シャルロットとコリンは壁に背を預けて座ったまま、寄り添って眠っていた。
傷んだ木が軋む音。それで目覚めたのはシャルロットだった。
棺桶じゃなきゃ眠りは浅いわね。
そう思った彼女が窓のほうを見ると、家具に塞がれた隙間からは青い月明かりが漏れていた。
夜が訪れたらしい。これなら存分に実力を発揮できる。
シャルロットは意を決して明るい暗闇の奥を注視した。階下とこの屋根裏とを結ぶ蓋に、近付く何者かを逃すまいと。
やがて床の一部が持ち上がり、シャルロットは身構えた。が、すぐに警戒を解くことになった。
「やはりここにいたか」
呼び掛けながら上ってきた人影を、少女吸血鬼は呆然と眺める。
「カ、カイン族長!」
叫んだのは、物音に気付いて目覚めたコリンだ。
二人が驚きをもって迎えたカインと呼ばれた人物は、フード付きの地味なローブを纏った三十歳前後の、彫りの深い強面の青年だった。彼は名前の示す通り、カインの失われた支族の長である。
「久しいなコリン。元気にしていたか?」
カインは言った。
「は、はい。歳はとりましたが。……ですが、どうしてここが? わざわざ族長がおいでになるのも……」
恐縮するコリンに、薄い笑みを送って青年は明答した。
「ここはゴールドラッシュの頃から残る廃屋だ、以前隠れ家に使わせてもらった。おまえがパートナーになる前だ。ロッテなら、不安要素のない覚えのある場所に潜むと踏んでな。……我が来たのは、新世代の生き方を子供故の柔軟さで完全なものとした彼女には、それだけの価値があるからだ。古い世代の族長なら跡継ぎはいる。我一人でことも足りよう、仲間を巻き込みたくはない」
次いで青年は少女へと視線を向けた。
「無理をしたものだな、シャルロット。相手はただの人間ではないのに、急いで飛び出すとは」
「そんなことはないわ」
シャルロットは平然と言い放つ。
「今のパートナーには許可を得たし、作戦なんて練っていたらコリンは殺されていたかもしれない。だいいち超能力だろうとなんだろうと、わたしたちは正確に弱点を突かれない限りは死なない。ハンターのほうが脅威よ」
「ならば伝えておこう」
族長カインは静かに告げた。
「連中は〝ハンター〟を雇った」
シャルロットは目を丸くしたが、まもなく細めて落ち着いた様子で訊く。
「何人?」
「一人だ」
少女は鼻で笑ったが、カインは諫めるように付加した。
「確かに、君なら並みのハンターを同時に七、八人は相手にできるだろう。実は、危惧すべきはそれだけではない」
「……ありえないわ」
深刻そうな族長の様相から悟って、シャルロットが戦慄する。
「SMIに〝あれ〟がいないのは調査済みでしょう?」
「連中の日向は調べていなかった、無関係なはずだからな。
「じゃあ……」
重たい唾を飲み込んだシャルロットへと、カインは告知した。
「そうだ。ダンピールがいる」
ヘンドリク・〝ヴァン・ヘルシング〟・ファン・デン・ホーヘンバンドの異能、銀の銃弾は、Kランクのダンピールとしての能力だ。
ヴァンパイアと人間のハーフ、ダンピール。彼らは吸血鬼を対象としない限り人間と変わりないが、ひとたび人外の親の一族と向き合えば特異な才能は遺憾なく発揮される。
特定の方法でしか倒せない吸血鬼を通常の方法で屠ることができ、外見上人と変わりない種も見分け、遠方からそれらの居場所を感知することさえできる。
「なるほど」
ヘルシングによるダンピールの説明を受けながら、怪しまれないようアリスの幻覚能力で市民からは不可視化しつつ大通りをさまようSMI。うち、デイビッドが言った。
「ってことは、自分の特異能力を自覚しないダンピールもいるわけだな」
「だね」
辺りを忙しなく見回しながら、ヘルシングは返答した。
「探知能力には自然に気付けるけど、吸血鬼を通常の方法で倒せるのには、知識がなけりゃやってみるまで気付けないから」
「今回のような場合は?」
「前例がないね。疲れると通常能力と同様に異能も鈍るのはみなにも経験があるだろうけど、探知が完全にできなくなったことはない」
述べて、ヘルシングは顔をしかめた。
それが、彼らの放浪の理由だった。本来ならばとうに吸血鬼を発見していてもおかしくないはずが、どういうわけかシルバー・ブリッドが機能しないのだ。
SMIたちは、不審を抱きながらもとにかく標的が潜伏していそうな穴蔵を求めて街を巡るしかなかった。だがもはや夜といっていい時間であり、沈む寸前の陽光は大量の影を生み、探索はほとんど不可能に思えた。
そして、間もなく辺りが完全な闇となったとき、突如としてヘルシングははっとしたように上空を仰ぎ、雄叫びを上げたのだった。
「能力が戻った!」