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STORY11.試練の中

「俺なら出来る」


 不安を誤魔化すように小さく、それこそミラベルにだけ聞こえるような声で呟き、剣を強く握る。リザードマンと視線が交差しそれが戦いの再開の合図となった。

 リザードマンの踏み出しは右足から。やはり左足を庇っている。俺に向かって振られた包丁を大きく後ろに跳ぶ事で躱す。よく観察すれば左足をカバーするように尻尾が伸びている事に気付いた。

 負傷している左足に近付けないように尻尾を伸ばしているようだ。厄介だな。


『ケイト、狙いを変えなさい』


 狙いを変える? どういう事だ。ミラベルの意図が読めず疑問符が頭に浮かぶ。


『左足の傷はケイトが思っているより深いわ』


 だからこそ左足を狙おうと思っているんだが⋯。おっと!先程と同じように包丁で突きが放たれた。今度は屈むような事はせずに素直に横に跳んで躱す。

 ん? 想定していた横切りがこない。刃の部分にしろ、背の部分にしろ鉄の塊で殴り抜けば少なくないダメージを与えられる。あの突きは横に避ければその方向に武器を触れる2段構えの攻撃の筈。新撰組の土方歳三考案の平突きに資格はないはずだ!


『なに!おバカな事を考えているのよ』


 呆れたようなミラベルの声が聞こえる。俺は真剣だぞと心中で抗議しながら、薙ぎ払うように振るわれた尻尾を躱す。ジャンプして躱すのもアリだろうかと頭に浮かんだ瞬間にミラベルに否定された。解せぬ!


『既に分かってると思うけどあのモンスターは左足を庇っているわ。さっき避けた方向に横振りが来なかったのは、包丁の重心を左足で踏ん張れないからよ』


 そうか!たまたまだが、俺が跳んで避けた方向はリザードマンが負傷している左足側。あのバカデカイ包丁を振るえば当然だけど、左足にも負担がかかる。それを避けるほど、傷が深いのか?


『そうよ。覚えておきなさい。戦いは相手が嫌がる事をした方が勝つわ』


 それは主人公らしくなくて嫌なんだが⋯。


『格好付ける事が出来るのは強者だけよ。今の貴方にポーズを考える余裕はないわ。我武者羅に生き残る為だけに戦いなさい』


 ぐぅのねも出ない。確かにそうだな。カッコよくないとか、主人公らしくないとか、そんな我儘を言って死んでしまったら元も子もない。どんなに卑怯でも、主人公らしくない戦いでも勝てば正義!生き残ってこそストーリーは続く!


『基本的な立ち回りは言わなくても分かるわね』


 分かっているよ。リザードマンが振るう包丁を躱しながら、うおぉぉと声上げながら一歩踏み込む。視線を左足に向ける事で狙いがどこかを相手に意図的に気付かせるのを忘れない。


「ガキぃぃ!」


 俺を近付けさせないように尻尾が伸びてきた。避けるのは難しくない。重要なのは避ける方向。相手が嫌がる事を重点に置き、常にリザードマンの左側に回り込むように動く。

 体勢を変える際に僅かだけど、左足に負荷がかかるよな?嫌だよな? 戦いは相手が嫌がる事をした方が勝つ。至言だな。相手に本来の戦いをさせないのが一番戦いやすいという事!


 あえて攻撃はしない。出来るだけ左足に負荷がかかるようにリザードマンの左側に執拗に回り込む。


「うっぜぇぇぞ!!!」


 ブチ切れたリザードマンがで地面を踏み込んで飛びかかったきた。左足を庇っているんじゃないのか?


『迷わない!左足の傷は大した事ないと相手に思わせる為のブラフよ』


 なるほどな。飛び掛ってきた勢いのまま振り下ろされた攻撃は単調なもの。少ない動作で避けて時を止めてリザードマンに向かって踏み込む。一秒の僅かな時間で距離が詰まる。時が動き出すと共に詰め寄ってきたきた俺に対処しようと尻尾が伸びる。

 またコレだ。距離を詰めれば近寄らせまいと必ず尻尾で牽制してくる。だからといって無視する事も出来ない。筋肉の凝縮されたあの尻尾の一振は喰らえばただではすまないだろう。


『三秒だけ時を止めてあげるわ。上手く活用しなさい』


 ありがとうミラベル。過保護な程にサポートされていると実感する。心中でミラベルに感謝を述べつつ伸びてきた尻尾を跳んで躱す。


「バカが!!」


 跳んだ事で無防備になった俺をバカにするような声と共に左腕が俺目掛けて振るわれる。近過ぎて包丁は振れないらしい。だから全力で殴る事を選んだのか。

 このままでは喰らってしまうだろう。ミラベルのサポートがなければな!頼むミラベル!


