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第二十話 与える役割

 ケイトあの子にはまだ早かったわね。

 誤解がないように言うなら試練がという訳ではなく、バリスと戦うのがという意味で。


 二人の戦いを分析すると決定的にケイト自身の地力が足りてなかった。特に筋力ね。本格的に鍛え始めてまだ間もなかったから十分な筋肉が備わっていなかった。

 もう少し筋肉がついて、力の使い方を身につけていればバリスが相手でもケイトは勝てたわ。時期早々だったって事ね。送り込むのが後半年⋯いえ、三ヶ月遅らせていれば結果は違ったわね。これは私のミスよ。ごめんなさいケイト。


 試験的な意味合いも込めてバリスを送り込んだけど、やはり魔物モドキと比べると強さの質が違うわね。

 魔物モドキは創った際に与えた人格やプログラム通りの動きしか出来ないという欠点があるの。後で遠隔で動かす事でカバーが出来ない訳ではないけど、私やシスのような存在が必要不可欠だから割に合わないのよね。

 力や素早さといったパラメーターの部分で、本物に近付ける事は出来ても所詮は紛い物、魂の入った魔物とは天と地ほど差が生まれる。


 過剰に表現しているのではなく、これは事実ね。決まった動きしか出来ない魔物モドキと違い、魂の入った魔物は魂に刻まれた経験から、その場に応じた動きを行う事が出来るのが理由の一つね。

 定命の者を新しい世界に送り込む際に生前の記憶は消すのだけど、完全に消している訳ではないわ。より正確に言うと、思い出せないように細工しているというのが正しいわね。

 魂に刻まれた記憶や経験を消すという行為を神が行う事は極めて稀よ。理由は簡単。その魂から獲得出来る『マナ』の量が減るからよ。


 定命の者が世界で培った記憶は魂に保管される。平和な世界での日常だったり、死に直面するような限界ギリギリの戦いの記憶、様々が記憶や経験が魂に蓄積されていくの。

 蓄積された記憶が一定の量を超えると魂が成長するとされているわ。その内容が濃いほど成長が早い。平和な世界はその内容が薄くなりがちだから、成長が遅いのよねー。

 魂に刻まれた記憶や経験を消す行為は成長から真逆の行い。逆に魂が縮むのよね。余程の手の施しようがない悪人でもない限りは記憶を消すような真似はしないわ。


 けど、魂を持ったまま新しい世界へと送り込むのはリスクが高い。倫理観や価値観に生前とは違う文化、転生先が人間から魔物、あるいは魔物から人間へと変わる場合は生前の記憶の影響で、新しい体に対する抵抗が芽生える事もある。拒否反応を起こしちゃう訳ね。

 他にも生前の因果を持ち込ませないという意味合いも強いわ。前世が魔物だった者が人間に殺されれば、当然だけだ人間に対して強い恨みや憎しみを持つわ。それを何の関係もない新しい世界の定命の者に向けて欲しくないのよ。

 だから魂に細工して前世の事を思い出させなくするの。封印しちゃうって事ねー。


 それでも状況次第では思い出すのよ。平和な世界だと滅多にないわね。それこそ前世の恋人と次の世界で会ったみたいな魂を揺さぶるような衝撃的なイベントが必要ね。

 逆に今のフラスコのような世界だと、争いが多いから機会はそれに比例して多いわね。死に直面するような危機的状況をどうにか打破しようと魂から経験を引き出そうとする。その時に引き出す経験は技術面や知識といった物が多いから生前の思い出を思い出す定命の者は少ないわ。


 魔物モドキと違って魂を持つ魔物は危機的状況に陥った時に生前の記憶や経験を引き出す事が出来るから単純に強い。

 バリスの場合は記憶を消していないから話は変わるのだけどね。


 それにしてもバリスがケイトを見逃すとは思わなかったわ。ケイトあの子を殺さなければ好きなように人を殺せないという縛りを付けてあるから、自分の嗜好の為に殺すと思ったのだけど⋯。

