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STORY9.過干渉の試練

「狙っている所に視線が行きすぎね。それじゃあココを狙うわよって言っているようなものよ」

「くっ!」


 フェイント入れてから、本命の一撃として振るった剣が容易く叩き落とされた。カランカランと音を立てて剣が地面に落ち、視線は自然と剣を追っていた。


「相手から目を逸らさない!」


 視線を地面に落ちた剣に向けた瞬間に額に痛みが走っていた。コンッという軽い音だったのに、グーパンチで殴られたよりも痛いのはなんでだよ! タダのデコピンがこんなに痛いのは可笑しい!あまりの痛さに涙が出てくるぞ!いや、泣いてなんかいない!頬を伝うのはただの汗だ!


「痛いじゃないか、師匠!」


 まだジンジンと痛みの走る額を抑えながら、黒髪の女性───師匠に文句を言う。確かによそ見をした俺も悪いけど、そんなに強く叩かなくてもいいんじゃないかと俺は思う。

 ミラベルからも同じような注意をされた事はあるけど、手は飛んでこなかったぞ!痛みで体に教え込むのは前時代すぎやしないか? そんな意味合いを込めた文句の一言だ。


「痛くなるように弾いたんだから、痛いに決まってるでしょ? 何か文句でもあるの?もう一発くらう?」

「いえ、何でもありません」


 師匠のデコピンの構えに秒で謝る。変に口答えすれば次は有無を言わさず行動に移すに違いない。師匠は意外と短気な所があるからな。


「ふぅ⋯」

「それじゃあもう一度やりましょう。剣を拾いなさい」


 痛みが落ち着いてきたところで、改めて!真面目に本気で!次こそは一撃入れると強く心に誓い、集中力を高める為に目をつぶり深呼吸をする。頭の中で幾つもの選択肢が浮かぶ。その中から師匠に通用しそうなものを自分の中で組み立て、イメージが出来たタイミングで地面に落ちた剣を拾う。


 俺から少し離れた位置で立っている師匠は特に構える素振りは見せず、剣を持つ右手はだらんと落ちている。これが隙だと思って攻撃すれば、簡単にカウンターを喰らって敗北する事になる。一度経験したから俺はよく知っている。

 俺が少し動けば師匠の視線がそれに釣られて動いているのが分かる。俺の動き一つ一つを見逃さないように注視しているようだ。どのタイミングで仕掛けるべきだ? 師匠が油断するとは思えない。なら、意図的にそのタイミングを作るか。剣を持つ手に力が入る。その瞬間、


「えっ!」


 俺との距離を一瞬で詰めた師匠が剣を横に振るった。まさか師匠が先に仕掛けてくるとは思っていなかった。俺の思考を見透かしたような先制に体が一瞬硬直するが、迫ってくる剣を見て対処しなければならないと体が反応する。

 このまま剣を振っても師匠とは剣速が違い過ぎて間に合わない。その剣速の差を時を止める事で埋める!!


 ───剣と剣がぶつかり合う。


 止まった時の中で俺の剣だけが、加速する。この特別な力で漸く師匠の剣速に追い付けた。だが、拮抗は一瞬だった。

 単純な話だ。俺より師匠の方が力が強い。それだけだ。


「はい、これでまた死んだわよ」


 師匠によって弾かれた剣が弧を描いて飛び、少し離れた地面に突き刺さった。ピタリと首の手前で剣を止めた師匠の言葉に力が抜ける。

 ダメだったか⋯。いや、考えすぎたのが悪かったか? 敵に時間を与えすぎた⋯あるいは俺に隙があったから攻撃してきた。今のはダメだな。反省点が多すぎる。


「今のは択を間違えたわね」

「択を?」


 師匠の剣が首から離れていくのを目が追ってしまう。俺が使っている物と同等の品物らしいが、師匠が毎日のように手入れしているからか俺の剣と違って輝いて見える。

 俺も師匠に見習って剣の手入れをしっかり行うべきか⋯。っと、今はそんな話じゃなかったな。


 俺は何の択を間違えたんだ?やはり先制を許した事か?アレで俺の思考も固まってしまったし、想定していた動きに繋がらなかった。


「そうね。剣で向かい打つのではなく防御に徹するか、狙う場所を変えるかすれば良かった」

「どこを狙うのが正解だった?首か?」

「貴方の剣速が私より早いのであれば首を狙うのもありよ。そうじゃないのなら剣を持つ腕を狙ったら良かったかも知れないわね」


 そもそもの判定点が違うな。先制を許すのはまだいいけど、その後の対処が不味かったらしい。漫画やアニメみたいに剣で向かい合ってみたが、結果は言わずがな。初めての敵ならともかく師匠とは既に何度も剣を交えている。剣で向かい合おうとすればどうなるかは頭では分かっていた。

