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STORY6.リザードマンの襲撃

 唐突な自分語りになるが、師匠ができた。ちなみにロドフィンではない。あのえちえちな神様が黒竜と共に封印された後、強くならないといけないという思いが込み上げてきたので、再度ロドフィンに頭を下げて弟子入りを志願した。


 ───殴られた。


 なんでーって思いと共に吹き飛ばされていたな。ロドフィン曰く『オレの拳は誰にか教える為のものではなく、頂きを目指す為に鍛え上げてきたものだ。頂きにすら届いていない拳を伝授する事も、他人に時間を費やす暇もオレにはない!』との事だ。

 話長いなーって感想を持っているとボコボコにされたな。顔に出ていたらしい。そんな経緯があり、ロドフィンへの弟子入りは断念した。


 なら、俺の師匠となった者誰なのか?当然の疑問だ。気になるよな!気になるよな!という事でここで師匠の登場!とはいかない。


 アニメや漫画ならこういったモノローグの後に師匠が現れて紹介パートに行くんだろうけど、残念ながら今俺が住む村に師匠は不在である。近くの町に訪れている商会に用があるらしく3日前から村を離れている。

 宿題として日課である剣の素振りや、体の鍛錬を怠らないようにと、念入りに言われたな。子供ではないからそんなに言わなくても守るって!


 努力は確かに好きではなかった。どれだけ努力しても埋められない溝が常に目の前にあったからだ。凡人の俺と天才の兄、背中を追うだけの学生時代はあまりに苦痛だった。

 俺がどれだけ努力してもその努力は認められず、天才の兄と比較され続けた。それでも努力を続けた。努力して努力してたくさん努力して、その結果が実を結んで兄を超えた時に俺は家族に褒められるんじゃないかと。褒めて欲しいと、兄みたいになれるんじゃないかと叶わぬ望みに手を伸ばし続けた。


 兄は越えられなかった。冷静に考えれば分かる話だ。俺が努力するように兄も努力する。兄は才能に溺れるようなタイプではなかった。俺と兄との溝は縮まるところかどんどん広がっていった。

 努力の仕方にも才能の差が出た。そして、いつしか努力する事を諦めた。兄のようになれないと。兄のように家族から認められ褒められる事が、叶うことのない望みだと気付いてしまったから。兄が亡くなった後もその幻影が付き纏っているようだった。努力は諦めた。けど、兄のようになりたかった。特別な存在になりたかった。


 小説やアニメにどっぷりとハマったのはそういう背景があったからだろう。俺も神様に出会ってチートを貰えば兄のようになれると勘違いしていた。才能がないからと足を止めれば先はない。一歩でも前に進み続けるには努力するしかない。努力を諦めた俺をミラベルは見透かしていた。お陰で俺もこの世界で頑張る事が出来た。


 新しく出来たこの世界の家族は俺の事を神童だの天才だのと褒めてくれた。俺が欲しかった愛情をめいいっぱい注いでくれた。その愛情が原動力となり、俺は努力を続ける事が出来た。

 最初は主人公のような存在になりたいという自分本位な努力で、いつしか家族が大切な宝物へと変わり、家族の為に立派になろうと努力の方向性は変わった。そして、世界が変わりモンスターという脅威が現れた今、俺に努力を怠るという選択肢はない!


 改めて思う。ちゃんと努力してるよな、俺?師匠がサボってないか心配するほど、横着者か? 違うと信じたい。

 師匠曰く今はミラベルも別件で席を外しているから、俺の様子を見ている者が誰もいないからなんて言ってたな。子供か俺は!

 俺もこの世界では成人してるぞ!まぁ、そんな事で怒っても仕方ないか。師匠に言われた日課の鍛錬もしっかり行ったし、ロドフィンとの手合わせも終わった。結果?言わせんなよ。俺の負けだ。


 ちなみに師匠相手にも全戦全敗中だ。ロドフィンとの手合わせと違い一方的な展開になってないのは稽古だからだろうな。実力差は手合わせしていると嫌という程分かった。あ、これ手加減されてるなってのがよく分かるんだ。

 目線とかでここに攻撃するぞ、対処してみろみたいな合図がくるから俺はそれに応えるだけだしな。教え方は上手いし師匠は多分、褒めて伸ばすタイプなんだろうな? 筋が良いとか師匠に褒めて貰うと心がポカポカする。

 師匠に手合わせして貰いたいけど今はいないしなー。


 はぁっと残念な思いからため息を吐いているとこちらに駆け寄ってくるソフィアの姿が見えた。今日は動きやすい服装にしているみたいだな。スカートではないから下着とかは見えないゾ!

