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第十七話 跡目争い

「そういえばボク、キルケーに聞きたい事があったんだよねー」

「なんだ?」

「キルケーってさー、デウスマキナの支持者だったりするー?」


 首を傾げて尋ねるセレーネをキルケーが鼻で笑った。バカな話をするなと言外にそう言っているわね。


「アタシは誰も支持などしていない。ただ、デウスマキナには借りがあるからな。それを返しただけだ」

「それで煽るような事を言ったんだー」

「キルケーの発言のお陰で上に対する不満がデウスマキナへの期待に変わっていたわね。デウスマキナは明らかにあの発言待っていたわよ。打ち合わせしてたの?」

「そういう事だ」


 ハーブティーを飲み終えて机の置くと『まだあるよー』っと笑いながらセレーネがティーカップにハーブティーを注いでくれた。同じように自分のモノとキルケーの分も注いでいるところを見ると、慣れているのでしょうね。


 セレーネは疑問に思ったみたいだけど、キルケーがデウスマキナの支持者?ないない。長い付き合いだから分かるけど、キルケーは誰かの下に着くようなタイプではないわ。

 デウスマキナに昔の借り返すように言われていやいや協力したのでしょうね。キルケーの嫌そうな表情が目に浮かぶわ。


「ん?」

「どうかしたか?」

「いえ、なんでもないわ」


 ───ライアーから情報の共有が行われたわ。どうやら無事にケイトと接触する事ができたみたい。唐突に現れたライアーに最初は嫌疑の視線を向けていたみたいだけど、私の部下であること(設定)や、私の指示でケイトの指導にきた事を伝えると心を許したそうよ。

 流石にちょろくない? 英雄になろうとしているならもう少し疑いの目を向けるべきよ。私に対する信頼から心を許したみたいだから⋯まぁ、今回は許しましょう。

 予定通りライアーが師匠役としてケイトに技術を教える事になっている。これで私が夢の中で指導しなくてもちゃんと成長するわね。良かったわ。


「他人事みたいに言っているが、デウスマキナの目的はお前だぞミラベル」

「へ?」


 思いもしなかった言葉に変な声が出た。私の声が面白かったのかセレーネが笑っているけど、私としたらそれどころではないわ。


「どういう事よ!」

「言葉通りの意味だ。今回の定例会はミラベルを自分の支持者⋯欲を言えばデウスマキナ直轄の部下にするのが目的だった」

「⋯⋯やけに詳しいわね」

「本人から直接聞いたからな」


 思わずため息が漏れた。嫌な気持ちを払拭させるようにハーブティーを一口飲む。美味しいと素直に思った。私もボーナスで創造の許可を貰っているし創るのもありかしら? 神が飲食に創造の力を創る理由が分かった気がしたわね。


 さて、現実に向き合いましょう。デウスマキナは私を直轄の部下にしたいそうよ。頭が可笑しいんじゃないのって面と向かって言いたい気分よ。神社会でそれなりの地位に着くキルケーならともかく、なんで私なのよ。思考を巡らせても理由が思いつかない。頭が良い神の考える事は私には分からないのかしら。


「私を部下にしたい理由とか知ってる?」

「さて、アタシとそこまで踏み入って聞いていないからな。ただ、ミラベルの能力を高く評価しているようだった。共に危機を乗り越えたなんて言っていたが⋯思い当たる事はないか?」

「⋯⋯一つあるわね。けど、遠い昔の話よ。それをまだ覚えているの?」

「よく分からないけどさー、デウスマキナにとってその出来事が大事だったんじゃない?ボクも気になるし何があったか話してよミラベル」

「別に構わないけど⋯」


 二人から同時に視線を向けられるのは居心地が悪いわね。視線から逃れるようにティーカップを手に取り、ハーブティーを飲み干す。音がならないように机の上に置くと直ぐさまセレーネがハーブティーを注いでいる。

 そんなにいらないのだけど⋯。 あれかしら?ハーブティーあげるから話せみたいな感じ? あ、そんな感じね。別になくても話すわよ。ただ、昔の事だから思い出さないといけないの。


