「……人前では陛下と呼べといつも言っておろうが、マティアスよ」
「ああ、これは私としたことがウッカリ。失礼いたしました、兄上」
「……」
そういえばもう一人だけ、陛下にこんな態度を取っても許されている人がおりましたわね。
この親にしてこの子ありといったところですわ。
「お、お久しぶりです、アンネリーゼ姉さん」
「アラアラアラ、また一段とイケメンになってきたわねハインリヒ。これはあと4年もしたら、立派なバニーガールが似合うイケメンになりそうね」
「……え」
いや何、王太子殿下をバニーガールにさせようとしてるんですか!?
いくら従兄弟だからって、言っていいことと悪いことがありますわよ!?
18歳になったらバニーガール解禁という独自ルールも謎ですし……。
「コラ、アンネリーゼ! ハインリヒは王太子なのだぞ! 相応の礼を持って接しろと、何度言わせるのだ」
「ウフフフフ」
「笑って誤魔化すな!?」
ひょっとして我が国で最強なのは、アンネリーゼ隊長なのでは?(名推理)
「くっ……まあいい。今日マティアスを呼んだのは、アンネリーゼの
「「「――!!」」」
「アラアラアラ、身に余る光栄ですわ、伯父様」
ア、アンネリーゼ隊長が、団長、に……!?
……いや、でも、順当といえば順当ですわね。
本来なら次の団長は、現役の団長が任命することになっております。
ですが、現役の団長が離反した今、任命権は陛下がお持ちですわ。
そして今残っている隊長格から陛下が誰を団長に選ぶのかといったら、アンネリーゼ隊長くらいしか候補はおりませんもの。
……とはいえ。
「お言葉ですが陛下、実戦経験が浅いアンネリーゼ隊長には、団長の座はまだ荷が重いかと存じますわ」
「ニャッポリート」
わたくしは陛下に意見します。
ただでさえ今の王立騎士団は、【
アンネリーゼ隊長に今の王立騎士団を任せるのは、いくら何でも無謀ですわ。
下手をしたら、王立騎士団が空中分解しかねません。
そうなったら、【
「ふん、逆賊の戯言など聞く価値もない。――これは決定事項だ。今すぐ団長就任式を始めるぞ。急ぎ用意せよ」
「「「ハッ」」」
……くっ!
「伯父様、就任式には【
「…………何?」
えっ!?
わたくしとヴェルナーお兄様、も??
「だってせっかくの私の晴れ舞台なんですもの。二人にも是非見届けてほしいのです。手枷足枷をしておけば脱走の心配もないでしょうし、よろしいでしょう?」
「……ふん、まあ、そのくらいなら、好きにせよ」
「ウフフフフ」
い、いったい何を考えているのですか、アンネリーゼ隊長は……。
いや、この方のことですから、何も考えていない可能性も否定できませんが……。
――わたくしとヴェルナーお兄様は手枷足枷をされたうえで、牢屋から出されたのですわ。
『あー、只今より、新団長の就任式を執り行う』
王立騎士団集合会場の前列にあるステージ上で、陛下が拡声魔導具を使ってそう宣言しました。
会場には全団員の約半数が集まっておりますわ。
おそらく残りの団員は、【
期せずして国家の重要人物と王立騎士団の隊長格が一堂に会しているこの状況は、防衛的な観点ではベストと言えますわね。
『新団長はこの、アンネリーゼ・ローゼンシュティールだ』
「「「――!!」」」
陛下が同じくステージ上にいるアンネリーゼ隊長を指差すと、会場はにわかにざわつきました。
さもありなん。
この王立騎士団設立以来の未曾有の緊急事態に、騎士としての能力はほぼないアンネリーゼ隊長が団長に任命されたのです。
前団長のリュディガー、並びにその前団長のお父様は、圧倒的な武力とカリスマ性で騎士団を牽引していました。
それに比べるとアンネリーゼ隊長はカリスマ性はまだしも、武力があまりにも足りませんわ。
これはやはりわたくしが懸念した通り、王立騎士団は空中分解してしまうのでは……。
『さあアンネリーゼ、新団長就任の挨拶をせよ』
『はい、伯父様』
案の定方々から、「アンネリーゼ隊長で大丈夫なのかよ……」とか、「これはもう王立騎士団はお終いかもな……」といった声が聞こえてきます。
くっ、これでは騎士団の士気が――!
『よいしょ、と』
「「「――!!!」」」
その時でした。
アンネリーゼ隊長が
――なっ!?
