「……さあ立てお前ら。まだ仕事は残ってる。バカ息子を悼むのは、この仕事を終えてからだ」
僅かに声を震わせたお父様が、おもむろに立ち上がりました。
お父様……。
そうですわよね。
ここは敵地の真っ只中。
しかもあと残っているのはリュディガーと【
これまで以上の激戦が予想されますわ。
――今はただ、前を向く時ですわ。
「あらぁ、申し訳ございませんが、わたくしはここでリタイアさせていただきますわねぇ」
安らかなお顔で眠っているヴェンデルお兄様を膝枕しているお母様が、そう仰います。
そうですわよね……。
ボニャルくんの回復魔法で左腕の傷は塞がりましたが、失われた腕が戻ってくることは二度とありませんから――。
「承知いたしましたわ。ではお母様はここで、ヴェンデルお兄様とレベッカさんを見守っていてくださいまし」
「了解ですわぁ」
ヨシ!
「では参りましょう、みなさん! いよいよこの戦いも、大詰めですわ!」
「ああ」
「はい、ヴィクトリア隊長」
「もう一息、頑張るにゃ!」
『ニャッポリート』
わたくしたちは意気揚々と、魔王城の中に入って行きました――。
「……誰もいないですわね」
「そうですね……」
広大な魔王城の中は、実に閑散としておりました。
バトル小説とかだと、ラストダンジョンの中は強大な雑魚キャラで溢れかえっているものですが、まあ、この奥に控えているのは、そんな雑魚がどれだけ束になっているよりも厄介な男です。
雑魚を配置する必要など、そもそもないのでしょう。
「オウ、どうやらここが、ボス部屋なようだぜ」
「「「――!」」」
一際広い空間に出ると、その部屋の中央には、リュディガーが一人でポツンと佇んでいました。
「むぐむぐ……。ああ、お久しぶりですヴォルフガング団長。すいません、小腹が空いていたものですから」
リュディガーは美味しそうにカレーパンを頬張っていました。
わたくしたちを前にこの余裕。
余程自信があるようですわね。
しかもリュディガーは、【魔神の涙】を服用している様子がありません。
正直ただでさえ騎士団最強だったリュディガーが悪魔化していたら、倒すのはほぼ無理ゲーに近いと思っていたので、その点は助かったと言えますが。
それに、【
ジュウベエが言っていたように、『準備』とやらをしているのでしょうか……?
「フン、随分美味そうなカレーパンだな。俺にも一口くれよ」
「いえいえ、いくらヴォルフガング団長の頼みでも、それだけは聞けませんよ。カレーパンは、私の大好物なんです。むぐむぐ」
リュディガーはカレーパンの、最後の一口を頬張りました。
「へえ、そんな話、初耳だな」
「むぐむぐ。今までは秘密にしてましたからね」
何故そんなことを秘密にする必要が……?
リュディガーが寝返ったことと、何か関係があるのでしょうか……。
「ふぅん、まあいいか。――それよりリュディガー、俺のことを団長と呼ぶんじゃねえよ。こちとらとっくに引退してんだからよ」
お父様は右の義手を左手でさすります。
「いえいえ、私にとっては、あなたは今でも尊敬する団長ですよ。――この通り、私は団長の器ではありませんでしたから」
リュディガーは自嘲しながら両手を広げます。
どうやら自分が悪いことをしているという自覚はあるようですわね……。
「フン、じゃあお前が尊敬する団長として、一応訊いておくか。――どうしてこんなバカな真似をしたんだ、リュディガー……!!」
「「「――!!」」」
お父様から立ち昇る魔力が、数倍に膨れ上がりました。
お父様が、本気で怒っておりますわ――。
「言っても理解は得られないと思います。――強いて言うなら、『立派な騎士になるため』、ですかね」
――なっ!?
「フン、確かにそりゃ理解はできねぇな。世紀のテロリストに加担して、何人もの人間を虐殺することが、どう立派な騎士に繋がるのか、俺には1ミリもわからねぇからなぁッ!!」
「ええ、ですから問答はこれでお終いです。ここから先は、ただの『力』のぶつけ合いです――」
リュディガーが【
「リュディガアアアアアアアアア!!!」
そんなリュディガーに、お父様が右の拳を振りかぶりながら突貫します。
「オラァッ!!」
「ぐぅっ!?」
リュディガーはお父様の拳を【
ヨシ!
パワーはお父様のほうが上のようですわね!
「……流石ですね、ヴォルフガング団長。まだまだ現役でいけるではありませんか」
「ガッハッハ! 世辞はよせよ。現役時代の俺は、今の百倍は強かっただろうが」
だからそれは、いくら何でも盛りすぎでしょ!?
