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第十六話 お茶会

 定例会は拍子抜けするほどあっさり終わった。懸念していた大きな揉め事もなく、キルケーが先に話していた通りゴッドPCの使用感と『マナ』の供給量の減少について、討論したくらいね。


 神PCは定命な者が使っていたものを取り入れて私たちの業務に使えないか試している最中。私たち神が本格的に使うとなると大幅な改良が必要でしょうね。少なくとも今のままでは『マナ』や魂に関わる部分を神PCに任せる訳にはいかない。

 神は皆、神の権限に頼っているからこういう分野には疎いのよね。そのせいでいつまでも業務体制は変わりない。なにかあれば神の権限を使えばいいで完結しちゃってるのが良くないわね。


 私たちにとって重要なのはどちらかと言えば『マナ』の供給量の減少についての方ね。デウスマキナが数字として出してくれたお陰で分かりやすく供給量が減っている事が分かったわ。

 それについての疑問も多く上がっていた。天使から神見習いに昇格して、一人前として認められ神として世界を任せられる神材は少しずつだけど増えてはいるのよ。

 世界を創る際に『マナ』は必要だけどそれも最初だけ。軌道に乗りさえすれば『マナ』は獲得出来るわ。世界が壊れたとか、定命の者が大量に死んだとかそういった話は最近は耳にしていないから、普通なら増えるのよね供給量。


 なのに減っている。『マナ』の供給量が減るのは私たち神や天使にとって死活問題。私たち神は生物のように食事や呼吸の為の空気なんかは必要ではないけど、生きる為に『マナ』は必要なの。逆を言えば『マナ』がなくなれば神は死ぬ。神は『マナ』がなければ存在出来ない。正確には神だけでなく全てのものが消滅するのだけど。それだけ『マナ』は大切なものなのよ。全てが消滅して残るのは何かしら?虚無とか?


 あーでも、最高神のジジイあたりは『マナ』が枯渇しても生き残りそうね。あのジジイは色々と規格外な存在だもの。『マナ』を使わずに神を創ったりとか平然とやってみせる。うん、あのジジイは『マナ』がなくても困らなきわね。

 流石はこの世の全てを創った原初の神。世界だけに留まらず私たち神や天使は全て最高神によって生み出された。私たちは神の権限を用いて様々な事を行えるけど、神や天使だけは生み出せない。最高神のジジイが勝手に増やさないように縛りをつけているって言ってたわね確か。


 私たちが創れるのはせいぜいモドキだけ。本物の天使や神は創れない。神材不足で困ってるのだから、ジジイが増やしてくれたらいいのにって思う反面、神や天使が増えればそれだけ『マナ』の消費量が増えるから慎重になるのも仕方ないと理解もしている。

 神社会全体の『マナ』の供給量と消費量を考えた時に消費量の割合の方が多い状態に陥ったらそれこそ終わりね。供給量は簡単に増やせないから消費量を減らすしかない。なら、どうするか?神や天使を消すのよ。

 天使や神見習いなんかが真っ先に切られるわね。神社会の秩序を守る為なんて大義を掲げて立場の低い者から消えていく。


 私もキルケーも権力や権威には興味はないけど、何かあった時に備えて上の立場へと上がろうとしている。出世欲イコール生存欲ね。私は死にたくないの。生き残りたいから今より上の立場にいく。下の立場でいる限り、いつ自分が消されるか分からないまま怯える日々を送らなければならない。そんなのはごめんよ。


 話を戻しましょう。定例会ではさまざまな神の意見が出たわ。供給量を増やす為に管理する世界を増やすのはどうかとか、不要な『マナ』の消費を減らすべきだとか。どれも現実的ではないわね。

 管理する世界を増やす? まず最高神に許可を貰わないといけない。あのジジイは簡単に許可を出さないわよ。私が申請した時も許可がおりるまで50年かかったんだから。世界を創る際の『マナ』の消費量もそうだけど、その世界に送る魂の管理だったりが大変だからあまりにやりたくないんでしょうね。