 その理由は心を読んだから分かったのだけだ、私には理解出来ない価値観ね。生前の息子とケイトが似ていたから見逃したのはまだ分かるわ。問題なのは前世と同じように息子と極限の命のやり取りをしたいって何なの? 貴方の死因は息子でしょ?息子に殺されたあの瞬間は最高だった? だけど次は殺されるんじゃなくて殺したいって意味分かんないわ。

 人を傷付けるのも好きだけど、傷付くのも好きってキモくない? 変な性癖してるわね。


 私には理解出来ない性癖のお陰でケイトが助かった訳だけど、変な因縁が出来ちゃったわね。まぁ、ケイトの試練として引き続き活用出来そうだからそのままでいいわ。

 さてと、ケイトの方は放っておいて大丈夫そうだし私の方の問題を片付けましょう。ため息を吐きながら視線を宙に浮かぶ球体フラスコから視線を移す。

 私の視線の先には紫色の髪を揺らしながらフラスコの様子を楽しそうに眺めるロロの姿がある。


「改めて聞きましょうか。なんて此処にいるのかしら、ロロ」

「今日の勉強が終わって暇になったからッスね!」


 無駄にデカイ胸を張って、どこか誇らしげに言い切るロロに呆れて言葉が出ない。別に私の部屋に来るのはいいわよ。でもね、『暇だから遊びに来たっす!』って言いながら仮にも上司の仕事部屋に来るのはどうかしから?

 加えてタイミングも最悪よ。ケイトのサポートをしている最中にロロが来たせいで大事な場面で、手助け出来なかった。そのせいでケイトが重症を負い、勝敗も着いてしまったから⋯もう!って感じね。


 ロロの妨害がなければケイトがバリスを倒して終わりだった筈⋯。まぁ、でも私のサポートありきの勝利では多くの経験は得られなかったし、ケイトも死ななかったから良しとしましょうか。


 試練を振り返ってみると過保護な程にサポートしてしまったわね。それも仕方ないわ。二人の実力差が私の想定よりも大きかった。

 バリスの戦闘センスが私の想定より高かったのが一番の理由かしら?身体能力が生前より上がっているとはいえ、今までとは違う肉体。多少の粗が出るかも思ったら直ぐに馴染んでいたわね。生前はなかった筈の尻尾も使いこなしていた。流石は英雄候補の魂としか言いようがないわ。

 バリスが相手ではケイトの勝率はあってもせいぜい三パーセントくらい。流石に分が悪すぎて介入したわ。


「ところでミラベル様」

「何よ」

「あのケイトって定命の者、死にそうだけど放っておいていいんすか?」


 ロロの言葉に慌ててケイトの様子を見る。確かに生命力が低下していっている。このまま放っておけば力尽きて死んでしまうでしょうね。

 でもそれは不要な心配よ。何故ならケイトの傍にはライアーがいるもの。彼女には万が一に備えて近くに待機して貰っていたわ。バリスがケイトを殺そうとするなら彼女に介入させるつもりでいた。

 ケイトがこの戦いで重症を負っても大丈夫なように、ライアーには『時を止める能力』以外に『傷を癒す』能力も与えてある。問題はないわ。

 その事をロロに教えてあげると『流石はミラベル様ッスね!』と感心したように声を上げていた。


「あ!でも!」

「どうかしたの?」

「ウチ、面白い事思いついたッス!」

「却下よ」

「なんでっすか!」

「貴女の過去の行いを振り返りなさい」


 面白そうと言う理由でどれだけ私の胃に痛い行いをしてきたか!『アース』の件は今思い出しても胃に痛い思い出なのよ! ロロの提案に乗る気はないわ。冷たくあしらっても、それでも食い下がってくるロロにイラッとした時。


