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第88話:向けたのですわ。

「おや? ジュウベエとコタは死んだのかい【武神令嬢ヴァルキュリア】? やれやれ、だから【魔神の涙】を飲んでおけと言ったのに」


 夥しい死体の中心にいるブルーノが、フンと鼻で笑います。

 仲間であるジュウベエとコタが死んだというのにこの態度……。

 やはりあの二人は、【弱者の軍勢アインヘリヤル】の中でも浮いていたようですわね。


「その名で呼ぶのはやめてくださいまし。わたくしの名前はヴィクトリアですわ」

「フフフ、いいね、君のその敵意剝き出しの瞳、堪らないよ」


 キモッ!!

 この男、キモ兄とは別のベクトルでキモさがカンストしておりますわ!

 何故わたくしの周りには、こんなにキモい人間が多いのでしょうか……。

 わたくしそんなに、悪いことしましたか……?


「ブルーノ、貴様アアアアア!!!! 私の可愛いヴィクに、そのいやらしい目を向けるのを今すぐやめろッ!!!」


 頭に特大ブーメラン刺さってますけど、大丈夫ですかキモ団長???


「う、うおおおお!!!」

「オイ!? 待てッ!」


 その時でした。

 キモ団長の隣に立っていた団員の方が、ブルーノに向かって突貫しました。

 ですが――。


「ガ……ハッ」

「「「――!!」」」


 その団員の方の身体は、一瞬でバラバラに斬り刻まれてしまったのでした。

 これは――!


「ブルーノ様の身体には、指一本触れさせませんよ」


 ブルーノの隣に立つイルメラの指先から、無数の糸のようなものが伸びており、その糸に血が滴っておりました。


「フフフ、ありがとうイルメラ。やはり君の【絡新婦の糸アラクネー】は、有能だね」

「恐縮です、ブルーノ様」


 イルメラがメガネをキュッと上げます。

 なるほど、あれがイルメラの武器だったのですか……。

 イルメラは副隊長という立場でありながら、今まで人前では一度もその力を見せたことがありませんでした。

 どんな戦い方をするのかずっと疑問だったのですが、まさか糸使いだったとは……。

 これは厄介ですわね。

 創作の世界でも、糸使いは強キャラと相場が決まっていますし。

 何より広範囲に攻撃できるのが、こちらにとっては致命的ですわ。

 これではせっかくの大人数である利点を活かせませんからね。

 この夥しい死体は、イルメラの手によるものだったのですわね。


「な、何をやっているのだッ!? 早くあの逆賊を、さっさと片付けんかッ!」


 キモ団長の後ろでビクビクしながら、陛下が好き勝手なことを仰ってますわ。

 それができたら苦労はしませんわ!

 ちょっと黙っていてくださいまし!


「やれやれ、やはりこの国の癌はお前なのだなゴットハルト。お前のような人間がトップに立っているから、この国は腐敗しているんだ」

「な、なにィ!?」


 ブルーノが陛下に呆れ顔を向けます。

 ううむ、ブルーノの言い分も一理あるだけに、言い返す言葉が浮かびませんわね……。


「トップが自らルールを破っているのだから、国民たちもルールを破るのは自明だ」

「ル、ルールだと!? 余は一度もルールを破ったことなどないぞ! 何故なら、この国では余がルールだからだッ!」


 うわぁ、そういうこと実際言っちゃう人、創作以外で初めて見ましたわ……。


「いいや、違うね」

「……!?」

「お前はルールじゃない。この世界のルールは、ボクの父である、【好奇神ロキ】こと、ヨハン・フランケンシュタインだよ」

「「「――!!!」」」


 なっ!?

 ブルーノの父が【好奇神ロキ】――!?

 もう一人くらい【好奇神ロキ】の子どもがいるとは思っておりましたが、まさかブルーノがそうだったとは……。

 つまりバルタザールとブルーノとコタは、腹違いの兄弟ということですか……?

 うわぁ、闇鍋みたいな一家ですわね……。


「ロ、【好奇神ロキ】が父!? 貴様、【好奇神ロキ】の息子だったのか!?」

「その通りさ。父さんこそがこの世界のルールであり、神そのもの。父さんがこの国の王となれば、この国は必ずや素晴らしい国になる! そこには誰もが平等に暮らせる、真の平和がある! だからそんな真の平和を築くため、ゴットハルト――お前にはここで死んでもらう」

「ヒィッ!?」


 ブルーノが【冥神の鞭ネケク】で床をピシャンと叩いて陛下を威嚇します。

 ……フン。


「滑稽ですわね」

「……何?」


 ブルーノがわたくしに、怪訝な顔を向けます。


「どの口が、真の平和だなんて言うのです? アナタたちのやっていることは、所詮グループから気に食わない人間を排除したいという、子どもの我儘と一緒ではないですか」

「なん……だって……!」


 いつもは冷静なブルーノが、珍しく怒りを滲ませます。

 フフ、どうやら地雷を踏んだようですわね。


「そうやって父である【好奇神ロキ】を盲信し神と崇め、【好奇神ロキ】の言いなりにこうして罪のない騎士団の人間を虐殺する。これのどこが真の平和に繋がるというのですか? 今時小説の悪役だって、もう少しマシな理念を持っているものですわよ。まずは小説を100冊くらい読むところからお勧めいたしますわ。小説は読めば読むだけ、想像力を豊かにしてくれますからね」

「ボ、ボクは――エミル・クレーデル父さんの著作は全部読んでるよおおおおおお!!!」


 このファザコンが――。

 ブルーノは【冥神の鞭ネケク】で自らの影を叩きました。


「悪意の数だけ罪は増し

 罪の数だけ鎖は増し

 鎖の数だけ未来は減る

 ――拘束魔法【秩序の鎖ルーラーチェーン】」


「「「――!」」」


 ブルーノの影から、夥しい数の黒い鎖のようなものが生えてきて、それがわたくしの手足をガチガチに拘束しました。

 クッ、ドッペルゲンガーのわたくしでは、この【秩序の鎖ルーラーチェーン】は振り解けませんわ――!


「罰だッ! 父さんという絶対的なルールに逆らう者には、罰を与えるッ!!」


 ブルーノが【冥神の鞭ネケク】をわたくしに向かって振り下ろしました。

 チッ――!


「ヴィクウウウウウ!!! お兄様が助けに来たぞおおおおおおお!!!!」

「っ!」


 わたくしに【冥神の鞭ネケク】が当たる直前、ヴェルナーお兄様が【冷タク怒ル剣グラム】で【冥神の鞭ネケク】を弾き飛ばしました。


「ヴェルナーお兄様! わたくしはドッペルゲンガーですから、死んでも問題ございませんわ!」

「問題はあるッッ!!!!」

「――!?」


 ヴェルナーお兄様???


「ヴィクの姿形をしたものが傷付くのを、兄である私が黙って見ていられるわけがないだろうッ!! 私は兄として――命を懸けて、お前を必ず守る」

「……ヴェルナーお兄様」


 フフ、本当にキモいお兄様ですわ。


「ブルーノ、よくも私のヴィクに鞭を向けてくれたな」

「フン、だったら何だというんだい?」


 ヴェルナーお兄様は【冷タク怒ル剣グラム】の切っ先を、ブルーノに向けたのですわ。


「ブルーノ・ゲープハルト、私の可愛いヴィクを傷付けようとしたその罪、万死に値する。――貴様をブッ殺すッ!」

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