「そうねー、あの騒動があったのは結構昔よ。それこそ5000年以上前じゃないかしら?」

「結構経ってるねー」

「そうね。当時はデウスマキナの事を知ってはいても関わりがあった訳じゃないわ。ただ、仕事のやり取りで会う機会があったの」

「その仕事が⋯共に乗り越えた危機?」

「違うわ。仕事のやり取りは大した内容ではなかったから5分くらいで直ぐに終わったの。用事も済み長居をする気もなかったから部屋から立ち去ろうとしたのよ。その時にデウスマキナの焦った声を聞いてね」


 初めて聞いた声だったんね。冷静沈着な彼の口から出たとは思えないほど、焦り、そして困った声だった。悲鳴にも近かったんわね。

 そんな声を聞いて、私には関係ないのでさようならをできるほど冷たくはなかったのよ⋯こう見えてね。


「長くなるから細かい部分は省力するけど、当時デウスマキナと出世争いをしていた神がいたのよ」

「あー、なるほどね!ボクはピンッときたよ。その神が細工をした訳だ」

「正解よ。デウスマキナが管理する全ての世界にその神が細工を施したの。その結果、デウスマキナが管理する全ての世界が崩壊の危機を迎えた」

「天変地異でも起きたか?」

「それもあるわね。他には瘴気が吹き出したとか、魔物が溢れかえったとか様々よ。簡単に対処出来ないように様々な異変を起こして世界を壊そうとしていたの」

「デウスマキナの評価を下げる為か⋯ふざけた話だな。他者の評価を下げる為に努力してどうする。自分を磨かなければ結果などついてこない」

「皆が皆、キルケーみたいに強い訳じゃないってことよ」


 不満そうに腕を組んでいるけど、多くの神はそんなもんよ。キルケーやデウスマキナといった力のある神ならともかく、世渡りが上手いだけの神は結局どこかで壁にぶち当たる。その時に壁を超える為努力するのではなく、壁を越えさせないように他者を引きずり下ろそうとするのだからタチが悪いの。

 デウスマキナに出世して欲しくないからと、彼の管理する世界を全て壊す?バカじゃないの!?何百億⋯何千億っていう定命の者がジジイが定めた魂の流れから外れる事になるのよ!元の魂の流れに戻すのにどれだけの労力が必要か⋯。そのしわ寄せがどこまでいくか⋯少なくとも当時の私には他人事ではなかった。

 だからデウスマキナと一緒に必死になって世界の崩壊を食い止めたの。二人して安堵して良かった!と抱き合っていたわね。それくらい必死だったもの。


 その後、冷静になって怒りが込み上げてきたからデウスマキナと共に犯人探しを行ったわね。優秀なデウスマキナが動いた事で直ぐに犯人は見つかり、ジジイの手によって処罰された。とてもではないけど許される事ではなかったの。

 デウスマキナの管理する世界が全て壊れればどれだけの被害が出るか。考えただけでも震えてくるわ。


「って感じよ。二人で協力して騒動を治めて⋯そのまま犯人探しを行った仲ってだけ」

「それが重要なんでしょ? デウスマキナも下手すれば今の地位を失うところだったじゃん。責任取らされて降格どころか消された可能性もあるね!

世界の崩壊を食い止める事が出来たから今のデウスマキナがいる。なるほどなるほど、彼がミラベルを評価する訳だ!」

「大した事はしてないのよ。正直に言えば彼一人でも治める事は出来たわ」


 これは本当の事。私が現場に居合わせたから手伝った結果になったけど、おそらく彼一人でも世界の崩壊を食い止める事は出来た。それだけデウスマキナは優秀な神だった。


「心を許せる相手が欲しかったんだろうなデウスマキナは」

「心を?」

「そうだ。奴は今も最高神の跡目争いをしている。周りは競争相手であり、敵だらけの状態だ。常に神から値踏みされ、その能力が次の最高神に相応しいか試されている。支持者はいてもそれは権力や権威を求めて近寄ってきた者たちだ。とてもではないが信用は出来ないのだろう」