「ケイトッて子の成長に繋がると思うッスよ!」


 その一言で少しだけ興味が湧いてしまった。呆れるほど、ケイトに執心しているわね私⋯。自覚すると少し恥ずかしくなってきたわ。

 それはともかくとして、ケイトの成長に繋がる事? ロロの提案だからあんまり期待は出来ないのだけど。


「あの緑髪の子、ケイトって事の幼なじみッスよね?」

「そうみたいね」


 名前はなんだったかしら? 興味がないから覚えてないわ。いつもケイトの近くにいる定命の者って認識しかないわね。


「それで、ケイトって子はミラベル様が今育成している英雄候補ですよね?」

「そうよ。なんで知ってるのよ」

「キルケー様と話しているのを聞いていたッス!」


 まぁ、そんな事だろうと思ったわ。でもね、盗み聞きしてたのをそんなに誇らしげに話すのはどうかと思うわよ。後で説教ね。

 今はケイトの成長に繋がるっていうロロの提案が気になるから置いておいてあげる。


「それで、あの定命の者をどうするの?」

「英雄の傍には常にヒロインがいるッスよ!幼なじみポジションとかモロにその枠っス!」

「どこでそんな知識を身につけて⋯いいわ、言わなくても分かったから」


 多分ロロに管理を与えた世界『アース』の影響ね。ヒロインとか幼なじみポジションとかケイトも似たような事考えていたわね。もしかしてアースでは常識の一つなのかしら?

 ロロに預ける前はそんな常識はなかったと思うけど⋯、まぁいいわ。


「先に言っておいてあげるわ。あの定命の者は凡人よ。ケイトと同じだけど、あの子と違って英雄願望や向上心がない。今の状態に満足してしまっている。悪いけどケイトと一緒にあの定命の者を育てようとは思わないわ」

「違うッス、ミラベル様!育てるんじゃなくて役割を与えるんすよ!」

「役割?」

「そうッス!英雄や主人公のパーティーにはヒーラーが付き物ッスよ。総じてそのポジションはヒロイン役の女の子ッス!それにヒーラーなら強くなくても役割はあるッスよ」


 ケイトの成長の足出まといにならないかしら? いくらヒーラーとしての役割を与えても強くなければケイトに付いて行くのは難しいわ。

 あの子は英雄として育てる。それ相応の試練に何度も挑戦する事になる。そんなケイトの傍に向上心も何もない凡人が傍にいるのは面白くないわ。

 それにヒーラーとしての役割ならライアーで十分よ。その事を伝えればチッチッチッと、人差し指を立てて左右に振る。少し腹が立つ仕草ね。


「アースでウチは学んだんすよ!確かに強いヒロインもいいかも知れないっス!けど!主人公が!英雄が一番輝くのは好きな人や弱い者を護る時なんッスよ!」

「そうなの?」

「そうッス!ミラベル様が送り込んだライアーってモドキならヒーラーの役割を果たせるッスけど、強すぎるヒロインは良くないっスッ!」

「弱いよりはいいと思うけど」

「チッチッチッ!ミラベル様も分かってないっすね。あのくらいの年代の定命の者のオスは自分より強いメスより弱いメスに惹かれるんすよ。強すぎるメスは劣等感を感じるっスからね!」


 別にライアーをヒロイン枠として送ったつもりはないのだけど、この先の予定を考えればライアーとは別のヒロインがいた方が良いのは確かね。

 ライアーは師匠枠としてケイトを導きながら、彼の試練の一つとして立ち塞がって貰うつもりなのよ。そこでライアーの出番は終わり。

 その先を考えればケイトを支えるヒロインポジションがいた方がいいかしら? それをあの定命の者に任すのは⋯面白くないのよね。


 けど、心を読んだ感じだとあの定命の者はケイトの事が好きみたいね。ケイトも満更ではなさそうだし⋯。


 いいわ。貴女に役割を与えてあげる。ただし、これから英雄として羽ばたこうとしているケイトに付いていく覚悟があるかどうか確認してあげる。

 貴女がこれから担う役割は凡人には重たいものよ。その覚悟あるのなら貴女に与えてあげる。










 ───『聖女』としての役割をね。

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