 師匠が言うように狙う場所を変えるのが最善。けど、師匠の腕を狙って剣を振るう? 師匠の実力は身をもって知っているが万が一が起きたら⋯。


「今、私の心配をしたでしょ、ケイト」

「いや⋯、はい」

「それこそ不要な心配よ。貴方の剣に切られる程私は弱くないわ。だからとは言わないけど、その考えは捨てなさい。戦場では無用の考えよ」

「捨てないとダメだよな⋯」

「非情になれとは言わないけど、その甘さは捨てた方がいいわ。戦場で相手を気遣ってどうするの?相手は貴方を殺す気できているかも知れないのよ。躊躇すれば自分が死ぬ⋯自分の大切な者も守れずに死ぬと思いなさい」


 正面向かってハッキリと言われると心にくるものがある。モンスターはまだこれまで狩猟してきた獣の延長戦のように剣を振るう事は出来たが、対人となるとどうしても剣が鈍くなる。

 その原因は師匠が指摘するように甘さであり、相手を気遣ってしまう心の弱さ。一番大きな要因は前世の記憶だと思う。人を殺してはいけない───人を傷付けてはいけないと幼い頃から、常識として教え込まれてきた。

 勘違いしてはいけないのは、この世界でも殺人が容認されている訳ではないということ。人を殺せば当然のように罪に問われる。なら、人を切る覚悟をしなくてもいいんじゃないか?


 その考えこそが俺の甘さだと師匠に指摘された。モンスターが出現し今のこの世界はとても不安定だと語る。モンスターという驚異もそうだけど、人同士の争いも起こりうる状況になっている。

 それに俺が倒したモンスターのように獣の姿をしたモノもいれば、それこそ人と遜色ない外見をしたモンスターもいる。そんなモンスターと対峙した時に剣を振るう事が出来なければ死ぬだけだと⋯。

 その通りだと思う。敵は決して待ってはくれない。俺も甘さを⋯、躊躇を捨てるべきだ。


「貴方のその優しさ美点だから捨てろとは言わない。けど、いざ剣を抜いて戦うとなればその優しさが足を引っ張るわ。だから切り替えができるようになりなさい」


 捨てろと言ったり捨てなくてもいいと言ったり、どっちなんだよ。いや、言っている事は分かっているつもりだ。オンオフのスイッチを付けろとかそんなニュアンスだと思う。


「簡単に言ってくれるけど、スイッチ一つで切り替わるようなモノではないだろう? 」

「そうね。だから私がケイトの体に叩き込んであげる。ほら、剣を握りなさない。条件反射でスイッチが切り替わるように扱いてあげるわ 」


 ふふふと笑う姿は美しいが、どこかサディスティックに感じるのは俺だけだろうか?

 今更ながら師匠の弟子になった事を後悔した。あの時の勢いのまま断っておけば良かったな。師匠の弟子になればミラベルからご褒美が貰えるとか、俺が憧れる主人公のような一流の剣士になれるとか甘い飴を提示されて飛び付いた結果か。

 けど、悪い事ばかりではない。毎日のように師匠に扱かれ痛めつけられているけど、そのお陰か、俺の剣の腕もちゃんと成長している。次に俺に叩き込もうとしているのは心構えだと思う。師匠は本気で俺を強くしようとしてくれている。なら、俺もその想いに応えないといけない!


「いくぞ、師匠!!」








 ───走馬灯は死を覚悟するほどの危機にひんした状況や、感情が揺さぶられるような極限の状態に、脳裏に深く印象に残った過去の記憶が次々と映写される現象だ。

 一説には死の危険に直面した際に助かりたい一心でなんとか助かる方法を脳から引き出そうとするため記憶が蘇るとされている。


 師匠に毎日のように痛めつけられ、扱かれ、そしてたまに飴を貰うそんな修行の日々の記憶。俺に迫る危機的状況を打破する為の方法が今の走馬灯の記憶にあったのか?師匠の言葉を思い出す。深く記憶に残っているのは心構えの問題。甘さを捨てろという師匠の言葉。


 リザードマンは獣型ではなく人型に近い。だからといって躊躇するほど人に近い訳でもない。なんだったらおぞましいと感じるくらいには人外じみている。この化け物を相手に恐怖を感じる事はあっても甘さや気遣いを向ける事はないだろう。

 何よりこの状況は心構えとかでどうこうなるものではない。なら技術面。


 足を尻尾で抑え込まれているので跳んだり転がったりして回避する事は出来ない。だが、抑え込まれているのは足だけだ。つまり上半身は動く。上だけしゃがむ様な動作をすれば包丁を躱す事は出来るかも知れない。

 あるいは走馬灯が見せた師匠とのやり取りだ。狙う場所を変えるという言葉。剣は持っていないが全身全霊の力を込めて包丁を持つ腕を殴れば、リザードマンも包丁を手から落とすんじゃないか?


