───えちえちな女神様が魔王と共に封印された後、俺の身体能力はビックリするくらい向上した。後に師匠によってそれが女神が残した祝福のお陰だと判明したが、その当時の俺はよく分かっておらず、漲る力と全能感に溺れてしまった。
大きなイベントが起きた後だったから、俺もしかして覚醒した?なんて痛い勘違いをしていたのは出来れば内緒で頼む。
さて、そんな俺が最初にした事が何か分かるだろうか? そうだ!今まで一度も勝てず苦渋を味わった相手───ロドフィンにリベンジすること!
今までの俺とは違う!一回り以上強くなった俺ならロドフィンに勝てると俺は思った。そして挑んだ訳だ。
結果?
負けたよ。俺が強くなっていた以上にロドフィンが強くなっていた。もう挑むのを諦めようかなって思うくらいには瞬殺された。
その後になってようやく分かった。身体能力が向上したのはどうやら俺だけではなかったらしい。父さんやロイドさん、なんならソフィアも身体能力が向上していた。
やっぱり俺は特別ではなかったらしい。少し落ち込んだ。けど、落ち込んでるだけでは何も出来ないと奮起して、ロドフィンに弟子入りできないか頭を下げにいった。断られたけどな。
どうしたらいいか俺は悩んだ。今まで自分で考えて鍛錬はしてきたつもりだ。アニメや漫画の特訓シーンなんかも参考にしてきた。けど、それだけでは通用しなかった。
どうしたら強くなれる? どうしたら平凡から抜けられる?自分で考えて色々と試す日々が続いた。何が正しいのか何が間違っているのかさえ、分からないまま。そんな俺を導くように現れたのがミラベルだった。
彼女と会ったのは以前と同じ夢の中。この世界での俺の様子を見ていたらしく、俺の修行方法が正しくないと怒られた。いや、叱られたという方が正しいだろうか? 親が子供を叱るような、どこか優しさが垣間見えるものだった。
聞けば俺がモンスターに挑んだ事も、ロドフィンに挑戦して瞬殺された事も、我流で努力してきた事も彼女は知っていた。その上で俺に問いかけてきた。『強くない?』って。
返事なんて言わなくても分かるよな?
その日からミラベルとの修行が始まったんだ。場所は決まって夢の中。神様ってのは教えるのが上手なのだろうか? ミラベルに指摘された箇所を直すと自分でも上達していくのが分かるようだった。
体の鍛錬⋯言ってしまえば筋トレの仕方も教わった。漫画やアニメ、小説なんかで知識は持っていたつもりだったけど正しくないと言われた。間違っていない部分もある、けど貴方には合っていないとやり方を変えるように言われたな。それからミラベルに教わった筋トレを続けている。
劇的に変化した感じはないが、何故か自分に合っていると思った。筋トレは継続が大事だからサボらないようにねって、微笑みかけてくれたミラベルの顔が脳裏に焼き付いている。
───ミラベルとの修行は毎日のように行われた。口だけでなく手取り足取り教えてくれて⋯密着した時にミラベルと肌があったり胸が当たったりムフフな瞬間もあった。直ぐにしばかれたけど。
優しい女神様だと思う。修行の合間に彼女の事を聞いたりするけど、神の仕事は俺が思っている以上に多いみたいだ。そんな多忙な彼女になんで俺に修行をつけてくれるのか聞いた事がある。
『貴方に対する償いかしら?』それが最初の言葉だった。ミラベルのミスで俺を殺してしまった罪悪感から、黒竜やモンスターが出現して世界が変わる事を忠告したそうだ。修行をつけてくれたのも、俺に簡単に死んで欲しくないかららしい。期待していた言葉ではなかったな。
少しガッカリしたのが顔に出ていたのかそんな様子をミラベルは笑っていた。
『最初は罪悪感からよ。けど、今貴方に修行をつけているのは貴方の将来が見たくなったから』
『俺の将来?』
『そうよ。貴方は決して天才ではない。けど、誰よりも真っ直ぐな英雄願望を持っている。子供みたいに創作物の主人公に憧れて⋯そうなりたいと強く願っているわね』
『いや⋯、あの、言われると恥ずかしいんだが』
『恥ずかしがらなくてもいいわよ。それが一番大事な事なんだから。その想いが無くならない限りは貴方は成長出来るわ。天才のように飛躍的な成長ではないかも知れない。けど、着実に一歩ずつ前に進んでいける。私が断言してあげる。ケイトは強くなれるわ、頑張りなさい』
───殺し文句だよな。
ミラベルの言葉があったからキツくて辛くても努力を続けようと思えた。特別になりたいって想いもあったけど、一番はきっとミラベルに見て欲しかったからだと思う。強くなった俺を。英雄として名を響かせる俺を。
