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第十九話 たった一人の為の敵役

「人間ではないけど、貴方からしたら満更でもないんじゃない?」

「ああ⋯満更でもない、いや最高だ!体の底から力が溢れてくる。俺様は人を殺せさえすれば人でなくてもいい!悲鳴と絶望に染まった表情さえ見れれればな!!ケヒャヒャヒャ!」


 ペナルティを与えると言った時に怒ったのは、人を殺せなくなるんじゃないかという杞憂から。花や自身の意思で動けなくなるのを恐れていた。人でなくなる事よりも人を殺せなくなる事を恐れるなんて⋯、本当に面白い。色んな定命の者がいるわねー。


 リザードマンに姿を変えたけど、むしろ人間の時よりも喜んでいる。この力があればもっと沢山の人を殺せるなんて笑ってるもの。残念ながらケイト以外殺せないように縛りは設けるのだけど。

 貴方の役目はあくまでもケイトの敵役よ。それ以外の人間を殺されたら困るわ。


「さて、頼み事の詳細について話してもいいかしら?」

「あぁ、構わない。神などどうでもいいと考えていたが、俺様に力と機会を与えくれるなら至高の存在として崇めよう!」

「そういうのは必要ないわ。私はただ頼み事を実行してくれる者が欲しいだけだから」


 信仰心なんて微塵も持ち合わせていないでしょ?言葉巧みに相手を持ち上げて気持ちよくさせて自分が好きなようにしたいのが見え見えよ。さっきまでの怯えはどこにいったのかしら?リザードマンになった事で力が増して全能感に溺れてるのかしら。⋯そんな感じね。


「貴方にするお願いは先程言ったように一人の人間を殺して欲しいの」

「⋯⋯強いのか?」

「いえ、現状だと貴方の方が強いわ」


 意外と冷静ね。俺様に任せろなんて頭空っぽの返事ではなかったわ。しっかりと私の頼み事の意味を探ろうとしている。厄介事を頼まれたかどうか見極めようとしているのかしら?

 言葉で説明するより見せた方が早いかもね。バリスを納得させる為にもまずはケイトの情報を共有しましょう。『フラスコ』を管理モードへと以降して、バリスにも分かるようにゆっくりと操作する。


 少しづつ縮小していく事で大陸のどの辺かをまずバリスに認識させる。見せるだけじゃなく、同時に言葉でも説明してるから流石に理解出来たみたいね。


「貴方の標的がいるのはこの村よ」

「随分と文明が遅れているな」

「過去にタイムスリップしたとでも解釈しなさい。けど、貴方の世界には魔物なんていなかったでしょう?」

「そうだな」


 ケイトの村から視点を外しバリスにも分かるように魔物を映す。もう少し強そうなのでも良かったけど、魔物の存在を認識させるだけならゴブリンでもいいわね。


「なるほどな」


 注意深くゴブリンの事を見据えている。物騒な事を考えているわね。体の作りが人間に近いからまずは四肢を切断して相手の手段を奪ってから、じわじわとなぶり殺しにするべきかとか。首を一思いにハネる方が早いかとか、殺し方について思考を回している。


「ちなみに今の貴方も先程見せたゴブリンと同じように魔物としての扱われるわ」

「なんだと!?俺様があんな醜い緑チビと一緒だと言うのか!」

「分類として纏めると一緒ってだけよ。姿形も名前も全て違うわ。気になるなら今の貴方がどんな姿をしているか確認する?」

「あぁ、見せてくれ」


 神の権限を発動して床から等身大の鏡を生やす。ニョキニョキニョキと、草木が生えてくるように鏡が出てくるのはいつ見てもシュールね。

 バリスはそんな事気にもしていない様子。鏡に映った自分の姿を食い入るように見つめているわ。やっぱり人間の方が良かったのかしら?今の彼の姿はお世辞にもカッコイイとは言えないわ。おぞましいとか不気味とか、そういう言葉の方が似合うくらいよ。

 と、思ったけど私の杞憂だったみたいね。


「イカすじゃないか!俺様カッコイイぞ!!」

「そうね、良かったわね」


 鏡に向かって自画自賛するバリスが鬱陶しいので、鏡を収納する。床に沈んでいくその最後まで自分の姿を見ようと床にへばりつく姿は間抜けだと気付きなさい。

 『そろそろいいかしら?』と声をかけると満足気に笑みを浮かべたバリスが立ち上がる。


「さて、改めて貴方の標的について説明しましょう」


 場面の操作を行いバリスの目にケイトの姿が映るように切り替えると、シャウトバードに負けて地面に転がるケイトの姿が映った。今の時間はライアーと鍛錬していると思ったのだけど、違ったわね。どうやらライアーは用事があったらしく少し早めに鍛錬を切り上げたのね。それで時間が出来たからシャウトバードに挑んだ訳ね。結果は語るまでもないわ。


「あのガキがそうか」

「そうよ」

「ガキの頭に乗ってる鳥はなんだ?」

「シャウトバードって呼ばれる家畜ね。ケイトはよくあの家畜に挑んでは負けているの」

「家畜にか?」


 ケイトの頭の上に乗りシャウトバードが勝利宣言するように鳴いている。その様子を見たバリスが小馬鹿にするように鼻で笑った。

 家畜に負ける奴が標的とは思ってなかったのね。これは簡単な仕事になりそうだとか色々考えているけど、貴方がシャウトバードに挑んでも百パーセント負けるわよ。ケイトが弱いんじゃなくてシャウトバードが強いのよ。そこは勘違いしてはいけないわ。

