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第83話:無駄にはいたしませんわ!

 バルタザールは左右に一人ずつ、首のない女性の死体を愛おしそうに抱きかかえながら、イェンシュ伯爵と思われる首のない死体を足蹴にしておりました。

 それだけでなく、バルタザールの容姿は悪魔のように変貌しており、明らかに【魔神の涙】を服用していることが窺えますわ……。

 バルタザールの周りには、【好奇神ロキ】をはじめとした、他の【弱者の軍勢アインヘリヤル】のメンバーも佇んでいます。

 まさかバルタザールも【弱者の軍勢アインヘリヤル】の一味だったなんて――!

 そしてどうやらここは、イェンシュ伯爵の私室のようですわ。

 リーヌスさんはこの光景を、廊下側からコッソリ窺っているようです。

 こんなバレたら瞬殺されるような現場に一人で潜入するなんて、とてつもない勇気の持ち主ですわ――!


『ククク、よかったなぁバルタザール。新しい鎖骨コレクションが手に入って』

『クカカ! ありがとよ! 今日は本当にイイ日だぜぇ」


「「「――!!」」」


 お、親父ですって!?

 まさかバルタザールは、【好奇神ロキ】の息子だったのですか――!?

 ――なるほど、そう考えると、点と点が繋がりますわ。

 わたくしがイイタ地方でバルタザールを倒した日は、【好奇神ロキ】が所属していた、ブルーノ率いる第二部隊もあの場にいたそうです。

 おそらく【好奇神ロキ】は、息子であるバルタザールをフォローするために、ブルーノに命じて第二部隊をイイタ地方に向かわせたのですわ。

 そして崖の下で死んでいたバルタザールを、【魔神の涙】で復活させた……。

 やれやれ、人を人とも思わないマッドサイエンティストも、意外と子煩悩だったようですわね。

 ……いや、違うか。

 【好奇神ロキ】の今までの言動から察するに、アイツはアイツなりに、仲間と呼べる存在に対しては、深い愛情を持っているようでした。

 ――ただその愛情が、異常に歪んでいるというだけで。

 ゲロルトのことを愛しいと言っていたのも、本心からなのかもしれませんわね……。


『ククク、さて、これにてイェンシュ伯爵家ここでの仕事も済んだ。今日のところは仕事はこれくらいにしておこう。みんな、我々の家に帰るよ』


 【好奇神ロキ】がそう言うと、【弱者の軍勢アインヘリヤル】のメンバーは例の空間転移魔導具を取り出しました。


『あ、やっべぇ。オレ、それ忘れてきちまったぜぇ』

『ククク、お前は相変わらず興味がないことにはとことん忘れっぽいな。あれだけ持ってくるように言っておいたのに』

『クカカ! ゴメンよ親父ぃ』


 む!?

 バルタザールだけは、空間転移魔導具を持っていなかったのですか!?


『まあオレはこの翼で飛んで帰るから、心配はいらねぇぜぇ。明日までには帰るからよぉ』

『ククク、まあそれもそうか。では我々は先に帰っているぞ。また明日な、愛息子よ』

『ああ、またな、親父ぃ』


 バルタザール以外のメンバーは、空間転移魔導具でその場から瞬時に消え去りました。

 ……まったく、会話だけを聞いている分には、仲の良い親子の微笑ましい遣り取りなのですがね。


『さてと、オレたちも帰るとするかぁ』


 バルタザールは左右に抱えている女性の死体の鎖骨をベロンベロンといやらしく舐めてから、窓を割ってその翼で夕陽に染まる空へと飛び立ちました。


『ク、クソッ! 絶対に逃がすものか!』


 リーヌスさんはそう言うと、窓から飛び出しバルタザールの後を追いました。




『ハァ……! ハァ……! ハァ……!』


 場面は変わり、辺りはすっかり夜の闇に覆われておりました。

 リーヌスさんは草木が生い茂った山道のようなところを走っております。

 月明かりに照らされながら夜空を飛んでいるバルタザールを、リーヌスさんは徒歩で追っているのです。

 何という、極限の集中力と体力――!

 こんな視界の悪い夜の山道を、空を飛ぶ敵に気付かれないように追跡しながら、何時間も休みなく走り続けているのです。

 リーヌスさんと同じことができる人間が、世の中に果たしてどのくらいいるでしょうか……?

 つくづく頭が下がりますわ。


『あ、あそこか――!?』


 そしてうっすらと朝陽が顔を覗かせた頃、バルタザールは山頂に建っている、おとぎ話に出てくる魔王城みたいな建物に入って行きました。

 あれが、【弱者の軍勢アインヘリヤル】の根城ですか――!


『よ、よし! 急いでこの情報を、王立騎士団に届けないと!』

『アウアアアウアアアア』

『ウウアウアアアウアア』

『アアアウアウアアアア』

『――!?』


 その時でした。

 リーヌスさんの周りを、【魔神の涙】で悪魔化した無数の人間が取り囲みました。

 くっ、根城だけあって、この悪魔化した人間たちに守らせていたのですわね……。


『アウアアアウアアアア』

『うがぁ!?』


 敵の鋭い爪が、リーヌスさんの肩口を斬り裂きました。

 嗚呼――!


『ウウアウアアアウアア』

『アアアウアウアアアア』

『ぐあああ!!?』


 次々に降り注ぐ容赦のない斬撃が、リーヌスさんを襲います。

 リ、リーヌスさん……!!


『くっ、負けるものか……! 私は王立騎士団の伝令係として、絶対に生きて帰るんだああああああ!!!』


 リーヌスさんは無理矢理包囲網をこじ開けて、全身血だらけになりながらその場から逃げ去ったのでした。

 リ、リーヌスさあああああああん!!!!


 ――映像はここで途切れました。


「……ハハ、最後はカッコ悪いとこ見せちゃいましたね」

「何を仰いますかリーヌスさん! あなた様が命を賭けて届けてくださったこの情報は、王立騎士団を勝利に導く逆転の一手になりますわ! ――わたくしはリーヌスさんのことを、心の底から尊敬いたしますわ」

「ニャッポリート」

「ヴィ、ヴィクトリア隊長……!」


 リーヌスさんの瞳に、大粒の涙が浮かびました。


「……ありがとうございます。今の映像でおわかりかもしれませんが、【弱者の軍勢アインヘリヤル】の根城はマウンティア山脈の頂上にあります」

「ええ、そのようですわね」


 あの峰の形状、わたくしが12歳の時に修行で置き去りにされた、マウンティア山脈に違いありませんわ!


「……ヴィクトリア隊長、お願いします。どうかヴェンデル隊長を、救ってあげてください――」

「――!」


 リーヌスさんは涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、わたくしに懇願します。

 ……そうですわよね。

 リーヌスさんは、ヴェンデルお兄様を尊敬してくださってるのですものね……。

 こんな純粋な人の心まで裏切るなんて、ヴェンデルお兄様は本当にバカですわ――!


「ええ、お約束いたしますわ。ですから今は、ごゆっくりお休みくださいませ、リーヌスさん」

「ニャッポリート」

「は、はい……。後は……頼み……ます……」


 リーヌスさんは目を閉じて、すうすうと寝息を立て始めました。

 心身ともに限界だったのでしょうね……。

 ――リーヌスさんのこの覚悟、決して無駄にはいたしませんわ!

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