夕刻。
遠方にラピッドシティを望むブラック・ヒルズの岩山に彫られたアメリカ合衆国大統領四人の顔、マウントラッシュモア。
初代大統領ジョージ・ワシントンの上に彼はいた。往時、悪魔と呼ばれたことがある男。そう、ルーヴルのあの怪人よりも悪魔らしいと。
目を閉じれば、彼は瞼の裏側にパリの夜景を喚起することができた。
室内球技場でテニスコートの誓いがなされたヴェルサイユ宮殿、襲撃されたバスティーユ牢獄、ヴェルサイユ行進以後国王たちが移り住んだテュイルリー宮殿、やがて王らが幽閉されたタンプル塔、数多の命が葬り去られた革命広場……。
月影だけはあの花の都のものとさして変わりないが、まだ明るい。されどどうやら、照明の下でのショーはお預けのようだ。おそらくはあいつが、自分たちのほうが勝ると判断したのだろう。自信過剰なことだ。まあ、いざとなればおれたちが介入して双方を消せばいい。
彼自身には昼は少々見辛いのみだが、他の出演者と観客にとっては夜のほうが楽しめるのだ。結果的には良かったのかもしれないと思った。
「さあ」だから言った。「開幕は夜の帳が降りてからとなったらしい」
応えるかの如く、ブラック・ヒルズの森の闇に潜んでいた何者かたちがざわめきだした。その数、十、いや数十。鳥はいっせいに飛び立ち、獣は怯え、虫は押し黙った。
中で彼は、遥か遠くで人工の光を纏いだしたラピッドシティを透視するように俯瞰しながら宣告した。
「シャルロット。悪い子の君に、お仕置きの時間だよ」