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第96話:閉じたのですわ――。

「今宵もうねる雷鳴が

 私の胸を掻き乱す

 あなたがあけた心のあな

 夜で塞げたら 楽になるのに

 ――絶技【雷鳴ヲ待チ望ム夜ムジョルニア】」


「「「――!!!」」」


 ヴェンデルお兄様が【雷神ノ鎚ミョルニル】を振り下ろすと、雷鳴を轟かせながら虎の形をした漆黒のいかずちが射出され、それがお父様を襲いました――。


「お父様ッ!」

『ニャッポリート』


 あれは、喰らったら絶対にヤバいやつですわ……!

 通常の【雷鳴ヲ待チ望ム夜ムジョルニア】は青白かったはずですが、あれは闇のように深い黒になっておりますし、何より体積が数倍に膨れ上がっております――。

 真正面から受けたら、たとえお父様でも無事では済まないでしょう。


「フン、心配すんなよヴィク」

「――!」


 が、お父様は柳のようにしなやかな動きで、【雷鳴ヲ待チ望ム夜ムジョルニア】を紙一重で躱したのですわ!

 オオ!

 お父様はあんなナリして、意外と技巧派なんですわよね!

 【雷鳴ヲ待チ望ム夜ムジョルニア】はそのままピシャアァンという鼓膜をつんざくような轟音を立てながら、遥か後方にそびえ立っていた山の峰に直撃し、峰をゴッソリと削り取ってしまったのでした――。

 これは、わたくしの【聖譚曲三十二重奏ディーシェプフング】に近い威力がありそうですわね……。

 ただでさえ王立騎士団隊長格の中で最強だったヴェンデルお兄様が悪魔化したことで、文字通り悪魔のような力を得てしまったようですわ――。


「ガッハッハ! どうだ親父? これでもまだ、俺は弱いと言うのかよ!?」

「ああ、弱ぇな。だってホラ、俺はこの通りかすり傷一つ負ってねぇぞ。――今のお前だったら、その辺を飛んでる蚊のほうが遥かに厄介だぜ。悔しかったら俺に一撃入れてみろよバカ息子ッ!」

「ぐっ!? う、うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 漆黒のいかずちを纏わせた【雷神ノ鎚ミョルニル】を振りかぶりながら、ヴェンデルお兄様が雷撃の如き勢いでお父様に突貫して来ました。


「ガッハッハ! そうだ、来い、ヴェンデルッ!」


 そんなヴェンデルお兄様を、お父様はその場で右の拳を引きながら迎えます。

 カウンターを入れるつもりですわね――!

 でも、ほんの僅かでもタイミングがズレたら、お父様の命が――。


「あらぁ、そこまでですわぁ」

「「「――!!!」」」


 その時でした。

 お父様を庇うように、両手を広げてお父様の前に立ったのですわ――。

 お、お母様ッ!!?


「なっ!!? お、お袋ッ!!? う、うおおおおおおッ!!?」


 咄嗟にヴェンデルお兄様は、振り下ろそうとした【雷神ノ鎚ミョルニル】の起動を無理矢理ズラしました。

 ――ですが、完全にはズラせず、【雷神ノ鎚ミョルニル】はお母様のを、吹き飛ばしてしまったのですわ――。


「ヴェ、ヴェロニカアアアアアアア!!!!」

「お母様ああああああああああああ!!!!」


 嗚呼、そんな……。

 絶対的な予知能力を持つはずのお母様が……。

 わたくしが生まれてから一度も傷を負っているところを見たことがない、あのお母様が――!


「お、お袋……!! なんで……!!」


 【雷神ノ鎚ミョルニル】をその場に落としたヴェンデルお兄様は、両膝をつきながらわなわなと震えます。

 これは、まさか――!


「あらぁ、だって愛する息子と、愛する夫が喧嘩してるのを見るのは、とっても辛いですからぁ。それを止めるためだったら、わたくしは何でもしますわぁ」

「あ……、あああぁ……、お袋ぉぉおおお……」


 ヴェンデルお兄様は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、両手で頭を搔き毟ります。

 そういうことでしたか……。

 お母様はヴェンデルお兄様を止めるために、、敢えて左腕を犠牲にしたのですわ。

 ……まったく、母の愛は海より深いとは、よく言ったものですわ。

 もしも将来わたくしにも息子が出来たら、今のお母様の気持ちも少しはわかるのでしょうか……?


