどアンネリーゼ隊長だけでしょうね。
「マティアスはもう着いたのか?」
「はい、兄上、ここにおりますよ」
「「「――!」」」
その時でした。
……この方こそが、陛下の弟にして、アンネリーゼ隊長のお父様である、マティアス・ローゼンシュティール公爵その人ですわ。
「ヒエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!!」
レベッカさんが絶叫しながら、泡を吹いて気絶してしまいました。
こんな方が筆頭公爵で、我が国は本当によろしいのですか……?
……マジで革命を起こしたほうがいいかもという気になってきましたわ。