 今のは少しばかり気持ち悪かったなと自分でも思った。反省しよう。背中に小柄な体型に不釣合いな程、大きな籠を背負っている。今は何も入っていないから軽いだろうけど、中身が一杯になれば重たくなるだろうな。まぁ、中身が一杯になった後あの籠を背負うのは俺だし、そこまで気にする必要はないだろ。

 俺の場合は鍛錬だと思えば苦にもならない。


「ごめん、待った?」

「結構待ったな」

「そこは嘘でも待ってないって言うべきじゃない?女の子にモテないよそんなんだと」

「モテたい気持ちはあるけど⋯ソフィアに嘘をつきたくはないしなー」

「何よそれ⋯」


 満更でもない表情だな。ソフィアとは家が隣でかつ同い年という事もあり、過ごした年月は家族と変わらないくらいに濃い。

 前世で言うところの幼なじみの関係だから、ソフィア相手だと気負わなくていいから楽だな。今くらいのやり取りも何時もの事だし、深く考える必要もないだろ。


「ソフィアが来たことだし、行こうぜ」

「うん!二人で採りに行くのは久しぶりだね」

「最近はモンスターを警戒して採りに行くのは禁止だったからな」

「前みたいに気軽に行けたらいいんだけどね。父さんは危ないから村を出るなって」

「モンスターが出る以上仕方ないだろ? 薬草を採るだけとはいえ、村から少し離れる事になる事になるから心配なんだよ」

「気持ちは分かってるから強くは言えないんだけどね」


 出発前にソフィアが背負っていた籠を受け取り、自分で背負う。行きくらいは背負うよって言ってはいたが、万が一モンスターと出会した時にソフィアが逃げる際の邪魔にならないように俺が背負う事にした。

 鍛えている俺と違いソフィアがモンスターと戦うのは不可能だ。モンスターと獣を一緒にしていいかは不明だけど、基本的に獲物として狙うのは弱い方だ。その方が狩るのは簡単だからな。俺とソフィアだったら間違いなくソフィアが狙われる。当然俺はそんな事を許すつもりはない。

 戦う為の剣も持ってきている。倒す事は無理でもソフィアを逃がすだけの時間は稼げる筈だ。ソフィアも助けを呼ぶ為なら躊躇せずに逃げてくれるだろう。


 実際に俺がモンスターと戦った後、村に一つの決まり事が出来た。パトロールは常に二人以上で行う事、万が一モンスターと遭遇するような事があれば直ぐに助けを呼びに行く事。

 前者は分かると思うから省略。後者は誰を呼びに行くんだと言う話になると思う。一人は師匠である。

 詳細は長くなるので省くが、ミラベルの部下であり俺の指導の為に村に訪れた師匠は、単独でモンスターの討伐が可能な程に強い。

 流石に黒竜は倒せないとは言ってはいたが、雑魚なら幾ら群がっても問題ないと俺がボコボコにされたオオカミ似のモンスターの群れ容易く壊滅させている光景に、本当に?という疑問が浮かんだほどだ。


 師匠は神ではなくミラベルに仕える天使の一人らしく、多忙なミラベルに変わり俺の指導をしている。人ではないからかポテンシャルがそもそも違うのかも知れないな。

 そんな師匠とまともにやり合える存在がこの村にはいる。人ではなく家畜⋯ここまで言えば誰だって分かるだろう。そう、ロドフィンだ。俺の住む村の住人はロドフィンの強さを嫌という程に知っている。その強さを頼りにしている訳だ。

 冷静になって考えると家畜であるニワトリに助けを求めるっておかしな光景だよな?


「着いたねー」

「何事もなく着いて良かったな」

「うん。見知った道でもモンスターがいるかいないか警戒してたらドキドキするね!」

「実際に出くわしたらドキドキでは済まないけどな」


 村から少し離れ位置に小山が一つ存在する。女子供の足でも一時間とかからずに登頂できるような小さな山だ。普段から村の人間が出入りしている事もあり、登山の為の道は手入れされているので比較的登りやすい。山頂も同じように人の手が入っている。

 山頂に到着した事で一息ついていると、ソフィアが目的の品を見つけたらしく駆け寄っている。一人にするのは危険だなと直ぐにその後を追う。過保護だと思うが村を離れているから何が起こるか分からないからな。


「ほら、ケイト!薬草がちゃんと育ってるよ」

「思っていたより生えているな。前に採りに来たのは3ヶ月前だから、量は期待してなかったんだけど」

「最近はお天道様も機嫌が良かったからじゃない?」

「それもあるか」


 背負っていた籠を地面に下ろし薬草の状態を確認して籠に入れていくという作業をソフィアと共に行う。しゃがみながらの作業だと腰に差した剣が邪魔なので手の届くところに置いておく。

 今回の目的は村で備蓄していた薬草がモンスターの襲来とその被害で、減っているので補充する為だ。

 モンスターが現れる前はソフィア一人でも採り行く事が出来たけど、今はそんな危険な事をさせられない。本来は俺一人で採りに来る予定だったんだが、気付いたらソフィアが同行していた。

 父親であるロイドさんも止めてはいたが、ソフィアに言い負かされたらしく娘を頼んだと肩を叩かれた。周辺のモンスターは師匠が町に向かう前に狩り尽くしたから大丈夫だろうと判断を下したらしい。後は俺に対する信頼だろうか? ケイトなら大丈夫だろうとニッコリと笑みを浮かべて頼まれた。正直、不安もあるが頼まれたからにはソフィアに傷一つ負わすこと無く村に帰るつもりだ。


