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第十八話 悪の魂

 ───バリス・マッカートン。享年は41歳、性別は男。上司せんぱいの世界から送られてきた魂のようね。『アース』のように平和な世界だったみたいだけど、彼の場合は生まれてくる時代と世界を間違えたわね。平和な世界でなければ彼もまた英雄と呼べる存在になり得たかも知れない逸材。

 残念ながら平和な世界で彼が行った事は英雄の功績として評価される事はなく、世紀の大犯罪として、最悪の悪人として歴史に名を残したようね。


 軽く書類を捲ると思わず笑ってしまう。凄いわね⋯たった一人でよくこれだけの罪を重ねたものよ。善行が殆どなく悪行に振り切っているのも面白い。

 当然だけど、バリスはそのまま次の世界へと送られる事はない。こんな大悪人を次の世界へと送れば記憶を消しても魂に刻まれたカルマは消えないからまた同じ過ちを犯す。だからペナルティを与え、罪を無理矢理にでも償わせる。彼の魂を浄化する為にね。


 ケイトの時と違ってバリスの場合は振り切っているから、仕分けとしてやりやすいから本来ならこんなに悩む必要はないのよね。なら、なんで私が悩んでいるか?

 難しい話ではないわ。ここまで振り切った悪人ならケイトの育成の為の当て馬に使っても問題ないんじゃないかと思ったからよ。

 今は私が創った魂を持たない魔物モドキが世界を闊歩しているけど、いずれはモドキから定命の者へとシフトチェンジする予定なの。

 悪行を重ねた多くの魂は同じ種族に生まれ変われない。罪の重さにもよるけど、魔物だったり家畜だったり生前よりもランクを落とされて転生する。中には植物に転生した定命の者もいたわね。


 バリスの悪行を考えれば彼は花に転生させるべきなんだけど、試験的に魔物として送り出しましょう。魂を持つ魔物がどれだけ世界に影響を及ぼすか確認して、どれくらいの調整が必要か把握しましょう。

 いずれシスは役目を終えればこの世界から消えるから、シスの操作がなくても問題ない状況にしていきたいわ。そこは長い目で見ていきましょう。


 ───神の権限を発動し、バリスの魂を私の目の前へと召喚する。びっくりするくらい真っ黒ね。悪に染まった魂の色をしている。けど、同時に強い輝きを放っている。

 悪人としての信念も持ち得ていたみたいだから、違う世界なら英雄へと成長したわね。けど、平和な世界だったから試練がなかった…。今のバリスはケイトより強いけど、まだ凡人の域を出ていない。実力も拮抗していて良い試練になるんじゃないかしら?


「こうして対話するのは初めて。初めましてと言っておきましょうか」

「誰だ、お前は!俺様を誰だと思っている!」


 空中にふよふよと浮遊する黒い魂が困惑しているのが伝わってくる。強い言葉を使って私を牽制しているようね。か弱い定命の者になら通じるけど、お生憎様…。神相手にそんな小細工は無意味よ。


「貴方はバリス・マッカートンで間違いないわね?」

「人違いだ。俺様はバリスなんて者ではない」

「偽りを述べても無意味よ。心がしっかりと答えてくれているのだから。それに、私はそんなくだらないやり取りをしたい訳ではないの。良い子だから嘘を言うのはやめなさい」

「チッ」


 可愛くないわね。口には出していないけど心中で物凄い悪態をついている。悪人に対して良い子にしなさいって言っても聞く訳ないわよね。それもまた面白いから構わないのだけど。


「一応名乗っておきましょうか。私の名前はミラベル。貴方たちが神と呼ぶ存在」

「神⋯だと!?」

「物の怪の類ではないわ。悪霊でもホラ吹きでもない。今の状況が答えじゃないかしら?受け入れなさい⋯今、貴方の目の前にいる存在が超常の者だと」

「チッ」


 舌打ちをやめなさい。本当に可愛くないわね。けど、頭の回転が早いのは褒めてあげる。それに言動とは裏腹にちゃんと冷静ね。荒い言葉使いとは思えない程、知的な思考をしている。

 生前の姿も確認したけど、これは騙されるわよね。野蛮そうに見えて中身は策士のように賢いのだもの。今も自分の体が思うように動かせない事や、私の発言から真偽を確かめようとしている。そんなに疑わなくても私は正真正銘の神さまよ。言ったところで今の彼は信じないでしょうけど。


