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STORY13. VS勇者

 自信満々にこれ見よがしに掲げて、ドヤ顔をする師匠は可愛なーと思いつつ、何をどう血迷ったら木刀が勇者対策になるのか問いただしたいところだ。

 どう考えても木刀じゃ無理だろ。勇者にはファンタジーお決まりの武器、聖剣があるというのに。俺にもミラベルから与えられた魔剣があるが⋯⋯。


 もしかしてミラベルは俺が勇者の手合わせするのを見越して魔剣を俺にくれたのか?名工が造った訳でもない数うちの剣では聖剣と剣を交えられないと判断して!

 いや、よく考えたら勇者との手合わせの話をしたのは魔剣を貰った後だな。んー?それでも神さまだし、知っていそうな気はするな。

 どういう原理かは分からないけど、この世界の様子を見ているようだし。


 勇者との手合わせもミラベルは見守るつもりらしいから不甲斐ない姿は見せる訳にはいかない。それと、前回のような手助けはにしないと言っていた。俺の成長に繋がらないとかそんな理由だったな。

 本当は一人の定命の者に入れ込んで贔屓するのは良くないのよーと、ミラベルはこちらの事など気にする様子もなしに笑っていたが、その話を聞いた俺の内心は嬉しいのか恥ずかしいのか、言葉として上手く表現出来ない感情で埋め尽くされていた。


 前から勘づいていた事ではあるが、どうも俺はミラベルに気に入られているらしい。最初はアニメや小説の神みたいな感じか!って思っていたけど、話を聞く限りだとミラベルはかなり多忙だ。それなのに仕事の合間に時間を作ってわざわざ俺の相手をしてくれている。複数の世界の何百億の定命の者の中から、俺だけを贔屓していると考えれば、それがどれだけ有難いかを実感するべきだろう。


 理由は何だろうか?俺の事が好きだからとか? いや、流石にないか? 好意を持っているからというのはあまりにありきたりだ。


 自分で否定しておいてなんだが、残念な気持ちになった。自身の事だ、隠す必要もないか。俺もそれだけミラベルに好意を持っているという事だろう。それが異性に対するモノなのか、ライクかラブかも自分でも分かっていない。

 幼なじみのソフィアに対して感じる想いともまた違う気がする。何なんだろうな?


 さて、そろそろ反応してあげるべきか。何時までもドヤ顔の師匠を放置しておくのは可哀想になってきた。師匠も師匠だな、こちらの反応なんて気にしないで話を進めればいいのに、俺がどういう反応リアクションをするのか待っているせいで、同じ姿勢で固まる羽目になっている。

 俺の反応を楽しみたかったようだけど、残念だったな。俺は木刀よりも気になる事があってな!


「木刀だよな、それ」

「⋯⋯ふぅ。そうよ。見て分かる通り木刀ね。元々はケイトとの模擬戦用に造って貰ったやつなんだけどね」

「俺が気になるのはソレが対策になるのかって事だよ」


 どう考えても対策にならないだろと思っていたら、師匠はふふふっと自信ありげに笑っている。


「私もミラベル様に聞いたのよ。勇者の強さの秘訣は何かって。そして思いついたのよ!勇者の強さの秘訣である、聖剣を封じる方法をね!」

「それはアレか?手合わせでは聖剣を使わせず、双方ともに木刀でやるみたいな提案をするって事か?」

「その通りよ!」


 またドヤ顔である。ぺったんこの胸を誇らしげに張っている。口調とかはミラベルに似ている気がするが、彼女に比べると少し子供っぽい言動がある。見た目は完全に成人しているんだけどな、精神面か?


「まぁ、出来なくはないか」

「実力を知る為の手合わせだからね。相手を不必要に傷付けない為って名目でいける筈よ」

「なるほどな。聖剣がなければ俺でも勝てるのか?」

「今のままじゃ無理ね。だから今からケイトに勇者の対策を叩き込むわ」


 やる気満々の師匠を見た後に窓の外を見る。薄暗い景色が広がっているの。まだ日も昇っていない。え?やるのか、今から?

 着いてきなさいと部屋から出ていく師匠の有無を言わさぬ雰囲気に飲まれ、結局何も言えずため息を一つ吐いてその後を追っていった。










 ───時刻は昼過ぎ。今、俺の目の前には腹が立つ程美形の男が立っている。


 風によって靡くプラチナブロンドの髪、髪型はセンターパート。柔和な切れ長の目、色は澄んだ空のような碧色。目鼻立ちの整ったアニメや漫画に出てくるような王子様のような外見。

 身長は俺より少し高いくらいだな。パッと見180は超えている。着ている衣服はファンタジー作品にありがちな白を基調とした貴族服。

 腰に差した黄金色の剣が聖剣だろうか。


 視界で入手出来る情報を纏めると自分との違いが嫌という程に分かる。なんで勇者って呼ばれる存在は顔もスタイルも良いんだ?


「念の為確認しようか。使う武器は先程、君の師匠と名乗る者に渡された木刀コレでいいかな?」


 オマケに声もいいときた。コイツの欠点を探す方が難しいんじゃないか? 勇者に勝っている所はないかと必死に探すが、ダメだ⋯⋯あらゆるジャンルで負けている。

 今から勇者と手合わせをするというのにこの敗北感はなんだ!?