「ゴメン……! ゴメンよお袋ぉ……! 俺は……、俺はぁぁあああ……」

「もういい、もういいですわぁ、ヴェンデル」


 お母様は残った右腕だけでヴェンデルお兄様のお顔を、赤子を抱く母親のように、そっと抱きしめたのですわ――。


「……チッ、バカが」


 お父様はそんな二人の様子を、鼻を啜りながら見つめております。


「……おかえりなさいませ、ヴェンデルお兄様」

「ヴィ、ヴィク……!」


 そしてわたくしはヴェンデルお兄様の肩に手を置きながら、そう言ったのでした――。


『ククク、ダメじゃないかヴェンデルくん。裏切り者は処罰されるのは、バトル小説のお約束だよ?』

「「「――!!」」」


 その時でした。

 魔王城のほうから、【好奇神ロキ】の拡声魔導具の音声が聴こえてきました――。

 しょ、処罰ですって……!?


「ガ……ハッ……!!」

「「「――!!!」」」

「なっ!? ヴェンデルお兄様ッ!!」


 ヴェンデルお兄様が、口からドス黒い血を吐きました――。

 これは――!?


「ヴェンデルお兄様ッ!! ヴェンデルお兄様ぁッ!!」

「あ……あぁ……」


 ヴェンデルお兄様はその場に、力なく崩れ落ちました。


『ククク、君に飲ませた【魔神の涙】の中には、ゲロルトくんの遺体から抽出した【世界を滅ぼす毒ハーラーハラ】を封入した、極小のカプセルを含ませておいたんだよ。もしも君が裏切った時に、こうやって遠隔からカプセルを破れるようにねぇ』


 そんな――!?

 つまり今ヴェンデルお兄様の身体は、【世界を滅ぼす毒ハーラーハラ】に侵食されているということですか――!!

 あ、あぁ……、せっかくヴェンデルお兄様が、自らの過ちに気付いてくださったのに……。


『そういうわけだから、最後の家族水入らずの時間、じっくりと嚙みしめたまえ。ではまた後でね』


 クッ、【好奇神ロキ】イイイイイイ……!!!


「ハ……ハハ……、こりゃ、ズルをしたバチが当たったんだな……」


 ……ヴェンデルお兄様。


「親父……、お袋……、ヴィク……、こんなバカな長男で……、本当にゴメン……」

「ヴェンデルお兄様……! そんなことはございませんわ! わたくしはヴェンデルお兄様がお兄様で、本当によかったですわ!」


 わたくしはヴェンデルお兄様の左手を、両手でギュッと握ります。


「ヴィク……! 嗚呼、こんな俺を、まだ兄と呼んでくれるのか……!」

「当たり前ですわ!」

『ニャッポリート』

「そうですわよぉ、ヴェンデル。わたくしもこの人も、ヴェンデルが息子で、とっても幸せでしたわぁ。ねぇ、あなた?」

「……フン、そうだな。……手がかかる子ほど、可愛いって言うしな」


 お父様の瞳には、大粒の涙が浮かんでおりますわ。

 う、うううううぅ……!!


「ハハ……、ありがとう、お袋、親父……。――なあ、ラース」

「……はい」


 ここでヴェンデルお兄様は、ラース先生に声を掛けました。


「武闘大会の時も言ったが、ヴィクのことは……お前に任せる。……今の俺が言えた義理じゃないことは承知で言うが……、どうか幸せにしてやってくれ」


 ヴェ、ヴェンデルお兄様……!


「はい、お約束します」


 ラース先生――!


「ハハ……、それなら安心だ……。――最後にこうしてヴィクの花嫁姿を見られて……よかっ……」

「「「――!!」」」


 ヴェンデルお兄様は実に安らかなお顔をしながら、目を閉じたのですわ――。


「ヴェンデルお兄様あああああああああああ!!!」

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