「そういえばさ、ケイト」

「なんだ?」

「ケイトはさ⋯ライアーさんの事が好きなの?」

「ぶっ!!」


 予想だにしない質問に思わず吹き出してしまった。急になんだよとソフィアを見ると真剣な表情で俺を見つめていた。何が言いたげに瞳が揺れている。


「⋯⋯⋯⋯師匠の事か」

「うん。好きなの?」


 聞いてきたのはそっちなのに何でそんなに俺の返事を聞きたくない、みたいな態度をするんだ? ⋯⋯いや、俺も別に鈍感ではないから分かってるつもりだ。俺がとんでもない勘違い野郎でなければな。

 ソフィアが師匠に嫉妬している事には気付いていた。本来なら一緒に過ごした時間が師匠が来た事で減ったのが不満らしい。言い訳をするならその時間が鍛錬の時間に変わっただけなんだが、ソフィアからするとそれは許せないらしい。幼なじみであるわたしより師匠を取るの?と一度言われたな。

 それと、師匠に手取り足取り教えて貰っていると鼻の下が伸びてると苦言も飛んできた。ココ最近は特に師匠関係で俺に対する当たりが強い。可愛い嫉妬だと思えば⋯悪い気もしない。


「好きか嫌いかで言えば好きだな」

「そっか⋯」

「けど、師匠として好きってだけで女性として好きって訳ではないぞ。確かに師匠は綺麗だし、優しいし強いけど⋯俺はソフィアの方が好きだ」

「え、⋯それって」

「こんな場所で言うのもアレだけど⋯」


 顔を赤くしたソフィアが凄い可愛らしい。あと一言ソフィアに告げるだけなんだけど、緊張のせいか言葉が出ない。心の準備をしてなかったのが大きいな。いつかはソフィアに告白するつもりだったけど、今日は流石に予定していなかった。

 フラれないと分かっていても前世の初恋の苦い思い出が脳裏に過ぎる。いや、過去は過去だ。苦い思い出に足踏みして今を逃すな。


「ソフィア!」

「うん」


 ───俺と付き合ってくれ。


 その一言が出なかった。背後に感じた強い視線とその視線に込められた感情が俺の思考を切り替えた。

 思考が回ると共に能力を使って時を止める。たった一秒。けど、その一秒の踏み出しで結果は変わる。


「っ!」

「ケイト!?」


 時が動くのと地面を強く蹴り、ソフィアを抱えて地面を転がるのは同時だった。突然の事に驚きながらも顔を赤くしたまま、俺の胸に顔を埋めるソフィアが視界に入った。

 今はそれところではないと、口にするより先にドオォンという大きな音を立て俺たちが先程までいた場所に、一本の木が刺さった。


 『薬草どうすんだこれ』という場違いな感想は置いておいて、木が飛んで来るという異常な光景に体が固まってしまう。

 地面に刺さっているのはまだ若い木だ。太さや長さは特別語ることもないが、少なくとも人が投げれるような重量ではない。

 槍のように鋭利に研いだ訳でもなく、ただ無造作に力技で木を投げたように見える。先程、視線に感じた強い感情。アレがきっと小説やアニメで表現として出てくる殺気ってやつ何だろうか?


「おいおい、なんで生きてんだよ」


 驚いたような声。同時にこちらに向けられるのは強い敵意。固まる体を無理やり動かした先にいたのは化け物だった。


 体長は俺の二倍はありそうな程大きく、その全身は黒い鱗に包まれている。人ではない。人とトカゲが合体したような生き物。

 二足歩行のそれは鱗に包まれた太い足で地面を踏みしめながら、鋭い牙の生え揃った口を開いて楽しそうに笑っており、血走った琥珀色の眼は標的は逃がさないとでも言うより俺の事を真っ直ぐに捉えていた。


 俺の記憶の中に答えと思わしきモンスターの名前が浮かび、無意識に呟いていた。


「リザードマン」


 実際にこの目で見た事はないが、漫画やアニメにそんな名前のモンスターが登場する事がある。そのモンスターと酷似していた。

 流石にカイゼル髭を生やしたリザードマンは見た事はなかったが、それ以外は記憶の中のモノに近い。

 モンスターの中でも知性が高いのだろう。その身を護るように鎧を着ていた。全身鎧ではないのは動きやすさ重視だからだろうか?

 右手に握る刃渡り1メートルは超えてそうな巨大な包丁は、血による変色か赤黒く染まっており見るだけで気持ち悪くなりそうだった。


「今ので死んでくれてたら楽だったのによぉ。俺様に手間かけさせてんじゃねぇぞ、クソガキ!」


 モンスターが喋ったと驚く間もなく、リザードマンは跳躍し俺たち目掛けて飛びかかってきた。







 ───『第一の試練 リザードマンの襲撃』開幕。 

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