「さて、今の状況について説明しておこうかしら」

「⋯⋯⋯⋯」


 ケイトと違って可愛げがないわね。彼の場合は心を読んでも楽しくないわ。悪態しかついてないんだもん。


「先に言っておくわ。貴方は死んだのよ。それは理解しているわよね」

「あぁ⋯。売女に売られて殺されたのは覚えているさ!金に目のくらんだ薄汚い雌豚が!!!」

「死んだ理由だから怒るのは分かるけど、私に対して吠えないでよ。死んでしまってるからどうにも出来ないわよ」

「チッ」


 だから、その舌打ちをやめなさい。次やったらはっ倒してやろうかしは? 肉体のない魂だけの状態で神に叩かれたら痛いわよー。

 どうも神という存在を甘く見ている気がするのよね。それくらい生意気な方が私も心を痛めずに済むからいいのだけど。


「話を進めるわね。私は今から貴方を次の世界へと送らなければいけないの」

「なら、さっさと送ればいい。好きにしろ」

「せっかちねー。けど、話を聞いた方が貴方の為だと思うわよ」

「なんだと?」

「貴方は軽く考えているみたいだけど、貴方はこのまま次の世界に送られたら人じゃなくて花として生きる事になるのよ」

「⋯⋯何を言っている」


 声が震えているわよ。でも、恐怖ではないわね。理解が追いつかず困惑している様子。それが普通の反応よね。

 英雄なんかはやたら理解が早くて私が驚く事があるもの。似たような魂の事例で言うなら『フラスコ』に送り込んだシャウトバードね。彼も悪行を多く積んだ事で人間から家畜へと落とされた。彼の場合は理由を伝える前からそうなる事が分かっていたって雰囲気だったわ。

 生前の彼が入信していた宗教の影響もあるでしょうけどね。バリスの場合は無宗教であり、神なんかクソ喰らえってわたしを前に平気で言うようなやつよ。これからの説明も一悶着あるでしょうね。


「貴方は生前、悪行を積みすぎたのよ。貴方が行った事は神の基準から許されない行為として認定されたの」

「⋯⋯⋯」

「貴方をそのまま次の世界に送りこめばまた同じ事をするでしょ?貴方の場合は意味のある殺しではないんですもの。そうよね、快楽主義の大量殺人犯さん」

「俺は⋯そんな事はもうしない」

「無駄よ、神に偽りの言葉は通じないわ。全て見透かされていると思いなさい」


 チッっと舌打ちされたので空中に浮かぶ黒い魂に平手打ちをした。パチンっと乾いたいい音がしたわね。かき消すように響いたバリスの絶叫が音を全て飲み込んだのだけど。

 そんなに痛がる事かしら? 軽く叩いただけよ、軽くね。だから直ぐに治めると思ったのにまだ泣き喚いているわ。煩くて仕方ないわね。


「声を抑えないともう一発いくわよ」


 小さな悲鳴と共に無理矢理声を抑え込んだのが分かった。心を読むと物凄く怯えているのが伝わってきたわ。初めて体感した痛みに体の芯から恐怖を覚えたみたいね。

 生身の身体で味わう痛みとは別の魂への痛み。本能的に理解したんでしょうね、魂を傷付けられると消滅してしまうって。


 私が体を動かせばビクッと魂が震える。完全に上下関係が出来上がったわね。やはり関係を構築するに当たって楽なのは力関係ね。

 神が相手でないのならこれ程分かりやすく簡単なものはないわ。私の好みではないから、あまりしたくはないのだけど。


「静かになったし話を続けるわ。私たち神の仕事の一つに魂の管理があるわ。亡くなった定命の者の魂を次の世界へと導いてあげるのが私達の役目。その際に重要視されるのが生前に行った、善行と悪行なの」