 俺の想いに応えるように時が止ま⋯らない!


 想定と違う事態に思考が一瞬止まるが固まっている場面ではない。迫ってくるリザードマンの左拳を視界に捉えた時、生き残る為に思考が加速する。避ける事は不可能。なら!痛み分けだ!!!


 体が俺の想いと共に動く。剣の振りはミラベルが夢に出てきた時から毎日のようにやってきた。ライアーに効率的なやり方を教わり、体に身につくまで振り続けろと鬼のようなやり方で教え込まれた。

 技名も何もない。ただ力強く剣を振るだけ。


 ───リザードマンの左拳が俺の右脇腹に直撃する。体の中を走るような痛みとボキボキという骨の折れる音が耳に入る。

 俺の放った袈裟斬りがリザードマンを切り裂くのはほぼ同時だった。手応えはある。残念ながら、俺の剣では硬い胸当てを切り裂く事は出来なかった。それでも鎧の薄い箇所を剣が切り裂き、血飛沫が舞う。


 殴られた衝撃で体が吹き飛び、受け身も取れずに地面に転がった。体が痛い。痛すぎて体を動かせない。けど、手応えはあった。俺の攻撃はちゃんと届いた!




 ───現実はアニメや漫画のように上手くはいかない。




「やるじゃねぇか、ガキ」


 地面を踏みしめる音と共にリザードマンが俺の前に姿を現した。琥珀色の瞳に地面に無様に転がる俺の姿が映っている。


 ダメだったか⋯。


 確かに俺の剣は届いていた。俺の前に現れたリザードマンは決して無傷ではない。袈裟に斬られた箇所からは赤い血が流れているし、剣で突き刺した左足は庇うよう立っている。それでも俺のように動けない訳ではない。


 勝者と敗者が分かりやすく表れていた。


 少しの間、俺の様子を観察したリザードマンがバカデカイ包丁を地面に突き刺した。何をするのか思えば包丁を杖代わりとして足の負担を少しでも減らそうとしているようだ。

 リザードマンから見ても俺はもう動けないと判断されたらしい。悔しいという思いから起き上がろうと力を入れるが、その瞬間に激痛が走る。意識が飛びそうだ。呼吸するだけで苦しい。


「俺様の声は届いているか?意識は飛んでいないか?どっちだおい?」


 反応がない俺に対して楽しげな口調で声をかけてくる。先程まで殺しあった関係とは思えないほど、フランクな声だ。殺気の籠っていない声が鳥肌が立つくらい気持ち悪かった。実際に鳥肌が立っているか確認する元気すらないけどな。

 ツンツンと尻尾でつつくな。意識の有無を確認しているのは分かるが、その行為は死体蹴りに等しいだろう。っ!


「うっ⋯⋯っっ!」

「なんだ、意識があんじゃねぇか!なら俺様の言葉に反応しろよ。返事をしろよ」


 そんな元気もねぇんだよ、と文句を言いたかった。息をするだけで苦しい。これは骨が折れているだけじゃないな。もしかしたら臓器の方も⋯。意識すると痛みが増した気がする。ヒューヒューと口から呼吸音が漏れているのが、少し可笑しかった。


 ───ミラベルに頼りきった結果がこれか?だからといってミラベルを責める気にはならない。この状況に陥ったのはひとえに俺が弱かったからだ。


 ミラベルに注意されていたのに不用意にジャンプした。師匠にキツく指導を受けたのに愚かな選択を行った。漫画やアニメの主人公のように上手くいくと、楽観感的な思考が敗北を齎した。