 贔屓目なしにバリスとケイトの二人を比べると優位なのはバリスよ。身体能力の違いから始まり技術の面でもケイトはバリスに負けている。唯一の勝機があるとすればケイトだけが持つ能力ね。『時を止める能力』を上手く活用出来れば実力差を覆す事が出来るかも知れない。


「彼の名前はケイトよ。標的の名前だから覚えておきなさい」

「ファミリーネームはないのか?」

「ないわ。フラスコこの世界ではファミリーネームを持つのは貴族や王族だけよ。爵位のようにファミリーネームも権威の象徴なのよ」

「不便だな」

「そこら辺は価値観の違いねー」


 種族が同じでも世界が異なれば価値観は違う。あと、『フラスコ』の住人はファミリーネームがなくても不便だとは思っていないわよ。最初から持っていないモノというのもあるけど、名前を名乗るだけで権力者であると分かるからその情報を重宝しているみたいね。


「見ての通り変わったところは何もない、平凡は人間よ」

「そのようだな⋯」

「貴方は彼を殺すだけでいいの。そうすれば貴方は晴れて自由の身よ。」

「殺せなければどうなる?」

「殺せなくても罰を与える気はないけど、そうね⋯後で話と違うと言われても困るから先に言っておくわね」


 必要以上にケイトの情報を取られないように管理モードを終了して、私たちの前から『フラスコ』を消す。私との会話を交えながらも標的であるケイトからは視線を外していなかったわね。少しでも標的の情報を得ようとしていたみたいね。

 筋肉の付き方や利き腕、癖なんかを一つでも手に入れてケイトを殺す時に活かすつもりだったようよ。抜け目がないわねー。


「今から貴方を送る世界で、殺せる人間は標的であるケイトだけよ」

「なんだと!」

「言いたい事は分かるから今は我慢しなさい。ちゃんと説明してあげるから」

「チッ」


 また舌打ちしたわねと、ため息を吐きつつ右手で空気を弾いてバリスの魂に直接攻撃する。神力を使った攻撃だから定命の者には感知する事すら出来ないわ。空気の弾が魂に当たり、痛みにのたうち回るバリスに『次、舌打ちしたらもっと痛いの喰らわせるわよ』と忠告をいれておく。


「痛みを噛み締めながら良く聞きなさい。もう一度言うわ、『フラスコ』で貴方が殺せる人間はケイトだけよ。ただし、ケイトを殺す事ができたら別の世界に送ってあげる。その世界ならどれだけ人間を殺しても構わないわ」

「⋯⋯ぐっ⋯⋯はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯その話、本当だろうな?」

「ええ、本当よ。ちゃんと殺せたら送ってあげる。その代わり『フラスコ』ではケイト以外の人間を殺してはダメよ。殺した瞬間にペナルティを与えるわ。言わなくても分かるでしょ?」

「⋯⋯花としての一生か」

「そうよ。ペナルティは重たいわよ。元々の罪に加えて⋯神を裏切ったんだもの。千年は何も出来ない生き地獄を味わう事になるかもね」


 ギリッと歯をかみ締める音が聞こえた。右手に握る肉切り包丁に力が籠ってるわね。けど、勝てないと分かってるから私に挑んではこない。賢い選択ね。


「不満なのは分かるわ。けど、貴方は元々ペナルティを受ける予定だったのよ。私の頼み事を聞けないのならこの話すらナシよ。花として一生を送りなさい」

「分かった!言う通りにする!だから約束しろ!あのガキを殺せば⋯好きなように人を殺していいと!」

「約束するわ。貴方に殺せたなら⋯どれだけ人間を殺しても構わない世界に送ってあげる」


 正確には人間モドキしかいない世界だけどね。流石に定命の者を殺されたら困るのよ。だからどこかの世界の片隅に貴方だけの楽園を創ってあげる。そこで好きなだけ人間の姿をした人形を殺し回ってなさい。

 ちゃんと貴方が望むように悲鳴を上げたり、抵抗するように調整してあげる。


「分かった。俺様は必ずあのガキを殺す。約束を違えるなよ」

「貴方が私との約束を守っている間はちゃんと守ってあげるわ」

「チッ」


 懲りない子ね。


 先程と同じように空気の弾を弾いて魂に当て、悶え苦しんでいるバリスに手を振りながら『フラスコ』へ送り込む。血走った目が私に向けられていたわね。ケイトを殺したら次は私を殺したいそうよ。無理な話なんだけど。


 あ、そうだ。念の為にバリスに縛りを設けておきましょう。問題ないと思うけど保険はかけておくべきね。保険の有難みはロロのお陰で身に染みたわ。


 まずは私の事と私とのやり取りを誰かに伝える事を禁ずるわ。私がケイトを殺すように指示したのがバレたら育成計画全てが破綻するもの。

 それと、殺さなければ大丈夫だろうと定命の者を傷付けられても困るから命や後遺症が残る攻撃を行うのも禁止ね。他にも諸々つけておいてっと。これで大丈夫ね。


「さて、後は貴方次第よケイト」


 バリスは他の魔物とは違うわよ。彼は自分の快楽の為に貴方を狙う。ケイトの命だけを狙ってくる貴方だけの敵。


 たった一人の為にも用意した敵役なの。


 準備はいいケイト?全てを出し切ってバリスを倒してみせなさい。貴方ならそれができるって信じてるわ。


 さぁ、神の試練の始まりよ!

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