「フ……フフ……、素晴らしい……、君は……ちゃんとルールを守った……のか……。君みたいな人間だけだったら……、この国も少しは……マシに……なっていた……かも……ね……」
ブルーノは満足そうな笑顔を浮かべながら、ゆっくりと目を閉じたのでした――。
くっ……!
「グスタフさん!!」
ブルーノが死んだことで【
「グスタフさんッ! しっかりしてくださいませ、グスタフさんッ!」
わたくしは倒れたグスタフさんの左手を、両手でギュッと握ります。
「は……はは……。ヴィクトリア隊長……、陛下は……ご無事ですか?」
……グスタフさん!
「はい、グスタフさんのお陰で、陛下は無傷ですわ」
「そ……そうですか……。それは……よかった……」
「ユリアーナ班長! すぐに回復魔法をッ!」
「……残念ですが、この傷では、もう」
「……なっ」
ユリアーナ班長が奥歯を嚙みしめ、肩を震わせながらそう仰います。
あ、あぁ……。
「大丈夫ですよ……ヴィクトリア隊長……。俺は……自分の役目を……果たしただけ……ですから……」
「グスタフさん……!」
嗚呼、グスタフさんグスタフさんグスタフさんグスタフさん――!!
「今まで……本当にお世話になりました……。俺は……お先に上がらせて……もらいます……ね……」
「……はい。お疲れ様でございました。――どうかごゆっくり、お休みくださいませ」
「はは……」
グスタフさんはヒマワリみたいに微笑みながら、そっと目を閉じたのでした――。
……うぅ。
「グスタフさああああああああああん!!!!!!」
そんな――!!
そんなあああああああああああ!!!!
「ふぅ、やれやれ。平民でも、少しは役に立ったようだな。だが、返り血を余の服につけたのは、いただけんな」
「――!」
陛下が胸の辺りについたグスタフさんの返り血に顔をしかめながら、そう仰いました――。
な、何ですって――!
「……陛下、その言い方はあんまりではないでしょうか? グスタフさんは文字通り、命を懸けて陛下をお守りしたのですわ……! そのグスタフさんへの敬意と陛下の服、どちらのほうが大事なのですか……!!」
「フン、そんなもの、余の服に決まっておるだろうが」
「――!!」
この人は――!!
「余のこの服は、平民の生涯年収よりも高価なものなのだぞ? つまり平民一人の命よりも、遥かに重いものなのだ。まったく、これはこの男の遺族に、服代を弁償させねばな」
「なっ……!!」
陛下はグスタフさんの亡骸にゴミを見るような目を向けながら、鼻を鳴らしました。
思わずわたくしは、拳をグッと握りました。
そしてその拳を――。
「うわあああああああああああ!!!!」
「ぶべらっ!?」
「「「――!!!!」」」
その時でした。
で、殿下???
「な、ななななな、何をするのだハインリヒッ!!? 敵に洗脳でもされたかッ!?」
尻餅をついた陛下は鼻血をダラダラ流しながら、頭に疑問符を65535個くらい浮かべます。
「いえ、僕は至って正常ですよ父上。――異常なのは、父上、あなたのほうです」
「な、何ををををを!?!?」
……殿下。
「ブルーノの言っていたことは、一つだけ合っていました。あなたのような人間がトップに立っているから、この国は腐敗しているという点です」
「ハアアアアアアア!?!? 貴様、それ、本気で言っておるのか!?」
殿下、よくぞ言ってくださいましたわ!!
「ええ、本気と書いてマジです。父上、もうあなたには、この国は任せられません。――今この時をもって、僕はあなたから王位を奪い、僕がこの国の王になります!」
「な、なにィイイイイイイ!?!?」
えーーー!?!?!?
ででででで、殿下あああああああ!?!?
あなた様は本当に、あのハインリヒ殿下ですか???
いくら何でも、キャラ変わりすぎでは???
「うんうん、よくぞ言ったよハインリヒ。それでこそ、私の可愛い甥だ」
「お、叔父様!」
その時でした。
マティアス公爵が殿下の右隣に立ち、殿下の肩に左手を置きました。
ま、まさか――!
