走り出しはゆっくりで、少し俺との距離が詰まった瞬間に右足に力が入るのが視認出来た。俺の隙をつく形で一気に距離を詰めて来る気だな。
なら、誘うのもありだ。気付いてないフリをして攻撃してきたところを狙う。
俺の予想通りに地面を力強く蹴ったリザードマンが俺の距離を一歩で詰めてきた。勢いのままに振られた包丁の攻撃は横薙ぎに振るわれた一撃。
首を狙って振られた一撃な為、軌道はやや高め。低い攻撃の方が回避の仕方は限られるけど、この攻撃なら最小限の動きで避ける事が可能。かつ!
「しっ!!」
体を屈ませる事でリザードマンの攻撃を回避し、相手が反応する暇を与えない為に間髪空けずに剣を振るう。その際に時を止め、剣で狙う箇所を間違えないように気を付ける。
全身鎧だったならどうしたものかと頭を抱えたと思うが、リザードマンが身に着けているのは動きやすさ重視のレザーアーマー。胸の部分は鉄によって補強されているから狙うのはセンスがない。
なら、まず狙うのは!
「てめぇ!」
防御の薄い関節部分を狙いリザードマンの左足に剣を突き刺す。痛みに顔を歪めたリザードマンが尻尾を振るうのが横目に確認出来たので、素早く剣を抜いてバックステップで距離を取る。
剣を抜いた際に赤い血が舞ったのが見えた。緑色の血を流すトカゲもいるのを知っていたから、リザードマンはどっちだろうかと、考えていたが血の色を見るとやはり人に近いのかも知れない。
『足元、気を付けなさい』
地面に足が着くタイミングで頭の中にミラベルの声が響く。助言の言葉に従って視線はリザードマンに向けつつ、足に意識を集中する。
着地した足に伝わる感触でミラベルの助言の意味を理解した。地面が柔らかい。少しぬかるんでいるかも知れない。足を取られないように注意しつつ、リザードマンの攻撃に備えて場所を変える。
注意深くリザードマンを見ているが攻撃を仕掛けてくる気配はない。琥珀色の瞳を細めて俺の事を観察するように見据えている。
今まで回避しかしてこなかった相手に反撃を貰って警戒したのかも知れない。それは俺にとっても都合がいい。
相手に悟られないように足場の悪い場所から距離を取る。二日前に雨が降っていたせいでまだ、地面がぬかるんでいる箇所があるらしい。それを頭に入れて動かないと、不意に足を取られて攻撃を喰らう事になる。気をつけろよ。俺。
リザードマンを中心に円を描くように時計回りにゆっくりと歩いているが、こちらを注視するだけで動く気配がない。ギリッと歯を噛み締める音が聞こえ、視線を足や腕から移す。
苛立ちを隠せないような不機嫌そうな表情をリザードマンが浮かべている。人に近いのもあって表情豊かだと場違いな感想が浮かんだ。
「何者だ、てめぇ」
「俺はただの村人だ」
「
「それを答えるつもりはない」
「チッ。はなから期待はしてねぇから構わないか。雰囲気も変わってやりにくいガキだな」
やれやれと左手を首に添えコキコキと骨の音を鳴らす姿はどこか人間臭い。『首が痛いポーズ』がやけに様になっている。本当にリザードマンか、こいつ?
もしかして元人間とかそんな事があったりしないか? ないとは言えない。
「ここから遊びはなしだぞ、ガキ」
「本気でこい」
クソガキ呼びじゃなくなっている。俺の事をただの獲物ではなく敵として認識したのか?なら、言葉通りに次から相手の動きが変わるだろう。舐めプを辞めた敵は急に強くなる傾向がある。アニメや漫画基準で感じるなら倍近くは強くなっていると見ていい。
頭の中で相手の動きのイメージが出来た。さぁ、こい!
俺の心の中の言葉に応えるようにリザードマンが俺に向かって歩いてくる。先程みたいに一気に距離を詰めるのではなく、ジリジリと俺の動きを警戒しながら迫ってきている。
間合いを取られたか? 俺の持つ剣とリザードマンが持つ包丁では攻撃範囲が違う。俺の攻撃の届かい距離を常に保ちながら、一方的に攻撃する。この距離の詰め方はそんな感じだ。
俺が逆にリザードマンとの距離を詰めるように足を踏み出せば、相手は一歩後退した。同じように前に進めば相手は下がる。この距離間が相手にとってもベストなのかも知れない。なら、まずはそれを崩しにかかろう。
『距離間を測っているのは分かるけど、二人してグルグルその場を回っているのはおかしな光景よ。自覚してケイト』
ミラベルが何か言っているが、そんな事を気にする余裕はない。やはりというべきか、このリザードマンはかなり出来る。フェイントを入れても釣られることなく冷静に俺の動きを見て、その間合いを維持している。
動きで惑わせるのは無理と判断した。無理矢理にでもその距離を詰める!
剣を居合切りでもするように構えると、リザードマンの体に力が入るのが分かった。特に足。俺が攻撃してくると予測して、いつでも跳べるように備えているようだ。
普通に攻撃すれば回避される。普通に攻撃すればだ。
───時よ止まれ。
チート能力を貰ったら一度は行ってみたいセリフを心中で吐き捨て、時が止まると共に地面を蹴って勢いをつけて剣を振るう。
漫画やアニメの主人公や敵役と違い俺が止められる時間は僅か一秒。それでも不意をつけば有効打となる!