「それでも部下はいるんじゃない?」

「アタシにとってのミラベルが奴にいるかどうかだな。部下だから大丈夫とはならないだろ?オーディンがそうだった」

「それもそうね」


 デウスマキナと共に最高神の跡目争いをしている神の一人、オーディン。彼には信頼する部下がいた。そう、過去形なの。

 簡潔に言えばオーディンは部下に裏切られた。あるいは見限られたと言った方がいいかしら? オーディンでは最高神にはなれないと、部下が判断してオーディンの元を離れた。そしてあろう事か、オーディンと跡目争いをしていたデウスマキナの下についた。表では腕を広げて喜んだでしょうけど、同時に頭を抱えたでしょうね。

 オーディンのように部下に裏切られるかも知れないと不安に思ったかも知れない。だからこそ心を許せる部下が⋯あるいは友が欲しかった。


「ミラベルの場合は出世欲はあっても派閥には興味ないもんね!」

「正直、誰が最高神になっても構わないわ。今みたいにしっかりと仕事が回るのならね」

「それはアタシも同意だ」

「それもミラベルを部下に欲しがった理由かなー?」


 うんうんと、セレーネが納得したように頷く。それもあるかも知れないわね。今の神社会は最高神の跡目争いをしているのもあって、何かしらの派閥に属している神の方が多い。私たちのような神はどちらかと言えば珍しい方ね。


「最高神の跡目争いに興味がなく、共に危機を乗り越えた⋯疑心暗鬼になってるところで、ミラベルの事を思い出したんだろうな」

「思い出さなくてもいいわよ。私は巻き込まれたくないもの」

「それはここにいる皆一緒だ。騒動には巻き込まれたくない」

「そうねー」

「うん」


 巻き込まれたくないのが本音。けど、神として生きるのなら必ずこの騒動には巻き込まれる。神社会の未来を決める一大事に不参加は許されない。

 私もキルケーも、セレーネも必ず選択を強いられる。それが明日か百年後かは分からない。


「あ、そうだ!ハーブティーの他にも押収した果物があるのー。食べる?」

「いただくわ」

「何があるんだ?」


 落ち込んだ雰囲気を変えるようにセレーネが壁際に置かれた戸棚から何かを取り出している。見た事もない形と色の果物ね。あれ、本当に食べられるの?横を見るとキルケーの顔が引き攣っている。気持ちは分かるわ⋯一目で分かる。絶対にまずい。


「ボクも押し付けられてさー。捨てるのももったいないから取っておいたのー。ボク一人じゃこの大きさは厳しくてね。けど皆と一緒なら食べ切れるよね!?」

「アタシは遠慮」

「なんかしないよね。食べるよね」

「はい」

「ミラベルも食べるよね?」

「はい」


 圧力に負けて食べた感想は一つ。不味かったわ。








「ふぅ⋯」


 キルケーとセレーネと別れ、自身の仕事部屋の椅子に腰掛けて一息つく。部屋を出る前はなかった机の上の書類は今は見なかった事にして、ほんの少しだけ思考を巡らせる。考える事はキルケーたちとの間で話題に上がった跡目争いのこと。


 ───ジジイ亡き後の最高神は簡単には決まらないと思う。絶大な権力を求めて必ず争いが起こる。それに備えて神や天使の抱え込みを行っている。間違いなく血なまぐさい事になるわね⋯。


 いつの日かジジイが私に言っていた事を思い出す。ジジイが亡くなった後に幾つかの分岐点を経て最悪の未来へとたどり着いた時に起こる大騒動。




神々の黄昏ラグナロク




 ───といってもまだ先の話だし、今は先のことを考えずケイトの育成に集中させて貰いましょう。


「これならどうだ!」

「コケェェェェ」


 私の視線の先にはシャウトバードと戦うケイトの姿がある。しばらく見ない間に強くなったわね。前と違ってちゃんと戦いになってる。まだまだシャウトバードには敵わないみたいだけどね。それでも合格点をあげてもいいくらいにへ強くなったわ。


 ライアーの指導でメキメキと実力を伸ばしているみたいだし、そろそろケイトに試練を与えてもいいかも知れない。


 さしずめ『第一の試練』ってところかしら。


「あなたに決めたわ」


 視線の先に映る一枚の書類。善行よりも遥かに悪行の方が多い悪人の定命の者。貴方の力、貸してくれないかしら?

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