 俺のイメージではミラベルが時を止めた間にリザードマンの左足の傷口を強く蹴って跳躍し、その首目掛けて剣を振るう予定だった。イメージ通りにいかない場合を想定していなかった。あまりに愚かだ。


 地面が冷たい。俺はこのまま死ぬのか。いや、それは俺の目の前にいるリザードマンが決める事か。敗者である俺には既に生殺与奪の権利はない。

 多分、死ぬだろうな。リザードマンにとって俺を活かすメリットがない。


 ───結局、俺は凡人のままだったな。


 異世界に転生して、能力も貰って努力して神に導いて貰ってなお俺は凡人のままだった。兄のように、物語の主人公のように特別な存在になれなかった。俺が主人公ならきっとこんな事にはなってなかっただろう。

 リザードマンの攻撃も喰らわずに相手の首を切り落とせただろう。けど、現実はリザードマンの拳一発で地面に転がっている。

 悔しいな。ミラベルや師匠にあんなに親身になって鍛えて貰ったのに、その成果を見せる事も出来ずに死ぬのか。

 ソフィアとの約束を破る事にもなる。この世界で出来た家族を悲しませる事にもなる。嫌だ。死にたくない。未練がましいと言われてもいい。俺は生きたい!


 その重いから体が動く。指一本動かすだけでもしんどい。体が動かすだけで激痛が走る。呼吸が上手く出来ないせいで視界すらぼやけて見える。それでも生き残る為に最後まで抗うんだ!まだ俺は死ねない!

 家族やソフィア、師匠やミラベルの顔が脳裏に浮かび俺に力を与えてくれる。痛みすら忘れさせてくれる。ゆっくり体を動かして立ち上がればリザードマンが感心するように口笛を吹いた。


「いいガッツを持ってんじゃねぇか。これから次は期待できそうだな」


  体がふらつく。リザードマンの姿がぶれて見える。目の前の敵が何を言っているのか頭が理解出来ない。

 次?俺はここで死ぬんじゃないのか?今の言い方だと、まるで見逃してやると言っているようにも。


「見逃してやるよ」


 まるで俺の心を読んだようにリザードマンが口にした。見逃してくれる?


「そんな驚いた顔をするなよ。ただの俺様の気まぐれだ。正直に言って今のガキを殺すのは簡単だ。けど、それじゃあ面白くない!」

「⋯⋯はぁ⋯はぁ」

「俺様はな、殺しが大好きだ。悲鳴を聞くのも赤い血も全部好きだ。だがな!それ以上に殺し合いが好きなんだ!相手を殺すのも、相手に殺されそうになるのも好きなんだ!命の奪い合い!限界ギリギリまで命をすり減らした殺し合いがしたいんだよ!だから、今回は見逃してやる」


 ───狂っている。


 目の前のリザードマン化け物が言っている言葉を上手く受け止められない。モンスターだから、その一言で片付けていいのか? 価値観が違い過ぎて理解出来ない。


「誇っていい。この俺様もあの剣の一撃を受けた時は死ぬかと思った。気迫の籠ったいい剣だった。だからこそ強くなれ。俺様を殺せるくらいに強くなって、俺様に殺されろ」


 なんてふざけた事を言ってんだこいつ。文句の一つでも言いたいところなのに、声に出せない。強くなってから殺されろ?そんなのごめんだ。


「俺様の名はバリスだ。よくその名前を頭に刻んでおけ。お前が殺す相手であり、お前が殺される相手でもある。次会った時は必ず殺す。だから強くなって俺様を殺しにこい!」


 リザードマンは言いたい事を言い終わったのか地面に刺した剣を抜いて俺に背を向けて歩き出した。

 脅威が去っていく。小さくなっていくリザードマンの姿に死なずに済んだという安堵感に包まれる。安心したせいだろうか?気が抜けて体に力が入らない。


「⋯⋯ぐっ」


 崩れ落ちるように体が倒れた。


「ケイト!!!!」


 聞き覚えのある幼なじみの声。

 ぼやける視界に駆け寄ってくるソフィアと師匠の姿が映る。悲痛な表情を浮かべる二人の姿を視たのを最後に俺の意識は遠のいていった。





 ───勝ちたかったな。







 悔しさだけが残る試練たたかいだった。

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