「⋯⋯⋯⋯」

「貴方は善行を積んでいないから、善行の話はナシよ。悪行を積んだ貴方は世界へ送る前にペナルティを与える規則きまりがあるの」

「ペナルティ⋯ですか」

「そうよ。大悪人の貴方は次の世界でも必ず同じ過ちを繰り返す。⋯あ、弁解しなくてもいいわよ。それが魂に刻まれたカルマなのは分かってるから追及するつもりはないわ」


 面白いわね。表の口調だけじゃなくて心の中まで態度が変わってるわ。余程に平手打ちが効いたのね。可哀想だけど、話が楽だからこのまま進めるわ。


「もう一度言うわね。貴方の来世は花よ。人間ではなく野原に咲く一輪の花としての一生を遂げる事になるの」

「なんで⋯花になるんですか?」

「それだけ貴方がしてきた事が業が深いって事よ。貴方は何人殺したの?」

「一人だけ」

「偽りはダメよ」

「千を超えてからは数えてないから知りません」

「そうよね」


 彼が殺した定命の者の数はおよそ三千人。時代や世界によってはやむなく人を殺す事は有り得るのだけど、彼は違うようね。意味もなく罪のない定命の者を殺し続けたの。何故殺したか? 常人には理解出来ない感性だけど、定命の者が口から漏らす悲鳴や絶望に染まった顔が大好きだからみたいね。真性の悪人ね。

 自身の快楽の為だけに定命の者を殺し回った罪は重たいわ。バリスに伝えるべきかしら? 花としての一生は500年くらいは続くわよって。罪の重さに比例するように禊の期間は長く設置される。

 そのせいもあって『フラスコ』で最も寿命が長い植物科の花に転生した上に、生物もろくに現れない辺境な地に送られる予定なの。オマケに罪の重さを自覚させる為に記憶の削除はナシの方向よ。何も出来ずに無為に500年過ぎれば少しは魂も浄化されるでしょうね。


「本来なら貴方が犯した罪を自覚させる為に重たいペナルティを課すのよ」

「本来なら⋯」

「そう。今回は特例としてペナルティはナシでいこうと思ってるの」

「え?」


 何を言われた分からず固まってから数秒後に思考が動き出した。あからさまに疑ってるわね。そんな甘い話はないと。上にあげて叩き落として楽しむ気だとか、⋯失礼ねそんな事はしないわね。ただ、ケイトの育成に協力して欲しいだけよ。本当にそれだけ。


「ただし一つ私の頼み事を聞いて欲しいのよ」

「頼み事ですか?」

「そうよ。神さまからのお願いって事ね」


 バリスが理解しやすいように彼を送る予定である『フラスコ』を彼と私の間に出現させる。


「見えるかしら?これが今から貴方を送り込む世界⋯『フラスコよ』」

「フラスコ⋯」

「そこで貴方にある定命の者⋯人間を一人殺して欲しいの。人殺しが得意な貴方にピッタリな頼み事でしょ?」


 私の頼み事が予想外だったのか、バリスがまた固まったわね。さっきと同じように数秒後には思考が動き出して色々と煩く考え始めるんでしょうけど⋯。あ、考え始めたわね。人を一人殺す?そんな簡単な事でいいのか?とか何か裏があるに違いないとか、あながち間違ってはいないわ。ちゃんと裏はあるもの。


「そんな簡単な事でいいのですか?」

「常人ならそんな解答はしないわ。流石は快楽殺人者ね⋯まぁ、それでいいわ。貴方を呼んだのはその為ですもの」

「⋯⋯⋯⋯」

「さて、頼み事の詳細は貴方の姿を変えてからにしましょう」

「どういう事だ!ペナルティはないと」

「花にはしないわ。けど、人間でもないの。貴方が今から成るのは魔物よ」


 空中に浮遊する黒い魂を内側に隠すように肉の塊が現れ、ものの数秒で形を変え姿を整えていく。

 現れたのは体長3メートル程の二足歩行のトカゲ。種族名で呼ぶならリザードマンだったかしら? 彼の魂の色を表したように全身を黒い鱗が覆い、琥珀色の瞳は殺意と共に血走っている。本来リザードマンには生えない筈の髭が生えているのが面白いわね。生前のバリスは立派な髭を蓄えていたみたいだけど、それが反映されたのかしら?


 神の権限を使い真っ裸な彼に鎧を着せる。鎧と一緒に生前の彼が愛用した肉切り包丁もプレゼントね。右手に握る相棒の感触を思い出したのか大きな口を歪め楽しそうに笑っている。

 これは分かりやすい悪役ね。私の目に狂いはなかったわ。彼ならきっとケイトの敵役あてうまになってくれるわ。


 わたしがケイトに与える第一の試練。名付けるなら、そうね。


 ───『リザードマンの襲撃』なんて、どうかしら? 

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