「そうだ。使う武器は双方同じ物だ。聖剣がなければ戦えないなんて言わないよな」

「聖剣に頼り切りでは、勇者は名乗れないよ」


 今回の手合わせで使用する木刀の形や感触を確かめるように勇者が触ったり眺めたりしている。俺がやっても生えない光景だろうが、美形がやるのとどんな仕草だって絵になる。なんだこの格差は。フツメンで何が悪い!


「そうか⋯⋯なら、その勇者様の力を見せて貰おうか!」

「僕の力は人々を護る為のものだ。見せびらかす為のモノではないよ」

「そ、そうか」


 やりにくいな。勇者の力はあくまでも人を護る為のものか。それでも俺と手合わせしてくれるのは、俺に納得させる為か。


「心の準備は出来ているかな」

「あぁ、何時でもいける。その前に、もう一度あんたの名前を聞いてもいいか?」

「名前を尋ねられ名乗らないのは無粋だね。僕の名前はアレクセイだ。『勇者』を名乗らせて貰っているよ。君の名前も聞いてもいいかな?」

「俺の名前はケイトだ!勇者様と違って1つとして特別のない凡人───村人Aってところだ!」


 お!なんか知らんが勇者───アレクセイが困惑している。漫画だったらクエスチョンマークが浮かんでいるか?アレか?俺の村人A発言に困惑してるのか? そんなに深い意図はないぞ。タダのモブだって宣言しただけだぞ。


 アレクセイは知らないだうが、アニメや漫画の創作の世界にはいるんだぜ。主要人物メインキャラを倒す凡人モブがな!


「お互いに準備が出来たわね」


 二人揃って声のした方へと視線を向ける。そこに立っているのは普段と違う服装の師匠。

 キトンとヒマティオンだったか?専門的な知識には疎いから合っているか自信はないが、神話の神様なんかが着ている服装、それに似ている気がする。


 一つ言えるのはこの世界の人間はこの服装を知らないという事だ。アレクセイも興味深そうに師匠の服を見ている。ちなみにめちゃくちゃ似合っている。もしかして、本来の服装はこっちなのか? ⋯⋯それもそうか、この服装で村にいたら浮くからな。一応は配慮はしているのか。なら、なんで今その衣装を来ているんだろうか? 疑問が次々と浮かんでくる。

 気になって聞いてみたら弟子の大切な戦いだから勝負服を着てきたらしい。アレクセイに良い師匠を持ったねと褒められたが何とも言えない気持ちになったとだけ伝えておく。


 師匠が改めて今回の手合わせのルールを説明している。手合わせの開始と終了を告げるのは師匠。師匠の判断でこれ以上は危険と判断すれば、勝敗が決していなくても手合わせは終了となる。それ以外にも今回の武器である木刀が壊れたら終了となる。この場合の勝敗は壊した方を負け扱いとするらしい。師匠の大事な私物だから丁重に扱うように、と。私情が入ってるな、おい。

 大事な事だから念を押すがこれはあくまでも手合わせ。命と誇りをかけた決闘ではない。相手を知る為の手合わせと心得なさい、と。

 そんな訳で人体の急所を狙うのは禁止のようだ。木刀でも万が一があるからな。 双方ともに異論はないかと聞かれたのでないと、答えた。アレクセイも同じだ。


「⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯」


 戦いの前だからか、お互いに口数が減っている。この緊張感はなんだ?前世でしていたスポーツの大会でだってこんな緊張感は覚えなかった。少しばかり体が震える。この独特な空気に飲まれているのか? 落ち着け。今コンディションでは本来の力は発揮できない。

 心を落ち着かせる為に別の事を考えろ。


 目だけを動かして周りを見る。この場にいるのは俺とアレクセイ、そして師匠の三人だけ。場所も村外れの空き地を選んでいる。手合わせに集中出来るように師匠が配慮してくれたからだ。

 ソフィアはこの手合わせを見守りたかったそうだが、俺のプレッシャーになったらダメだからと断られていた。邪魔する者は誰もいない。


 俺と違ってアレクセイの方は自然体だな。緊張なんてしていないだろう。羨ましい限りだ。

 それだけ場数を踏んでいるのか、自分に自信があるのかは不明だ。いつ開始の合図をされてもコイツは普段通りのパフォーマンスを発揮出来るに違いない。


 深く息を吐く。


 比べるつもりはないが、俺とアレクセイとでは何が違うんだろうな。ファミリーネームを名乗っていなかった事から貴族や王族といった特権階級ではない。俺と同じ平民の筈だ。

 勇者の血筋か?いや、この世界に勇者がいたなんて話は御伽噺でも聞いた事がない。特別は血筋ではない筈だ。なら、才能か? その一言で片付けるのは嫌いだ。自分でも嫌というほど分かっているから。


 勝ちたいな。


 勝って証明したい。凡人でも天才に勝てるって。ミラベルも見ている。師匠も見守っている。俺の全てを出し切れ。今までの努力が無駄な訳がない。

 震えは止まった。もう緊張なんてしていない。何時でも行ける。


「二人とも存分に戦いなさい」


 師匠が手合わせの開始を示すために右手を高く上げた。あの手が降ろされた時、俺とアレクセイの戦いら始まる。

 それにしてもタイミングが良すぎる。俺の準備が出来るのを待っててくれたんだな。優しい師匠を持った事に感謝しよう。


「始め!!」


 言葉と共に師匠の右手が下ろされた。


「いくよ」


 その一言が耳に入った時には既にアレクセイは俺の目の前にいた。早い!けど、動きは見えている!