「ふふ、そうだったかもしれませんね。――では、ここからは私も本気でいかせていただきます」
「「「――!」」」
リュディガーが【
あれは――!!
「その橋は世界を分かち
その橋と世界が判り
その橋で世界も解る
――絶技【
【
そしてリュディガーが【
「お父様ッ!」
いくらお父様でも、あれを喰らったら――!
「チィッ!?」
が、お父様は【
フゥ、間一髪でしたわね!
――あれ、でも。
「お父様、指が――!」
見ればお父様の義手の薬指と小指が、ゴッソリと削り取られてしまっていました。
嗚呼――!
「チッ、俺としたことが、掠っちまったぜ。まったく、歳は取りたくねぇもんだ」
「お父様……」
「……確かに大分衰えられているようですね。現役時代のあなただったら、あの程度の攻撃、余裕で躱していたでしょうから」
「ケッ」
リュディガーの顔にほんの少しだけ、寂寥感が滲みます。
リュディガー……。
「僕もサポートします!」
ラース先生!?
ラース先生は【
そして――。
「金糸の巻き髪 高貴な魂
背負ったのは宿命 求めたのは安寧
魔女が魅せる幻は
――我が下に来たれ【ミスト・デーゼナー】」
「「「――!!」」」
召喚の呪文を詠唱しながら、床に【ミスト・デーゼナー】という名前を書きました。
名前は見る見るうちに人の形になり、それは金髪縦ロールで漆黒のドレスに身を包み箒を手に持った、一人の妖艶な美女の姿になったのですわ――。
「オーホッホッホ! これはこれは、なかなか私好みのイケオジだけれど、神様の敵となれば、手加減はしなくってよ。――アリ・ヲリ・ハベリ・イマソカリ」
ミストが呪文を詠唱した途端辺りは薄い霧に包まれ、わたくしとラース先生とお父様とボニャルくんの分身が、無数にリュディガーを取り囲んだのです。
オオ!
これで分身ごと四人で一気に襲い掛かれば、いくらリュディガーとはいえ防ぎきれないでしょう。
「よぉし! いくぞお前らぁ!!!」
「はいですわ!」
「はい!」
「はいだにゃ!」
『ニャッポリート』
わたくしたちは分身と共に、一斉にリュディガーに斬り掛かりました。
――が。
「無駄ですよ」
「「「――!!」」」
リュディガーは目にも止まらぬ速さで、【
「くぅ!?」
「ヌゥ!?」
「くっ!」
「にゃああ!?」
『ニャッポリート』
わたくしたちは間一髪、【
「きゃあっ!?」
ラース先生に化けていたミストだけは【
嗚呼……!
「……ごめんなさいね神様。今回も役に立てなくて」
「いや、そんなことはないよミスト。――これでリュディガーが正真正銘の化け物だということがわかっただけでも収穫だ。後は僕たちが何とかするから、ゆっくり休んでくれ」
「ホホホ」
ミストは光の粒になって消えてしまいました――。
そしてその途端、霧も晴れたのですわ。
確かにラース先生の仰る通り、リュディガーはこの世でもトップクラスの実力の持ち主ですわね。
何よりあの【
どんなものでも斬る長大な剣を、あんな速さでブン回せるのですから、あれだけで大抵の敵は、近付くことさえ許さずに倒せてしまうでしょう。
そういう意味では、リュディガーには【魔神の涙】は不要かもしれませんわね。
そもそも傷を付けることさえ難しいのですから……。
「さて、では今度はこちらの番だよ。――着実に、一人ずつ片付けていくとしよう」
「「「――!!」」」
今度はリュディガーの【
「くっ!?」
咄嗟にラース先生は【
「ラース先生ッ!」
「ヴィ、ヴィクトリア隊長……!?」
わたくしはラース先生の前に立ち、【
「む!?」
「ヌゥ!!」
昨日【
ヨシッ!
「う、うおおおおおおおお!!!」
「……ほう」
そしてそのまま、【
フゥ、流石ホルガーさんの最高傑作ですわ。
【
……とはいえ、今の一撃だけで、ゴッソリ魔力を消費してしまいました。
そう何度も使える技ではありませんわね。
さて、どうしますか――。
「――もういい、ヴィク。ここは、俺に任せろ」
「お、お父様……!?」
その時でした。
お父様がわたくしの前に立ち、リュディガーと相対したのですわ。
「お前にはこの後、ラスボスの【
「お父様……」
お父様が右の拳をグッと握り、前傾姿勢になりました。
――こ、この構えは!