『ごめんなさい。神の仕事が忙しくなるからしばらく夢の中に出て来れそうにないの』
だから夢の中でミラベルに言われた言葉はショックが大きかったな。流石に子供みたいに我儘を言う気はなかったけど。
『それはいつくらいになるんだ?』
『予想がつかないわね。一月後になるか、半年後になるか』
『そんな先になるのか!?』
『なるかも知れないし、ならないかも知れない。仕事の進捗次第ね』
もしかしたら不満が顔に出ていたのかも知れない。俺の様子をいつもみたいにミラベルは笑っていた。
『大丈夫よ。私がいなくてもちゃんと鍛錬していたら貴方は強くなれるわ』
『そうだけど⋯俺はミラベルに修行をつけて欲しくて』
『そんな子供みたいな事を言わないの!』
『⋯⋯⋯⋯』
『安心しなさい。私がいない間もちゃんと貴方が強くなれるように⋯準備しておいてあげるから』
慈愛に満ちたその笑顔に俺は何も言えなくて⋯そして、その日を最後にミラベルは夢の中に出てこなくなった。
最後って訳ではないか。彼女の言葉通り一月後か、あるいは半年後になればまた以前と同じように夢の中に出てきてくれるかも知れない。
それを待ち遠しく思いながら、ミラベルの言いつけ通りに鍛錬をしていたある日の事だ。村の大人たちが騒いでいる事に気付いた。
───モンスターが出た。
その一報を届けたのは父さんと一緒に村の周辺のパトロールをしていたロイドさんだ。ロイドさんの言葉でモンスターが現れた事と、応援を呼ぶまでの間モンスターの足止めを父さんが担っている事を知った。
大切な家族の危機を聞いた俺は、ロイドさんや村の大人たちの制止の声を振り切り、剣を片手に現場に向かった。今になって思えば無謀な事をした思う。ロイドさんが応援を呼ぶ為に戻ってきていたんだ。ロドフィンや村の大人たちと一緒に向かうべきだった。
たった一人で父さんを助けに行った俺は、再びあのモンスターと出会う事になった。何もできず⋯敗北したあのオオカミのようなモンスター。
その姿を見た時、足がすくんだ。前とは状況が違うのは分かってる。けど⋯。
「ケイト、逃げろ!」
俺の姿を視認した父さんがモンスターにタックルされながらも叫んだ。自信が絶体絶命の状態でも俺の事を心配してくれている!体の震えが消えた。体勢を崩し今にもモンスターに噛み付かれそうな父さんを見て俺の体は自然と動いていた。
モンスターの注意を引くために声を上げて、地面を強く蹴ってその距離を詰める。剣を持つ俺を見て脅威と認識したのか標的を父さんから俺へと変えた。軽やかやな動きで父さんから離れたモンスターは俺の様子を伺うように、ゆっくりと歩いている。隙が出来れば飛び掛ってくるだろう。
あえて隙を作るのはどうだ? 相手に油断させて、飛び掛ってきたところに渾身の一撃を叩き込む! できるか? いや、できる!あの時の俺とは違う!ミラベルとの修行で俺はあの時よりも強くなった!
「来い⋯」
小さく息を吐いて相手を誘う為に剣を持つ腕を下ろし、視線をモンスターから地面に倒れる父さんへと向ける。視界の端でモンスターが動いたのが分かった。
釣られた! 予想していた動き。そしてあの時とは違いモンスターの動きが俺の目にハッキリと映っている。素早い動きで俺に飛び掛ってきたモンスターの動きに合わせて剣を振るう。
剣が当たるその瞬間に時を止めた。空中で止まったモンスターの体を引き裂く為に強く剣を振るう!
時が動き出すと共に剣が切り裂いた箇所から血飛沫が飛ぶ。手応えは十分!
モンスターはその見た目に反して可愛らしい悲鳴を上げながら、飛び掛った時の勢いのまま地面に落ちた。地面に落ちた直後は体を動かそうとしていたが、剣の一撃が致命傷だったのか直ぐに地面に倒れ動かなくなった。
───勝った。
あの時何も出来ず殺されかけたモンスターを相手に⋯。剣を持たない左手に力が入る。勝利を噛み締めるようにギュッと握り締めた手が熱を帯びているように熱い。
高揚感?達成感?あるいは安堵だろうか?心が満たされるような感覚に深く息を吐く。良かった⋯。ちゃんと強くなっている。ミラベルとの修行の成果は着実に出ているんだ。
「あっ!」
そうだ!父さんは大丈夫だろうか? モンスターにタックルされて地面に倒されていた。体を打ち付けてないだろうか? 心配になって父さんの方へと駆け寄っている最中に、父さんが目を大きく開き切羽詰まったような表情で叫んだ。
「ケイト!後ろだ!」
後ろ? 父さんの声に反応して振り向けば目の前へと迫ってくるオオカミの姿をしたモンスターの姿が視界に入る。倒した筈じゃ? いや、違う。よく見れば傷がない。別の個体?