「アラアラアラ、今のはなかなかイケメンだったわよハインリヒ。後で採寸させてちょうだい」
「アンネリーゼ姉さん!」
【バニーテン】が全員戦闘不能になってしまい椅子を運べなくなってしまったので、自らの足で殿下の左隣に立ったアンネリーゼ隊長が、殿下の肩に右手を置きます。
何故採寸を!?
まさかバニーガールの衣装を作るつもりではないでしょうね!?
「そ、そういうことかマティアス……! 貴様が、ハインリヒを唆したのだなッ!?」
陛下が実の弟であるマティアス公爵に人差し指を差しながら、憤慨します。
なるほど、流石に殿下の独断でこんな大それたことをなさったとは思えませんでしたが、バックにマティアス公爵がいたのでしたら納得ですわ。
ひょっとしたらマティアス公爵は何年も前から、虎視眈々と殿下を
……やれやれ、これぞ、アンネリーゼ隊長のお父様って感じですわ。
「いえいえ、
「……何?」
え?
というと?
「……陛下、
「――なっ!?」
「「「――!!」」」
宰相閣下と各省庁の大臣の方々といった我が国の中枢も、全員殿下の隣に立たれました――。
嗚呼、そこまで根回しが済んでいたのですか……。
つまり陛下以外は、既に全員殿下派だったということですわね?
「わ、悪い冗談はよせ! 今まで余がどれだけ貴様らの世話をしてきてやったと思っておるのだ!? その恩を仇で返すとは、恥ずかしくないのか!?」
「恥ずかしいのはあなたのほうですよ、兄上」
「なにィイイイイイイ!?!?」
バニーガール公爵の煽りが止まりませんわ!
「そんな傲慢な態度だから、みなさんから愛想を尽かされるのです。さあみなさん、いい機会ですから最後に兄上に、一言ずつ思いの丈をぶつけてあげてください」
「「「はい」」」
宰相閣下と各省庁の大臣の方々が、一歩前に出ます。
「酒に酔うと若い頃の自慢話しかしないところ、マジウザかったです」
「なっ!?」
「我々が仕事でミスすると烈火の如く怒るくせに、自分がミスした時は笑って誤魔化すところ、嫌いでした」
「ぐぅ!?」
「急に『一発芸やれ』って無茶ブリしてきて、いざやったら『クソつまらん!』って頭をはたいてくるの、いつも内心ブン殴ろうかと思ってました」
「あ、あぁ……」
「私の妻を白豚呼ばわりした恨みは、今でも忘れてません」
「いや!? あれは……!」
「チェスで毎回私がワザと負けてあげていたの、陛下はご存知ないのでしょうね?」
「そうだったの???」
もう陛下のライフはゼロですわッ!
――最後に殿下が、一歩前に出られました。
「……僕はあなたのような人が実の父で、本当に恥ずかしいです」
「う、うわあああああああああああああああああ」
……哀れですわね。
「さあ父上、今すぐこの場で、僕に王位を譲ると宣言してください。――でなければ、僕は悲しい選択をせざるを得ないかもしれません」
「ひっ……!?」
殿下は腰に差している剣を抜き、その切っ先を陛下に向けられました――。
「……ぐっ、ぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ」
陛下は四つん這いになり、血が滲むほど両手の拳を握り締めながら震えましたが、やがて――。
「…………わ、わかった。……お前に、王位を譲る」
「「「――!!」」」
と、消え入るような声で呟いたのでした。
――嗚呼。
「――そうですか」
ハインリヒ殿下――いや、ハインリヒ陛下はわたくしたちのほうを向いて、剣を天高く掲げました。
「みんなも聞いての通りだ! 今この時をもって、僕――いや、私がこの国の王となった! どうかこれからはみんな、私について来てほしい! 必ずや、この国を良い国にするとここに誓うッ!」
「「「わあああああああああああああああああああああ」」」
割れんばかりの歓声が、辺りの空気を揺らしました。
ハインリヒ陛下はグスタフさんの隣に片膝をつき、グスタフさんの左手を両手でギュッと握ります。
「グスタフさん、約束します。僕はこの国を、貴族も平民も分け隔てなく、みんなで楽しくパケモンカードで遊べるような国にします」
目の錯覚かもしれませんが、グスタフさんが少しだけ微笑んだような気がしました。
グスタフさん、あなたこそが、この国の英雄ですわ――。