 世界が増えればそれだけ魂の行先の分岐が増えるもの。どうにかしてジジイのやる気を引き出せれば⋯管理する世界が増えるんじゃない?無理でしょうけど。


 もう一つ、不要な『マナ』消費を減らす。これに関しては出来なくはないけど神社会全体にこの意識が浸透しないと無意味よ。どれだけ私たちが節約しても上の連中がバカスカ使えば『マナ』は大量に減る。

 デウスマキナの目前というのもあって他の神が言いにくそうにしてる中でキルケーがハッキリと言っていたわね。『上のバカ共をどうにかしないと意味がない』と。その言葉にデウスマキナは良く言ってくれたと嬉しそうに話していた。そして定例会の場に集まった神たちに『私は今の神社会のあり方を変えたいと思っている。ほんの少しでもいい。私に力を貸して欲しいと』と頭を下げた。


 上の連中に対する不満はデウスマキナへの支持へと変わった。これが予定を繰り上げてまで定例会を開いた目的でしょうね。予定通り行っていれば他の神が干渉してきたかも知れない。

 デウスマキナは競争相手との支持の奪い合いを避けたかったのね。その目論見は見事に成された訳。私とキルケー、それと会議室の場に居合わせていたセレーネを除けば皆がデウスマキナの支持者に変わっていた。興奮冷めやらぬ会議室の場で私たち三人だけが冷めた目で彼らを見ていた。お茶会での愚痴が増えたわね。


 さてと!定例会での議題について考えていても仕方ないわ。それに定例会は何事もなく終わった、それでいいのよ。予定通りにキルケーと共に他の神に捕まっているセレーネを救出して、三人でセレーネの仕事部屋へと移動した。

 私たちが神材不足で困っているように他の神も困っている。それで神事部のセレーネを捕まえて訴えかけていたみたいだけど、無意味でしょ。言う相手が間違っているわ。

 セレーネに言ったところで決定権がないのだから、反映されないわ。仮に神事部の上に話が通っても握り潰されるだけ。

 セレーネが私たちをお茶会に誘った理由が分かった気がした。多いのでしょうのねこういう事が。


「それで、実際に『マナ』の供給量は減っているのか?」

「減ってなんかいないよー。むしろ増えてるって。デウスマキナは支持者を集める為に過去のデータを持ってきただけぃ。よく見れば分かる事だけど、不満を溜め込んだおバカさんたちは考えるのを放置してるみたいだよ」

「そんな事だろうと思ったわよ」


 ───場所は変わり、セレーネの仕事部屋。私の部屋と作りは似ているけど色々と雑貨を置いているわね。私は仕事で使うもの以外は基本的に置かない主義だから、こういう雑貨を見ると邪魔にならないのかしらと場違いな感想が浮かんでしまう。

 明らかに仕事に使わない絵画とか壺とかいるかしら? 私からすれば不要なのだけど、キルケーは違うのね。良い壺だな、なんて言いながら腕を組んで眺めている。憎たらしいくらいに大きな胸が腕によって持ち上げられてなんとも言えない光景になっているわ。


「はい、ハーブティーだよー」

「ありがとうセレーネ」

「アタシのはそこに置いておいてくれ」

「了解!」


 人数分のハーブティーをセレーネが淹れてくれた。いい匂いね。味はまだ飲んでいないけど、セレーネが淹れたのならまず間違いはないわ。

 キルケーが席に着いたら飲もうと思っていたけど、彼女は壺に夢中のようね。色んな角度から壺を見ている。そこまで気になる物かしら?


