ラピッドシティの夜の路地裏を駆け抜けながら、シャルロットは、コリンを背負って先導するカインへと尋ねた。
「――ダンピールがいるなんてどうしてわかったの?」
「おまえを捜すうちに連中を先に見掛けてな」とカイン。「ダンピールと同じ異能を自分のものとして語る男がいた」
「それだけ?」シャルロットが訝しむ。「話が聞こえるほど近付いても見つからないなんて、心は読んだの?」
ヴァンパイアには様々な異能があるが、それは生きた分だけ強化され、付与される。シャルロットにはまだできないが、族長のカインは僅かに読心術も使えるのだ。
「仲間に嘘をつく必要はなかろう。それに、我を発見できなかったからこそ信憑性がある」
「どういう意味?」
「そのダンピールは、なぜか自分の能力が発揮できなくなったとも言っていたが、本当のようだからだ。我は彼らに出くわした際、最初は高速移動で突っ切ろうとしたが、どういうわけかできずに、物陰に隠れてやり過ごすはめになった。心も読めなかったのだ。彼らの様子からして、周囲に何らかの力が働き、特定の異能が抑えられているようだった。おまえがこれまで発見されずにいたのもこのためだろう」
「お芝居かもしれないわ」シャルロットは異論を述べた。「彼らがあなたの能力を抑制していたのかも」
「ダンピールが無能になったという嘘など、メリットがなかろう?」
少女は難しそうに呟く。
「かもしれないけど。なら、なにが異能を抑えていたというの?」
「わからんが、とにかく街から離脱することを優先しよう。ダンピールへの対策も練って改めて対処すべきだ」
しゃべったカインは、曲がり角で立ち止まった。先は建物に挟まれた道が長く延びている。
そこを一瞥して舌打ちし、後ろの少女に提案した。
「飛び越えて行こう。手早くやれば目立たん」
ヴァンパイアは視認できないほどの速度で動ける。先程から疎らな通行人のそばを横切っても気付かれていなかったが、人知を凌駕する運動力は瞬発力で、長距離を走るには向かない。道自体を通らずに済むならだいぶ距離を短縮できる。
カインは高く跳ね、シャルロットも同じ行動をとった。
少女と、老人を背負った青年は屋根に着地する。と、すぐさま別の建築物へと跳び移る。
「む」
カインは異変を察知して、民家の三角屋根の上で斜めに立って静止した。背後で同じように止まったシャルロットも瞬時に、現前した怪異へ囁く。
「これは……」
行く先には月明かりと別に、闇夜を切り裂く光の帯が降り注いでいたのだ。太陽光のような質感を纏っていた。
状況を把握しようと辺りを確認した二人の吸血鬼は、驚愕することとなった。
光は、街を囲むように広大な円形を築いているのである。
「SMIの仕業か?」
カインが忌々しげに呟いたとき、コリンが頓狂な声を上げた。
「いったい、何がですか」
二人の吸血鬼が老人に注目し、シャルロットは開口する。
「この光に決まっているでしょう」
「すまんが、どの光だ?」
コリンは困ったように周囲を見渡していた。
「……彼には捉えられんらしい」
不思議がるシャルロットをよそに、老人の心を読んでカインは言及した。
「すると吸血鬼だけを通さないための幻か」
彼は慎重に光へ片腕を差し伸べてみる。が、そこに接触した途端、火傷を負って手を引くはめになった。
「くっ、痛みと傷もまやかしか!?」
「ま、待ってください!」
推測を遮ったのはコリンだった。
「見えます。光は見えませんが、カイン族長の火傷はわしにも見えます!」
「どういうことかしら」
困惑するシャルロットに、カインは新たな仮説を編み出す。
「さながら、それを捉えられる相手にだけ現実に作用する幻覚といったところか」
言っている間にカインの傷は吸血鬼による高速治癒の異能で完治していたが、彼らは後退することを余儀なくされた。
光の壁がカインたちのほうに迫りだしたのだ。いや、街を包囲した円が徐々に縮小しているといったほうがいい。
「これってもしかして……」
「おそらくな」
シャルロットの予測を先読みして、カインは返答した。二人とも目配せだけで次に取るべき行動を把握し合い、これまでとは別方向へと跳躍したのだ。
「どこに行かれるのですか」
不安げなコリンの質問に、カインが答える。
「光の円は次第に縮んでいるのだ。ならば着くのは――」
カインとシャルロットは振り返ったときすでに、特に明るい日和だった月光の下、視界の彼方に六つの影を捕捉していた。
広範囲に影響する異能は、たいてい知覚範囲に発揮することができる。つまり、このやり方で導かれる到達点は
「――円の中心だ」
述べたカインの視線が注がれるまさにその箇所に、彼らはいた。
ラピッドシティ郊外にある、草原のような広い公園。町明かりからも離れ、一般の人影もないそこで待ち構えていた六人のSMIの前に、対峙するように二人の吸血鬼は降りた。
「おいでなさったか」
面白そうにデイビッドが迎えると、一行の間に走る緊迫を代弁するかの如く一陣の風が通り過ぎて芝生を撫でていった。
それが収まったところで、ようやくカインが開口する。
「すまんが、街を囲む光を消してくれんかな」
「お気に召さなかった?」
妖艶に返したのはヨハンナだ。彼女は五人の仲間たちの先頭へと、挑戦的に出る。