「ア、アンネリーゼ隊長が、立った!?」
「立った! 立った! アンネリーゼ隊長が立った!」
「うおおおおおおおおおおおお!!!」
「アンネリーゼが立ってるじゃん!」
「立ってるの!」
アンネリーゼ隊長が立っているところなど今まで誰一人見たことはなかったため、『アルプフの少女アイジ』で、車椅子の少女ククラが立った名シーンを観たかの如く、会場は大盛り上がりしております。
ピロス隊長とピピナ副隊長も、手を取り合ってキャッキャウフフしておりますわ。
いや、ククラと違って、アンネリーゼ隊長は別に足が不自由なわけではないのですけどね??
……よ、よもやアンネリーゼ隊長はこの日のために、今日まで誰にも立っているところを見せなかったというのでしょうか。
『みんなは今、「王立騎士団ピンチじゃね?」と思っているわよね?』
「「「――!」」」
アンネリーゼ隊長からの突然の質問に、全員が押し黙ってしまいました。
図星だったのでしょう。
『アラアラアラ、みんなの気持ちはわかるわよ。団長をはじめ、優秀な隊長格が6人も離反してしまったんだもの。そりゃ不安にもなるわよね』
「「「……」」」
アンネリーゼ隊長は、何が言いたいのです?
『――でもね、私は何一つ心配はしていないわよ』
「「「――!?」」」
ア、アンネリーゼ隊長??
『だって王立騎士団にはまだまだこんなにも、頼もしい子たちが揃っているのだもの。あなたたちがいる限り、王立騎士団は絶対に負けはしないわ。そうでしょう?』
「「「――!!!」」」
アンネリーゼ隊長は両手を大きく広げながら、この会場にいる全団員たちに満面の笑みを向けたのですわ――。
「「「う、うおおおおおおおおおおおおおお!!!!!! アンネリーゼ団長おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」」」
『ウフフフフ』
……これは一本取られましたわね。
どうやらアンネリーゼ隊長は武力はなくとも、団長としての器はここにいる誰よりも持っていたようですわ。
まさか意気消沈していた王立騎士団を、一瞬で立て直してしまうとは。
悔しいですが、ここはお見事と言っておきますわ。
『さて、では団長としての、最初の仕事をするわね』
「「「?」」」
最初の、仕事?
『
「「「!?!?」」」
「ハァ!? わ、私がですかッ!?」
なっ!?
ヴェルナーお兄様が、団長ですって!?
『こ、こんな場でつまらん冗談はよさんかアンネリーゼ!』
『アラアラアラ、私は至って真面目ですわ伯父様。そもそも私は可愛い第五部隊の子たちを可愛がるという大事な仕事があるので、団長をやっている余裕はないのです』
『ハァ!?』
「「「「「「「「「「ア、アンネリーゼ様!!!」」」」」」」」」」
アンネリーゼ隊長の後ろに立っている【バニーテン】のみなさんが、キラッキラした瞳でアンネリーゼ隊長を見つめております。
えぇ……、そんな理由で団長を辞退するのですか……。
『次の団長の任命権は、現役の団長が持っていることはご存知ですわよね伯父様? この決定には、たとえ伯父様であろうと口を挟む権利はございませんわ』
『ぐっ! だ、だが、よりによって何故彼奴なのだ!? 彼奴は実の兄が離反した、逆賊だぞ!?』
『アラアラアラ、だからこそですわ伯父様』
『……何?』
『だからこそ【
「――!」
アンネリーゼ隊長はヴェルナーお兄様に、挑戦的な瞳を向けます。
フゥ、つくづくこの人が敵じゃなくてよかったですわ。
もしもアンネリーゼ隊長も【
わたくしは隣に立っているヴェルナーお兄様を見上げます。
「ヴェルナーお兄様、ヴェルナーお兄様ならきっと立派な団長になれますわ。頑張ってくださいまし」
「ヴィ、ヴィク……!!」
ヴェルナーお兄様のメガネの奥の目が、カッと見開かれました。
ヴェルナーお兄様はメガネをスチャッと上げながら、ボソボソと何かを呟いております。
ん?
何を言っているのです?
「ヴェ、ヴェルナーお兄様ならきっと立派な団長になれますわ……。ヴェルナーお兄様の立派な団長姿を見たいですわ……。団長になったヴェルナーお兄様大好きですわ……。ヴェルナーお兄様が団長になってくれたら、猫耳メイドさんになって、膝枕しながらイイコイイコしてあげますわ……。――よおおおおおおし、私はやるぞヴィクッ!!! 立派な団長になって見せるぞおおおおおおおッッ!!!!!」
いや後半は言ってませんわッ!?
あとこのキモ兄、猫耳メイドさん好きすぎでは???
「ガッハッハ! よくぞ言ったぞ、ヴェルナー」
「あらぁ、それでこそヴェルナーですわぁ」
「「「――!!」」」
こ、この声は――!?
「……と、父さん、母さん」
そこに立っていたのは、わたくしのお父様とお母様だったのですわ。
な、何故ここに、お二人が――!?