「セレーネ、この壺はどうしたんだ?」

「それも押収品だよー。おバカさんが神の権限で無許可で創ったモノを神事部が押収したの。違反とかも色々あったからそれでチャラってわけー」

「私たちに淹れてくれたハーブティーも同じく押収品ね」

「正解正解!」


 この部屋に飾られている壺や絵画、ついでにハーブティーなんかは言ってしまえば神には不要なものなのよね。『マナ』さえあれば生きられるのだもの。

 これらのアイテムは全て嗜好品。神の権限で勝手に創ってはいけない物なのよ。何故ダメかは考えなくても分かるわ。『マナ』の無駄遣いを減らす為ね。世界の管理の為に使うならまだ分かるわ。『マナ』の供給量に関わるのだもの。

 けど、このハーブティーや壺、絵画なんかは供給量には一切関係ない。完全に神が楽しむ為のもの。そんな事に『マナ』を使ってはいけないと最高神が原則として創る事を禁止した。


 一応、成績が優秀だったり、一定期間真面目に働いた神なんかにはボーナスとして好きな物を神の権限で創る許可は与えられる。この許可を使って創る分には問題ないけど、中には無許可で創るおバカさんもいるの。

 けど、割と直ぐにバレるのよね。『マナ』の流れをジジイがしっかり把握しているのが理由みたいね。無許可で創ったおバカさんの元には直ぐに神事部の者が向かって創った物を押収、その後ペナルティが与えられたり散々な結果を迎えるわ。

 セレーネ曰く、その絵画や壺は神事部の神たちには不評だったらしく廃棄される予定だった。そこで最高神のジジイにセレーネが棄てるくらいなら貰っていかと聞いてところ、いいよーっと軽い返事が返ってきたそうね。ハーブティーもその時のオマケで貰ったから、この場で振る舞う事になった訳ね。


 キルケーを待っていても仕方がないから断りを入れてから一口飲む事にした。想像していた通りの味⋯やっぱり美味しいわ。セレーネと私の二人でハーブティーを飲んでいる間もぐるぐると壺の周りを歩いては、『良い壺』だと言葉を漏らすキルケーはいつになく変。本当にどうしたの?


「その壺欲しいの、キルケー?」

「くれるのか!?」

「欲しいならあげるよー」

「感謝する!!!」


 目が輝いている。そんなに欲しかったの? 特別な細工もなければ目を引くような模様も入っていない茶色の壺よ? ダメね。私ではこの二人にはついていけないわ。

 興奮しているキルケーを横目にハーブティーを口に含む。やっぱり美味しいわね。


「それで、話は変わるが神材の方はどうなっている?」


 真面目な話かしら? それなら壺に頬擦りするのはやめた方がいいわよ。ご満悦な表情で楽しそうに壺を触る姿を出来れば見たくなかったわね。尊敬する上司の像が崩れていく音が聞こえる。それもまた、キルケーの可愛さかしら。


「何度か話しているけどー、最高神様の跡目争いで上の連中が神や天使の抱え込みを行ってるの。そのせいでキルケーを始めとする他の神の元に神見習いはおろか、天使を派遣する余裕もないんだよ。神事部のお偉いさんはデウスマキナとかオーディンとかルーとか次の最高神候補から甘い汁を貰ってへーこらしてるだけ」

「腐ってるわね、本当」


 ジジイの跡目争いがなければもう少し神材に困る事がなかったのかしら? あるいは争う事がないくらいの実力を持つ後継者がいれば今みたいにはならなかった。全てのしわ寄せが私たちにまで来ることはなかったのに。


「それで、この前見た時は最高神様は元気そうだったけどやっぱり予言は変わらないの?」

「変わってないよー。多少の変化はあっても大筋は変わっていない。だから皆必死なのさ!」

「そうなると、荒れるな⋯アタシたちの世界も」

「そうねー」

「だねー」


 ため息をつきたい気持ちをハーブティーを飲んで落ち着かせる。他の二人も同じらしくハーブティーを口にしている。

 神である以上、私たちも他人事ではない。いずれ誰の元に付くか決めなければならないのよね。今のところタイムリミットは後100年ってところかしら?






 ───あの元気な最高神ジジイが、本当に100年後に死ぬのかしら?

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