「それはわたくしの異能、ラ・パペッサといいますの。対象の意識上に存在するものを、その対象へのみ効果を及ぼす現実にできますのよ。一般市民は公園への立ち入りを禁止する幻覚で遠ざけていますけれど、あなた方にとっては弱点で囲みましたの。……光が苦手ですのね」
カインの背にいたコリンはしまったというような顔をしたが、二人の吸血鬼は堂々としており、族長に至っては余裕で訂正した。
「正確には陽光だ」
底知れぬヴァンパイアの実力を感じるにはこれで充分だった。身構えるSMIに、カインは改めて請う。
「再度要求しよう、光を消してはくれまいか。返答次第で諸君らは怪我をすることになるが、我々は人を襲わない主義でな。回避したいのだ」
「存じていますわ。わたくし以外は、攻撃したいわけではありませんもの」
ヨハンナは、指揮者のように手を動かした。途端、光の輪が彼らを中心とした一マイルほどの大きさで縮小を停止する。
「対話がしたいんだよ」
言いながらヨハンナの隣に並んだのはデイビッドだった。
すかさずヴァンパイアハンターのアランが上着の下から銀の弾丸入りのM3短機関銃銃を抜き、吸血鬼たちに向ける。
「くだらん、狩人が獲物と話すなど」
「よせ」
銃身を横から手で押して制したのはヘルシングだ。
「おれたちの出番は交渉が決裂した場合だ。あんたは雇われたんだぞ、方針に従え」
舌打ちしたハンターが銃を下げるのを待って、カインは長引きそうなのを悟り、コリンを下ろして問うた。
「話とは?」
デイビッドは親しげに言った。
「率直に訊くが、まず、なんでおれたちの仲間を殺したんだ?」
一瞬空気が凍ったが、カインは極めて落ち着いた口調で異議を唱える。
「人を襲わんと述べたばかりだ。勘違いではないのか」
「だといいが。実は同僚が吸血鬼に殺されたと、重傷を負って帰ってきた仲間の一人から聞いたんだ。そいつも死んだがな。結果、全部の遺体を調べたらそっちの美人な嬢ちゃんのものらしい吸血痕がひとつ」
デイビッドは顎でしゃくってシャルロットを示し、再び族長に着目した。
「他に大人のものと思われる噛み傷が無数にあった。確かに、その子は誰も殺しちゃいないかもしれないが、なら別種の致命傷らしきものをあんたの仕業と考えるのが自然じゃないか? なあヘルシング、近くに吸血鬼は何人いる?」
「二人だね」
「ヘルシングはダンピールだぜ、吸血鬼探知ができるのはご存知じゃないのか」
ヘルシングの回答を受けて、デイビッドは得意気に腰へ手を当ててカインを眺めた。
「身に覚えがない」
族長は動じなかった。真相を探るデイビッドはカインと目線を衝突させたが、やがて表情を緩めた。
「嘘はついてなさそうだな。……実は、おれたちも怪しんではいる。ヘルシングはなぜか、さっきまであんたらを探知できなかった。もしかしたら、今は他の吸血鬼を探知できないのかもしれない。異能者にはそういう小細工ができるやつがいる。
おれたちには影社会の掟を破った嫌疑が掛けられててな、この機会に潰そうとしてる連中にはチャンスだろう。あんたの実力は相当なもんのようだし、争えば、衝突を演出した奴がいたら労せずおれたちを叩けるわけだ。そもそも、こっちにも覚えのないことが起きてんだよ。少女吸血鬼の暗殺依頼書がいつの間にかできてたりな。あんたの後ろの爺さんしか事情を尋ねられそうな人間を見つけられなかったんで来たんだ」
「それでこの老人、コリンを暴行したとでも?」
「暴行?」
「我が一族を襲撃し、後ろの少女、シャルロットを狙ったのもそのためだと?」
カインは厳しい語調で追及したが、読心術を行使することも忘れてはいなかった。そして不思議そうな反応をするSMIの一行にも、身に覚えがないらしいことを読んだ。
「……どうやら本当にわからんようだな。最初の質問を除いては」
コリンの件に触れたときだけ、SMIが微かに身を引き締めたのをカインは見逃さずにいた。シャルロットも明言する。
「ええ。コリンが暴行された件については、彼本人とわたしが証人よ」
「そりゃあ」デイビッドが、申し訳なさそうに頭を掻いた。「あんとき見回りしてたやつらの片方は素行が悪かったからな。だが、あんたらの信念を破ってまで殺すことはねーだろう」
カインは反論する。
「人殺しはしない、と何度繰り返させる。シャルロットはそいつを気絶させただけだそうだ。貴様も疑っているのではなかったか」
「そうだが、吸血鬼にもずいぶん多様な種類がいるとヘルシングから聞いてな。まだ未知の種族もいるそうだから、疑いも拭えない。それこそ、異能を封じてたのもあんたらかもしれない。カインの一族はずいぶんと隠れるのがうまいそうじゃないか。どんな力を持ってても不思議じゃない」
カインは頷き、鋭く指摘した。
「お互い様というわけだ」
彼は発言しつつも読心術を行使したが、まさに疑念に応えるように、このときSMIの心が読めなくなった。
一同を覆う空気が再び張り詰めだした。それをひしひしと感じながらもデイビッドが提案する。
「うちらのところに来てもらえりゃ、上司に異能を無効にできる人がいるから、言葉の真贋も判定できるんだが」
「残念ながら信用できんな」
カインは拒絶し、デイビッドは肩を竦めた。
「だよな、やっぱり」
特異能力者と吸血鬼の双方が、改めて構えた。ときだった。