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第十五話 定例会

 アレクセイの覚醒は無事に見届けたし、後は放置でいいわね。ケイトと違って勇者であるアレクセイは放っておいても自ら試練に挑戦し勝手に逆境を乗り越えて成長していく。勇者専用装備である聖剣を与えてあるし、簡単には死なないわ。

 アレクセイ関係の難易度調整も上手くするようにシスにお願いしてある。あの子はそういうの得意だから大丈夫でしょう。


 私としてはケイトの育成が最優先なのよね。まだまだ凡人の域を出てはいないけど、夢で私がアドバイスした事を忠実に守っているのが、彼の日課であるシャウトバードとの戦いで分かる。でも、まだまだね。判断が遅くて体がついていけてない。だから時を止めて相手の意表をついても簡単に対処されてしまう。

 シャウトバードの拳を防御できるくらいには成長してるのだけど、威力を殺す技術を身につけてないから普通に力負けして、吹き飛ばされていつもの戦いは終わり。夢の中で反省会ね、これは。


 ケイト自身が気付いてない体の動かし方のクセも見つけたし、反省会の時に一緒に忠告しておくべきね。シャウトバードにはその癖を見抜かれて反撃を食らっているし。誰かに指摘されない限りは気付かないと思うわ。

 課題は山積みね、ケイト。教える事が多くて私としては楽しい限りだけど時間が足りないわね。夢の中だけだと指導できる時間が短すぎる。


 最高効率なのはライアーが昼間に指導して、夜に夢の中でケイトを指導するって形よ。夢の中でのやり取りは技術や知識としてしっかり身につく上に、実際の肉体を使っていないから疲れる事もない!現実では出来ない指導も出来るから便利よー。その分も夢の世界の時間は現実の三分の一、短い。やっぱり昼間の時間も欲しいわね。


 ライアーの方は支部長の一人を蹴落としてその地位を奪ったみたいだから、もう少ししたら動かせる。この地位も上手く使っていきましょう。


 それにしても楽しいわね!凡人ではあるけど、ケイトは英雄たちと変わらない向上心や英雄願望を持っている。普通の人なら逃げ出すようの状況でも立ち向かおうとするのは、立派な英雄の条件よ。才能はないけどね。けど、それもまたいいと思うの。

 教えた事を一瞬で吸収してあっという間に神の手から離れていく天才と違って、しっかり指導してあげないと成長しないけど、その分私好みの英雄へと育っていく。安心して、私好みと言っても貴方の理想像でもあるのよケイト。

 だから一緒に頑張りましょうね。


「ん?」


 脳内に聞き覚えのある女性の声が響いた。付き合いが長いのもあって第一声で誰か判断できたので、念の為フラスコの管理モードを終了してから応答する。


「何か用事かしら?」

『あぁ、そうだ。面倒な事に定例会を予定を繰り上げて行うらしい。今回はアタシ一人ではなく、部下も一人か二人連れて来いとのお達しだ。一緒に来てくれるかミラベル』

上司せんぱいの頼みなら向かうわ。定例会はいつ頃の予定かしら?」

『5日後の予定だ。ゴッドPCの使用感の確認や、『マナ』の供給量が減少している事についての議題がメインになるだろう。どちらも基本はアタシが対応する。名指してミラベルが刺される以外は話を聞いているだけでいい』

「了解よー。それじゃあ5日に」

『あぁ、5日後に会おう』


 女性にしてはやや低い声がそこで途切れる。口調も男勝りだけど、仕事はしっかりできるし責任感はあるしで上司として尊敬出来る神なのよね。私が見習いだった頃とは大違い。お互いに成長したと実感するわ。今回も急に伝えてくるおバカさんと違って前もって言ってくれたから、スケジュールの変更が楽よ。


「あら、どうかしたの?」

『ミラベルに言い忘れていた事があってな』

「言い忘れたこと?」

『そうだ。ちょうど5日後の話だ。時間も定例会が終わった後くらいになると思うが、セレーネがアタシとミラベルの三人でお茶会をしないかと誘ってきている。どうする?』

「参加するわ。セレーネが淹れてくれるハーブティー美味しいんですもの」

『分かった。アタシの方から伝えておく。久しぶりにゆっくり話し合おう」

「楽しみにしてるわー」


 今度こそ上司せんぱいの声が途切れた。上司と部下って関係ではあるけど、それ以上に付き合いの長い友達でもあるから第三者がいない限りは敬語はなし。他の神がいる場合はしっかり上司と部下としての接し方に徹底するわ。


 それにしてもセレーネからのお誘いはいつ以来かしら? セレーネは私と同期の神で、見習い期間は私と同じように上司せんぱいの下につき世界の管理を教えて貰っていた。セレーネは見習いの時から成績優秀だったから上の覚えが良かったのよね。

 事務能力が特に長けていたのと、神員が不足していた事で上司せんぱいが推薦して神事部に配属が決まった。出世した形にはなるのだけど神事部は仕事量が多くてなかなか会えないのよ。特に今の時期は神員の休みを重なったりして、手が足りてないと思うのだけど三人でお茶会して大丈夫かしら? 少し心配ね。

 想像だけど上司せんぱいと私に愚痴を吐きたいんじゃないかしら? 前もそうだったしね。


「さてと、定例会が決まったのならそっちを優先しないといけないわね」


 ケイトの育成も大事ではあるけど、優先度が高いのは定例会。私の出世にも関わってくるし、夢の世界でケイトに指導した後にでもしばらくは夢の中に出て来れないって伝えておきましょう。

 強くなる為の課題を与えておけば、私が見ていなくてもちゃんと努力すると思うから、大丈夫よね?