 流石に考えが甘すぎるか⋯。あの巨大な包丁を振り回す腕力、加えて腕を護るように全身を覆う黒い鱗。見るからに防御力が高そうだ。腕を殴ったところで平然と剣を振ってきそうだ。

 なら、やはり回避を選ぶべきか?だが、足を抑え込まれている以上、何度も躱せるとは思えない。成功率は低くても⋯試すしかないか!

 リザードマンが振るった剣が俺に届くよりも早く、包丁を持つ右手首を狙って本気で殴る!


「あっ!」


 スロー再生のようにゆっくりと迫ってくる包丁を見てある事に気付く。これ、手が届かなくないか? 冷静に考えれば当たり前のこと。俺とリザードマンの体格差はおよそ二倍。3mを超えるであろう体格のリザードマンはそれに比例するように腕は長く、リザードマンが軽々と操る包丁は俺の持つ剣よりも刃渡りが長い。


 無理だこれ。どれだけ腕を伸びして殴ってもリザードマンの手まで届かない。包丁の腹の部分を殴れたら良い方だろう。予定変更だな。手が狙えないのなら包丁エモノを狙うしかない。勢いのある鉄の物体を殴って軌道を逸らせるかどうか、不安は残るがやるしかい。


「⋯⋯⋯⋯⋯ん?」


 覚悟を決めて右手を握り締めた。タイミングを計っていたが、来ない。体感で15秒くらい経過したと思う。


「止まっている?」


 スロー再生のようにゆっくりと迫っていた包丁が一定の距離に到達してから動いていない。いや、よく見ればリザードマン以外の物も止まっている。この現象に覚えがあったが、俺が使った訳では無い。俺が止めれる時間は一秒だけ⋯、こんなに長くは止められない。なら、一体誰が?


『動きなさいケイト。後10秒くらいしか時は止められないわ』


 答え合わせをするように脳内にミラベルの声が響く。今の状況はミラベルによるものか!つまり彼女が俺を助けてくれている!

 その事実を嬉しく思うと同時にカッコ悪い所を見せてしまったと自責の念に駆られる。違う!今は自分を責めている場合じゃない。ミラベルが言っていたじゃないか後10秒しか止められないと。

 ミラベルの助けを無駄にするな!


 リザードマンの振るう包丁を躱す為に体を動かす。ダメ元で足に力を入れてみたら尻尾の拘束から抜け出す事が出来た。こんなにあっさり?と自分でも驚いた。


『後5秒⋯4⋯3⋯2⋯1⋯』


 ミラベルのカウンドダウンが進んでいる。俺は攻撃よりも回避を優先する事を選んだ。普段の時止めと違い5秒の猶予があるとはいえ、生身の俺が繰り出す攻撃では決定打にはならない。

 ならまずは回避すること。そしてリザードマンと戦う為の準備をする! 頭で考えるよりも早く体が動く。既にリザードマンの振るう包丁の軌道から逃げる事は出来ており、残り1秒の時点でリザードマンから少しだが距離が取れた。


『時は動き出す』


 レースの開始の合図のようにミラベルの言葉と共に全力で走る。背後でリザードマンの驚くような声が聞こえたが、振り向いて確認するような事はせず、一直線に目的地へと向かう。


「クソガキぃぃぃ!」


 背後から怒声を浴びながら目的地へと到達した俺はスピードを緩める事なく、地面に落ちた剣を拾う。後は急ブレーキをかけるようにスピードを殺して、リザードマンと対峙するように振り返る。

 今のカッコよくないか? ミラベルの感想が欲しいところだが、残念ながら声は聞こえない。代わりに殺意がふんだんに込められた怒鳴り声が耳に入った。


「どうやって躱した!どんな小細工をしがった!ふざけやがって!俺様に殺されていろよ!俺様を満足させろよ!獲物の分際で抵抗してんじゃねぇぞ!!!!」


 ───このモンスターとは分かり合えないな。人語を喋り、知性もある。けど、絶対に分かり合えないと確信を持てた。


 俺の直感が訴えている。このモンスターは生かしておいてはいけない。俺がこの場で倒さなければいけない。生き残る為に、俺の大切な者たちを傷付けさせないために!


 カチリ、と自分の中でスイッチが入るように気持ちが切り替わるのを自認する。


『来るわよ、ケイト!』


 脳内に響くミラベルの声と共に、迫ってくるリザードマンをに剣を構えた。

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