そして時が動き出す。
「読めてんだよ!」
不意をついたと思った剣の一撃を包丁で受け止められた。距離が急に縮まった事や既に剣を振っていた事にも、微塵も動揺せず冷静に対処された!
『能力の対策をされ始めたわよ。気を引き締めなさい』
これが獣にはない怖さだな。何度か見せただけで、学習して対応してくる。力が違い過ぎるから剣と包丁で押し合う気もせず、そのまま引くことを選ぶ。
「だから、読めてんだよ!」
俺の動きに合わせるように包丁で突きを放ってきた。刃先が横に向いている。躱した方向に向かって横振りをする2段構えの攻撃だな!
アニメで見た事がある。ここはあえて屈む!
頭上を包丁が通り過ぎていく。横に飛ぶと予想していたらこの避け方はびっくりだろう。相手の意表をつけた。このまま攻撃に転じようと剣に力を込めた時、視界いっぱいにリザードマンの足が映った。
───蹴り?
頭が理解した時には既に俺の体は宙を舞っていた。ケンカキックとは思えないほど強い力で蹴り飛ばされた。遅れてやってきた痛みに、先程まで入っていたスイッチが切れる音がした。
『あっ』
───いってぇぇぇぇぇぇ!!!
顔全体に広がっていく鋭い痛みに涙が込み上げてくる。それでも泣いてる場合ではないと、受け身を取って衝撃を和らげる。追撃しようとするリザードマンの姿に、ちょっと待ってくれと思いながら、コロコロと転がって何とか回避した。
めちゃくちゃカッコ悪い避け方だったな、今の。ミラベルに見られていると思うの恥ずかしくなってきた。まだ痛みが走っているが、羞恥心が勝ちそうだな。
『おバカな事考えてないで!回避優先!』
ミラベルの言葉にハッと我に返り、俺目掛けて放たれた蹴りを先程と同じように転がって躱す。んでもって、そのまま起き上がる。
本音を言えばここで待って欲しいところなんだが、敵さんはそんな事お構い無しと言うように包丁を振るう。
「うぉ!」
軌道を読んで躱したと思った先に尻尾が伸びてくる。俺の腕よりも太いソレに殴られたら痛いでは済まないだろう。
回避したところでまた次の手が飛んでくる可能性がある。なら、ここで攻撃に転じてみるのはどうだ!
『おバカ!』
俺目掛けて伸びてきた尻尾に向かって剣を振るってみたが、硬い鱗に弾かれた。これは不味いと悟ったタイミングで時が止まった。
俺が止めた訳ではない。まだ能力を使ったあとのインターバルがある。誰が時を止めたか頭が冴えていた事もあり、直ぐに導き出せた。
ありがとうミラベルと心中でお礼を言いながら、リザードマンから距離を取ると再び時が動き始めた。
「んだとぉ!?」
本来であれば確実に当たったタイミングにも関わらず俺が尻尾を躱した事で驚いたような、苛立っているようなそんな声をリザードマンが上げている。
実際問題、ミラベルの助けがなければ今の一撃で倒れていたかも知れない。俺がいた場所を通り過ぎ、地面に突き刺さった尻尾を見ると、ミラベルの助けがなければどうなっていたかが容易に想像でき、少し背筋が寒くなった。
『おバカ!よく見なさい!尻尾は硬い鱗で覆われているし、あの太い尻尾は殆ど筋肉よ!力を込めればケイトの剣くらいなら簡単に弾くわ』
甘く見ていたのは確かかも知れない。こう、漫画のワンシーンみたいに尻尾を切り落とせると考えていた。まさかあんなに硬いとは思わなかった。
そうだよな、筋肉って力込めると硬くなるもんな。次からは尻尾を狙うのはなしにしよう。少なくとも今の筋力と技量では切り落とせそうにない。
「ふぅ」
さて、一先ずこれで仕切り直しだな。自分の力で窮地を切り抜けた訳ではないから全くカッコよくないんだが、死ぬよりは遥かにマシだ。
それにしても視線が痛い。俺に向かって『何しやがったクソガキぃ!』とでも言いたげな鋭い視線が、チクチクと刺さっている感じがする。
リザードマンが文句を言いたい気持ちも分からないでもない。実際になんか悪い事をしてる気分になってるしな。
『相手はモンスターよ、くだらない事を考えない!』
はい。そうします。ふと思ったけどなんか当たり前のように会話しているな。ミラベルの声が聞こえるのは分かるんだが、この様子だと俺の声も聞こえている? いや声には出していないから⋯心の声が聞こえているのか?
うわ、急に恥ずかしくなってきたな。変な事想像出来ないじゃないか。
『ケイト、どういう状況かちゃんと理解しなさい』
ミラベルの冷たい声に体がビシッとなる。怒らせないように真面目にしよう。
改めてリザードマンを観察すると、俺が剣を刺した左足に殆ど体重がかかっていない事に気付いた。なんだちゃんと効いているじゃないか。
痛みなんてありませんよって感じで攻撃してくるから、騙されていたらしい。なら、狙いは左足だ。
手っ取り早く相手を倒すなら急所を狙うのが一番だけど、胸は鎧によって護られている。狙うのもナシではないけど、鎧によって阻まれたら手痛い反撃を喰らうことになる。
身長差のせいで首を狙うのも難しい。当初の予定通りまずは足を狙って機動力を削ぐ。可能なら足を切り落としたい。そうすれば俺の剣もリザードマンの首に届く。
『どうするか、ちゃんとイメージ出来た?』
ああ、バッチリ出来た。第2ラウンドといこうじゃないか!