 無造作に振られた横振りを木刀でいなす。よし!対応出来ている! 続けて放たれる木刀の一撃と同じようにいなし続けているとアレクセイの表情が僅かに変化した。驚いたように目が大きく開いていた。お前にとっては予想だったか?俺がここまで戦える事も、俺の強さも!


 縦振りからの横振り、剣の一撃と見せかけて右足の蹴り!全部見えている!アレクセイ、お前は知らないだろうが、全て予習済みなんだよ!剣の振りも体捌きも、戦闘スタイルも、思考も全て!対策済みだ!!


「なっ!!」


 アレクセイの攻撃は予測出来た。最低限の動きでアレクセイの一撃を交わし、攻撃に合わせて俺も木刀を振るう。


「やるね!」

「そちらこそ!」


 当たると確信する一振だったにも関わらず難なく躱された。予想はしていたがやっぱり強いな。アレクセイの動きを予想出来る分、俺のペースで戦いを進められている筈なのに、まだ相手には余裕がありそうだ。


「⋯⋯⋯⋯ふふ」


 師匠と目が合った。ありがとう師匠。師匠が考えたアレクセイ対策のお陰で戦えているよ!


 さて、ここら辺で種明かしといこう。師匠が取ったアレクセイ対策、それは師匠本人が俺より先にアレクセイと手合わせする事から始まっていた。

 あろうことか師匠は弟子である俺よりも先にアレクセイと戦っていたのだ。昨日の夕方頃に手合わせをしたと言っていたな。

 その手合わせでアレクセイの体捌きや戦い方を見て覚えた師匠は、アレクセイをトレースするという離れ技で擬似アレクセイを生み出す。

 そう、師匠自らがアレクセイを真似る事によってアレクセイがどのような戦い方をするか俺に叩き込んだ訳だ。


 師匠による擬似アレクセイ戦により、剣速や戦闘スタイルをあらかじめ予習しておいた俺は本番とも言えるこの手合わせで、『あっ、これ師匠ゼミでやったところだ!』という感じに存分に発揮する事ができた。

 初見なら対応出来なかった一撃も擬似アレクセイで経験した事で予測できる。


「これならどうだい?」


 アレクセイ右足に力が入るのが見えた。これも一度経験済み!

 勢いよく放たれた突きをサイドステップで躱す。間髪入れずに横振りがくるがそれも想定済みだ!木刀でその一撃を受け止める。


 ───全て師匠ゼミで習っているぞ!


 アレクセイの木刀を力任せに弾いて、今度は俺から斬り掛かる。残念ながら渾身の力を込めた袈裟斬りは後方へとバックステップしたアレクセイに躱された。

 やはり強いな。あらかじめ予習しているお陰で対抗は出来ているが、こちらの攻撃がまるで当たらない。まずは一撃入れたいところなんだが⋯⋯。


「なるほど⋯⋯君の実力はよく分かったよ。今のままだと君を倒すのは少しばかり時間がかかる。だから少しだけ本気でいくよ?」


 ───本気じゃなかったのか?


 そんな疑問が浮かんだ刹那、あっという間に俺との距離を詰めたアレクセイが剣を横に振るう。剣速が先程より少し早い。それでも対応出来ない訳ではない!

 アレクセイの一撃を俺は木刀で受け止める選択をした。先程と同じながら無理に避けるよりも、木刀で受け止めた方がリスクが低いと判断したからだ。


 一つ見誤った事があるとすれば、それは純粋な膂力。木刀で受け止めた瞬間に悟ったよ。これはダメだと。




 ───気付いた時には宙を舞っていた。




 そうか⋯⋯やはり筋力か。筋肉が全て解決するって事か。あまりに脳筋な解答に受け身を取るのを忘れ地面に転がった。


 遅れてやってきた痛みを耐えていると視界の端で師匠が動くのが見えた。嗚呼、ダメだったか⋯⋯。


「そこまで!」


 無常に響く師匠の声、勝敗は決した。




 俺の負け⋯⋯。



「ケイトの勝利!」



 ───は?


 慌てて立ち上がれば折れた木刀を見つめながら立ち尽くすアレクセイと、不機嫌そうな師匠の姿が見えた。


 折れた⋯⋯木刀?


 状況を漸く把握出来た。そういう事か。


「私の木刀を折ったから、アレクセイの負けよ!!」


 私情たっぷりの師匠の宣言により手合わせは幕引きとなった。



「僕の負けか」

「あ、うん。そうだね」




 ───何とも締まらない勝敗の付き方だった。

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