 それから夢の中でしっかりケイトをしごいたり、気付いたら机の上に溜まっていた書類を処理したり⋯バタバタしている内に上司せんぱいから連絡のあった定例会の日を迎えた。

 ロロは引き続き教育係の神が面倒を見てくれているから気にしなくていいとして、フラスコの方は漸くライアーがケイトの元へ向かったみたいね。これで私が目を離している間もケイトに指導が入るわね。バッチリ。

 他の世界も今のところは問題はなさそうね。これなら定例会に集中しても大丈夫よ。


「ミラベル行くぞ」

「分かったわ」


 仕事部屋の扉を開き、上司せんぱいが中へと入ってきた。普段と変わらない装い。共通の衣装である神スーツは女神用にズボンタイプとスカートタイプの二つが用意されているけど、上司せんぱいがスカートタイプを履いてる所を見たことないわね。

 神モドキを上司せんぱいをモデルに作った時はその反動で生足チラチラの過激な服装になったけど。見られたら怒られるから役目を終えたら速攻で消したわ。


「それで、一つの世界を変えたんだろ? 順調か?」

「今のところは順調ね。ただ、世界全体の魂のレベルを上げる事は出来そうだけど、英雄を育てるのは時間がかかりそうなの」


 ───前を歩く上司せんぱいと一緒に定例会の場となる会議室へ向かいながら会話を交わす。上司せんぱいに世界を作り変えようとしていると相談していたから、進捗を確認するのは上司として当然ね。

 変革に失敗して多くの定命の者が死にましたとかになったら、他の神にもそのしわ寄せがいくわ。最も影響を受けるのは上司せんぱいだから気になるわよね。今のところ順調だから安心していいわ。 


 定命の者が死なないように脅威モンスターは全てシスに管理させてある。万が一は起こらないわ。時間をかけて定命の者の魂を成長させていけばいい。ケイトが英雄になるまではかなりかかるでしょうけど。


「最初から英雄やその候補を育てれば苦労などしなかっただろ? わざわざ平凡な魂を選んでまでよくやるな」

「そうでもないわ。凡人だけど、ちゃんと意欲はあるから育てるのは意外と楽しいのよ。やっぱり折れない心って大事だわ」

「あまり、一人の定命の者に執着するなよ。お前には五つの世界を任せてあるんだ。その定命の者に夢中になって他の世界の管理を忘れた、なんて言わないでくれよ」

「そこら辺は大丈夫よ、安心してキルケー」


 上司せんぱい───キルケーの心配を晴らすように笑顔で答える。今はフラスコに集中しているけど、ちゃんと異変が起きた時に直ぐ気付けるように保険はかけてあるわ。

 目を離していると言っても完全に放置している訳ではないの。今のところ他の世界は割と平和だから目を向けてないだけ。フラスコと同じ他種族やモンスターが混合する世界は何かのきっかけで、大きな事態になったりするからシスと同じような存在を送り込んである。


 定期的に連絡がくるけど今のところは勇者が処刑された以外で大きな出来事はない。亡くなった御歳78歳だったかしら? 出身国のまだ十代の姫に手を出して王の逆鱗に触れて処刑されたみたいね。お盛んよねー。

 彼の場合は予定通りの死期だから特に干渉はしなかったわ。次の世界では既に勇者はいるから、彼は英雄の一人として送られる事になるけど、少しばかり悪行を積みすぎだね。若い時は勇者の模範のような行動を取っていたけど、歳を取ってから自分の欲のままに動いていた。これはペナルティね。

 次の世界を管理している神はキルケーだし、上手くやってくれるでしょう。


「あら、どうしたの?」

「面倒なのがいるな」


 しばらくキルケーと話しながら進み、目的地の会議室に到着するとキルケーが眉を顰めながら立ち止まった。入口付近には誰もいない。となると室内の方ね。軽く感知してれば⋯、納得した。今回の定例会無事に終わればいいんだけど⋯。


 キルケーと二人してため息を吐いて会議室へと入ると同時に複数の視線が飛んでくる。多くは興味を失ったのか直ぐに逸らされたけど、穴が空くほどこちらを見てくる神もいる。こういう神は関われるとろくな事にならないからスルーよ、スルー。


 会議室を軽く見渡せば約50人程が既に集まっているのが確認できた。いつもより多いわね。定例会ならこれの半分が普通でしょ? 席の数を見るとまだ増えそうな感じだし。

 よく見れば別の部署の神や神事部の者の姿もある。いつもより多いのはそれが原因ね。


「今回の定例会の主催は見ての通りデウスマキナだ。何が狙いかは言わなくても分かるな、ミラベル」

「最高神様の跡目争いって事ですねキルケー様」


 会議室この場ではキルケーと私は上司と部下、この立場しっかり守らないといけないから、先程みたいな軽口はなしね。

 キルケーの視線の先を追えば、今回の定例会の主催者であるデウスマキナの姿がある。以前見かけた時と何も変わっていない。

 特徴的なのは右頬の下にあるドクロマーク。神として生を受けた時からあったそうよ。黒と白の入り交じる髪はオールバックに、黒縁のメガネの奥に見える赤い蛇のような瞳はねちっこさを感じてあまり好きではないわ。シワひとつないグレーのスーツを着こなし、上品に笑う彼の元には多くのが神が集まっている。

 神望じんぼうもあるでしょうけど、彼の持つ権威や権力を求めて⋯少しでも甘い蜜をすすろうとしている奴が多いんでしょうね。少し滑稽な光景ね。


「そろそろ始まるぞ、席に着こうミラベル」

「畏まりました」


 私とキルケーが予定された席に着いてから数分後、定例会の開始を告げるデウスマキナの声が会議室に響いた。




 ───面倒な会議の始まりね。

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