もう一匹いたのか!?驚きながらも能力で時を止めようとしたが発動しない。しまった!まだ能力のインターバルだったのか⋯。
「⋯⋯⋯っ!」
咄嗟に腕で首を護り、急所を狙われる事を避けた。けど、モンスターの狙いは首ではなかった。逃げる足を潰すつもりなのか、鋭い牙の生え揃った口を大きく広げ俺の足首に噛み付こうとしていた。迎撃は⋯間に合わない。
───血飛沫が舞った。
赤い血。けれどそれは俺の血でない。俺の足を噛み砕かんと、口を開いたままモンスターの首が宙を舞った。
ポトリと地面に落ちる音、モンスターの体が倒れる音、そして。
「大丈夫かしら、坊や」
軽く柔らかな声に導かれるように顔を上げると、女神と見間違えるほど美しい女性がそこにいた。ミラベル? その女性を一目見た時にミラベルの姿が脳裏に過ぎった。
いや…違うか。髪色も髪型も体型も全てミラベルとは違う。なのにどうして彼女を見て、ミラベルの事を想った?自分でもよく分かっていない。
改めて女性の姿を視界に収める。白と正反対の黒い髪。ミラベルは首元で結んでいたが、彼女は所謂サイドテールと言われる髪型をしている。瞳もオッドアイだったミラベルと違い、切れ長の緋色の瞳。
胸は…ないな。ぺったんこだ。貧乳はステータスだし、希少価値だから特に言うことはない。服装は村に訪れる旅人が着ている物に酷似している。特別これといった特徴のない軽装だ。
やはりどう考えてもミラベルとは違う。どうして俺は彼女にミラベルの姿が重なったんだ?
「もう一度言おうかしら? 大丈夫?」
「あ、はい。大丈夫です」
──その場で女性と交わした会話までは覚えていない。怪我はないかとか、最後までま気を抜いてはいけないとかそんな事を言われた気がする。
兎にも角にも俺は女性によって救われた。お礼をしたいと言えば道案内をして欲しいと言われ、承諾するの驚く事に目的地は俺が住む村だった。共に村に向かおうとして所で地面に倒れている父さんの存在を思い出し、安否の確認をした。
俺の事を忘れるなよって苦笑いしていたな。倒れた時に腰を強く打ったらしく一人では立ち上がれない父さんに肩を貸して女性と共に村へと戻った。
「私はミラベル様の命令で貴方の元に来たのよ」
「ミラベルの?」
その日の夜の会話だ。
道案内だけでは恩を返しきれていないと、父さんと共に告げるとそれなら一晩寝る場所を貸してほしいと言われたので我が家に泊まって貰った。特別大きな家ではないが、客人を迎えるスペースはちゃんとある。
そんな訳で一晩泊まる事になったと女性と共に夜ご飯を食べ、当然別室で睡眠を取ろうとしたタイミングで女性が訪ねてきた。胸がドキドキなイベントかと思って期待したが、『話したい事がある。場所を変えようと』提案されただけだった。
口調から告白とかそういうイベントではないのが分かったのでテンションが少し下がったのは内緒だ。ちなみに場所を変えて開口一番に言われたのが先程の台詞になる。
女性はミラベルの命令で俺の元に訪れたそうだ。
「そうよ。ミラベル様が仕事で貴方の面倒を見れない間に代わりに貴方を指導する役目を与えられたの」
「ミラベルは忙しいのか?」
「そら、神様だから忙しいわよ。私も何か手伝える事はないかと思ってミラベル様に聞いたら貴方の事をお願いされたの。だから私がミラベル様の代わりに貴方を扱いてあげるわ。
私の名前はライアー。これから貴方の師匠となる名前だから覚えておきなさい」
楽しそうに笑う姿はまるで漫画のワンシーンを切り抜いたようで、ここから俺たちの関係が始まる事を連想させた。
「あ、結構です」
───これが後に二人目の師匠となるライアーとの、師弟関係のきっかけとなる思い出なのだから笑えない。